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vol.98 母の入院生活 31


それからしばらくは普通の日常が続いた。幼稚園へ通う。母の病院へ通う。相変わらず忙しく、頭も割れるように痛かったが、それでも次の行き先が決まった事で、どこか心に余裕が出来た。後は、転院の連絡を徳井から待つだけであった。それは一週間経っても、二週間が過ぎても、一向に来る気配はなかった。だが、塔子は全く気にならなかった。既に話は確定しているのだから、後はベッドが空くのをひたすら待つしかないのだ。出て行く期間が大幅に遅れてしまった事で、なんとなく肩身が狭い思いで通っている病院にも、もうコソコソと出入りをする必要はない。こちらはもう行き先が決まっていて、ただ待っている身なのだから、堂々としていればいいのだ。それは塔子に微かながら自信を取り戻させた。

相変わらず母の担当の看護師は無口だった。どこか幸薄そうな雰囲気が漂っていて、面と向かって塔子に話しかける事は殆どない。塔子が用事を済ませて帰って行くと、その後に電話がかかってくる。変わった人だ、といつも塔子は思っていたが、それもあまり気にならなくなった。その場で言えばいい事を後から言うものだから、二度手間、三度手間は日常茶飯事であった。それでも退院期間を過ぎても居座るはめになっている母の事を思うと、塔子は少しくらいの不便なら辛抱しようと思ってやり過ごしていた。

ある日、病院でばったり上田に会った。上田は塔子を見るなり、笑顔で駆けよって来た。
「塔子さん!」
「あ、上田さん……」
「よかったね! あー、ほんと、よかったよ!」
「はい。上田さんには本当にお世話になりました」
上田はいつものようにお公家さんのような雰囲気を漂わせて、うん、うん、と頷いた。
「ところで、あれから連絡は来た?」
「いえ。まだなんですよ」
「そっか……。これじゃあ、年も越しちゃうよねー……。こちらから連絡してみてもいいけれど、やっぱり本人からちゃんと連絡した方がいいと思うんだよね。塔子さん、一度プッシュしてみてくれる?」
「そうですね……。わかりました。今日、帰ったら電話入れてみます」
あまり気が進まなかったが、今回の件は上田のお陰で成り立った事柄だ。塔子はやってみようと思った。
「なんだかねぇ……掛けづらいよね。徳井さん、あれでしょ。おっとりしていて、いい~人でしょ。ボクは一度も会った事がないけどさ。電話で何度か話していて感じたんだよねぇ。おとなしそうで真面目な印象を受けたんだよね。そういう人に早く転院させろーって言うのはさ、なんだか悪いような気がするよね」
「はぁ……そうですね」
塔子は適当に相槌を打ちながら、先日会った徳井の事を思い出していた。確かに、上田が言う通りの人柄であった。それを逆手に取って、塔子は今までに言った事もした事もないような事をしたのだ。無理難題を押し付けられ、それを引き受けるどころか、言った相手に責任を擦りつけたのだ。これまでの塔子からしたら、それは考えられない事であった。それでも、塔子は自分がした事に後悔は一切なかった。ああでも言ってはったりを利かせないと、きっとまた自分は背負わなくてもよい事まで背負うはめになる。これまで同様、背負いたくもないのに、ただなんだか悪いような気がして、背負う必要のないものを自ら手を伸ばして背負うのは心底馬鹿馬鹿しいとあの時初めて思ったのだ。その矛先にいた徳井には気の毒だが、塔子は自分は何も間違った事はしていないという確信のようなものがあった。
「じゃ、また経過、知らせてね。なんとか今年中に転院出来るように、話を進めておいて」
上田はそう言うと、廊下を歩いて行った。

その日、塔子は子供達に静かにするように言い聞かせ、徳井に電話を掛けた。徳井は忙しいのか、電話には出なかった。折り返し掛かって来た電話で、いつ頃母はそちらに転院出来るでしょうか、と塔子はやんわりと切り出した。
「実は、今入院している病院から、ちょっと急かされていまして」
塔子が包み隠さずそう話すと、徳井はああ、存じてます、とおっとりと答えた。
「上田さんからだいたい話は聞いています。でも残念ですが、今年中というのは、難しいかと」
「そうですね。そうですよね。なんだかすみません、変な電話をしてしまって」
「いえいえ。そちらのお立場になったら、当然の事だと思います。ベッドが確保出来次第、必ず田中さんに来て頂くようにしますとしか、今は言えないのです。申し訳ないですが、上田さんにもそうお伝え下さいますか」
「わかりました。お忙しいところ、すみませんでした。どうぞ、よろしくお願いします」
塔子は電話を切り、すぐさま上田に電話を入れて、状況を伝えた。
「うん、うん。そっか。ありがとう。じゃあ、今年中には無理な感じなんだね」
「はい、そうです」
「仕方ないよね。二人でやれるだけのプッシュはしたんだし。後はおとなしく待つ事にしよう。ボクが言ってものらりくらりだったから、こりゃ直接塔子さん本人から言ってもらわないとずっと後回しにされちゃうな~って思ったもんだから」
上田はふふふ、と受話器の向こうで笑った。
「で。年越しちゃう事、気にしなくていいよ。こっちから担当に伝えておくから」
「ありがとうございます」
礼を言って、塔子は電話を切った。

それから二、三日して、小学校も幼稚園も冬休みに入った。それと同時に、塔子の体調は一気に悪化した。母の病院へ通うどころか、起き上がる事さえ困難になってしまった。休みに入った事で幼稚園に送り迎えをしなくてもよくなったが、子供達は一日中家で走り回った。一日三度の食事作りも、掃除も洗濯も、幼稚園から持って帰って来ている役員の仕事も、塔子はまともにこなせないほどの高熱に襲われたのだ。いつもは塔子の体調の不調など見て見ぬフリの彼が、今回はさすがにおかしいと思ったのか、子供達を自分の実家に連れていき、塔子を病院へと連れて行った。検査をして三日後に結果が出たが、どこも悪いところはなく、原因は不明だった。家に帰って横になっていると、ひっきりなしに電話が鳴った。なんとか起き上がってディスプレイを見ると、それは母が入院している病院のナンバーだった。母に何かあったのだろうか。塔子は受話器に手を伸ばした。

「鈴木さんのお宅ですか? ○○リハビリ病院の△△ですが」
「はい。いつも母がお世話になっています……」
いつも面と向かっては話をしたがらない、母の担当の看護師からであった。
「ここ数日、何度お電話をしても繋がりませんでしたよ!? それに、もう四日ほどこちらにお見えになっていませんよね!?」
「あぁ……すみません。ちょっと体調を崩しまして……しばらくそちらに行くのは無理です。母に何かありましたか?」
「いえ。洗濯物が業者から帰って来ているのがそのままになっていますので、これ、そちらで開けて下さいって意味ですか? それと、ティッシュが空です。入浴用のボディーソープも、後残りわずかになってますが」
「はぁ。そうですか……」
塔子はその場でズルズルと脱力して座りこんだ。ティッシュ。ティッシュだって。フフっと思わず塔子は笑ってしまいそうになって、慌てて口元を押さえた。これ、そちらで開けて下さいって意味ですか、だって。
「わかりました。わかりました。こちらで開けますよ。開けるので、そのまま置いておいていいですよー」
塔子は高熱でボウッとする頭を押さえながら、そう答えた。答えながら、何故だかおかしくて、本当にクスクスと笑った。じゃ、早く来て下さいねっ!と叫んで、担当の看護師の電話が切れた。さて、どうしよう? 行くと言ってしまったはいいが、とてもじゃないが行けそうにはない。塔子はしばらく悩み、携帯に手を伸ばした。


「母の入院生活」シリーズ



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いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

しろ☆うさです

今回のおはなしも、「母の入院生活」の続きです。最近、こればっか書いてるなー(笑)。

今回で98作目。で、このシリーズが31作目です。

何度も申し上げているかもですが、この「母の入院生活」シリーズも、後残りわずか。サラッと終わろうかな……と思っていたのですが、もうひとひねりしてやろう、そうしよう、と思って、今回の内容となりました。

あ、ひねれてない(笑)?

失礼しました(笑)。

次回をちょこっと。あの、モラってる人、最近、出て来なかったよねー。次回は来るかも? ヤツが来るかも? 

いつも訪問して下さる方。時々覗いて下さる方、そしてランキングや拍手等を押して下さっている方。いつも心より感謝しています。ありがとうございます!!

しろ☆うさでした~~(*´ω`)┛



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