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vol.97 母の入院生活 30

それは寂しい山奥にあった。辺りを見渡しても山、山、山で、数件の民家と食料品を売っている小さなコンビニのような商店が一つあるだけで、後は何もなかった。バスはえっちらおっちらと大変そうにうなり声をあげながら急勾配の坂を登った。白い大きな建物の前で、バスはようやく止まった。着いたのだ。若い職員の二人組が降りるのに続き、塔子もその地に降り立った。ぐるりと周りを見回しても、やはり目に入るのは山だけだった。12月の侘しく凍てついた山のみだった。

ちょうど玄関前に止まったので、塔子は迷う事なくその広い病院の入口へと足を進めた。玄関ロビーはとても広いが、人気はなくしん、としていた。受付を見ると、そこは事務室も兼ねているようで、中はかなり広かった。が、その中で働いているのは三人だけであった。老人に近い中年の男が一人。塔子と同じくらいの世代の女と、もう少し歳をとった女が一人。塔子が受付に近寄っても、彼らは皆顔を上げる事もなく、事務処理に没頭している。

「あの、すみません。◯時に面談の予約をした鈴木と申しますが……」
塔子が声を掛けると、一番受付に近い席に着いていた男が顔を上げた。
「面接?」
「いえ。面談です」
「あぁ。面談……」
男は手を受話器に伸ばし、内線でどこかに連絡を取った。
「ちょっとそこに座って待ってて」
男は塔子の後ろにあるソファを指差した。塔子は頷き、ソファが置いてある広いロビーを眺めた。広すぎるロビーにはたくさんのソファが置かれてあり、そしてそこには誰もいない。あまりの広さとたくさんのソファに、塔子は思わず戸惑った。これらのソファが、埋まる事なんてあるのだろうか。塔子は中庭が見える席に腰を落ち着けた。

「お待たせしました。田中さんの娘さんですか?」
背後から男の声がした。塔子が振り返ると、そこには塔子と同じくらいの年代の男が立っていた。
「はい」
「相談員の徳井です」
男は名刺を差し出した。それは前にソーシャルワーカーの上田から資料と共に手渡されていた名刺と同じものだった。
「向こうに相談室がありますので行きましょう」
徳井に促され、塔子はその初めての病院の中を歩き始めた。中庭をぐるりと囲んでいる廊下を歩きながら、やはり今までの病院とは比べ物にならないほど広い事を感じた。田舎なので、土地が余っているのか。やがて中庭が見えなくなると、途端に廊下が薄暗くなった。そこをしばらく進むと、目の前に相談室と書かれた部屋がやっと見えた。

中へ通され、椅子に腰掛けると、保険証や書類の提出を求められた。全てを差し出すと、徳井は暫くそれらに目を通した。その後、病院の説明が始まった。おとなしそうに見える彼の口調はゆったりとしていて、どこかもう何かが決定しているような、そんな喋り方であった。病院の説明があらかた済むと、何か質問はありませんか?と尋ねられた。塔子は二、三のわからない事柄を質問した。徳井は丁寧に教えてくれた。

「今、ベッドが満室なんです」
やがて、徳井がポツリと呟いた。
「いつ空くか、というのは、正直わかりません」
徳井は言葉を濁した。それはそうだろう。こういった場所でベッドが空くという意味は、たった一つ。死しかないからだ。
「おそらく、今月末か来年頭には空くのではないかと思うのですが」
「そうですか」
なんと答えていいのかわからず、塔子は適当な返事を返した。
「もちろん、ベッドが空き次第、すぐに田中さんにお越し頂こうとは思っていますが」
「はい……。えっ? えっ?」
塔子は聞き流してしまいそうな言葉を、なんとか必死に受け止めた。徳井の性格的なものだろうか。彼は一番大事な部分をさらりと言うので、それがさして重要とは受け取れなかったのだ。
「それは……あの……母がこちらに入院させて頂くのは決定って事……なんでしょうか」
「はい、そうですね。こうして書類も揃いましたし……ただ、まだ当分ベッドが確保出来ない状態なので、今はハッキリとした事は言えないのですが……」
「じゃあ、母をこちらに連れてきて面談をする、という事もないですか」
「ええ。こちら病院ですので……そういうのはないです」
やった! やった!! 塔子は飛び上がりたい気持ちを押さえるのに必死だった。つまり、入院はもう確定だが、まだベッドが空かないのでもう暫く待て、という事なのだ! もちろん、いくらだって待つ。いくらだって、待つ!!

やっと母の行き先が決まったのだ! 喜びではち切れそうになった塔子の耳に、ただね……という徳井の声が聞こえた。
「ただね、ここはちゃんとした月日が決まっているわけではないですが、ずっとこちらで入院して頂くわけにはいかないんですよ。まぁ、実際三年近く入院されているお年寄りもいらっしゃるにはいらっしゃいますよ。でも、原則次の行き先を考えておいてもらないといけません……」
徳井は言いにくそうにポツポツと言葉を繋いだ。空に舞い上がりかけた足を思い切り徳井に引っ張られ、塔子は現実に還った。
「……そうですか。わかりました」
「どこか、行く当てはありますか?」
ないから、ここに来たのだ。塔子は唇を噛んだ。
「ないです。全くないです。そんな当てはないので、徳井さん、逆にどこか良いところがあれば病院側として紹介して頂けませんか? 私、そこに面談に行きますから」
いつもは動かない塔子の口が、何故かその時急にスルスルと滑らかに動いた。徳井はうっと一瞬言葉に詰まったように見えたが、それについては何も答える事はなかった。



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しろ☆うさです

なんだかんだで、またまた間が空いてしまいました。もう、訪問者数が減るばかり(笑)。

今回のおはなしも「母の入院生活」シリーズです。最近、こればかりだな(笑)。

とうとう今作で30話目になりました。このシリーズももうそろそろクライマックス。長かった!

このおはなしはまだ続きますが、「母の入院生活」シリーズはそろそろ終わりますよ……という意味です。

あー。でもクライマックスなんて格好つけて言ってるけど、特に盛り上がりもなく淡々と終わる予定なのですが……(笑)。

とにかくこのシリーズを書き終わらないと、本当に書きたいその後の話が進まない……と思ってやってまいりました。どこまで切り込むのか、まだ未定ですが。

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しろ☆うさでした~~(⌒0⌒)/~~



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