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vol.96 母の入院生活 29

施設や老健をことごとく落とされた塔子は、ソーシャルワーカーの上田の勧めに従い、県外の山奥にある病院へと電話をかけた。上田から渡されたパンフレットの中には、担当職員の名刺が添えられてあった。男の名前で、医療相談員という肩書がついていた。塔子は電話でその人物を呼びだしてもらったが、忙しいとの事で電話口に彼が出る事はなかった。また後でかけます、と塔子が言うと、こちらから空いた時間にかけるので名前と電話番号を教えてほしい、と言われた。塔子はそれらを伝え、電話を切った。

担当者が掴まらない事は、今までにもよくあった。折り返しの電話を待つ間、子供の世話や家事などをする。その間に自分が電話を待っている身だという事を忘れてしまう事もよくあった。洗濯物を畳みながら、そして食器を洗いながらなど、ふと、そういえば……と思い出すのだ。その瞬間、ふいに重苦しい気持ちに襲われた。

結局その日、電話が掛かって来たのは夜遅くになってからだった。忘れられていなかっただけでも有難いと思わなければならないのだろう。担当者と塔子はお互いに空いている日時を相談し合った。それからいつものように持って行くものの確認。これを怠ると、今度の面談は遠方なので、取りに戻れる距離ではないからだ。塔子は礼を言い、受話器を置いた。

あまりに遠方の病院なので、塔子はネットで行き方を調べた。僻地で電車は通っておらず、バスはあるにはあるが、一時間に一本あるかないかの状態だった。もらったパンフレットによると、専用のシャトルバスが最寄り駅から病院までを循環しているようだった。しかし、それも似たようなタイムテーブルであった。小学1年の沙耶を朝学校へと送り出す。その後、海斗を幼稚園へと連れて行く。その後は母を連れて行かなくてもよいから、入院中の病院へと出向く必要はない。幼稚園からその足で面談へ向かう事が可能だ。なんとか約束の時間に行けそうな事がわかると、塔子はホッと胸を撫で下ろした。

いつものように放課後居残り教室へ行くように沙耶を説得し、嫌だ嫌だと泣く海斗をなだめすかして延長保育の申し込みをし、塔子は現地へと出向いた。
まずは電車を乗り継いで行った。乗り換えが三つもあり、電車に揺られているうちにいつの間にか県外へと出ていた。存在を知ってはいたが乗った事もない電車に乗り込む。ローカルな駅。ローカルな風景。これが面談じゃなくて気ままな一人旅なら、それなりに景色を楽しめたかもしれない。どんどん人が少なくなっていく代わりに、木々の緑の色は濃くなっていった。きっと夏は、もっと生い茂り迫ってくるほどなのだろう。暖房の効いた電車の中にいても、外の空気が徐々に変わっていくのがわかる。なんて、ここは寒いのだろう。今度来る時には、もっと厚着をしてこなければ。けれど、今度なんてあるのだろうか。

その電車を終点まで乗り、塔子はその初めて見る駅に降り立った。今まで通り過ぎて来た数々の駅とさほど変わらず、やはり閑散としている。人もまばらな上、駅前なのに何もない。申し訳程度の古いロータリーが見えたが、そこも寂れていた。塔子はコートの前ボタンを全て止め、ブルブルと震えながら改札へと向かった。

やはり、駅構内で見た時と、駅前の印象はさほど変わりはなかった。降り立つと、北風が強く、冷たさが染みた。あまり人のいない状況が、余計に寒さを増長させる。駅構内からは見えなかったが、ロータリー沿いにポツンと一つお店があった。コンビニと呼んでいいのか、商店と呼べばいいのか悩むような外観であった。それにタクシー乗り場やバスの停留所を挟んで、小さなレンタカーのお店がポツンと佇んでいる。店前にはお揃いの文字や絵が描かれた幟が三、四本立っていたが、どれも風でひどく煽られ、今にも倒れそうだった。

ここから、バスで三十分。塔子は念の為民間バスの時刻表を見たが、先日ネットで調べた通りだった。やはり、この時間帯なら病院専用のバスを待っていた方が早く来る。しかし、一体どの位置に停まるのだろう? パンフレットにはこのロータリーから出ているとしか書かれていなかった上、どんなバスなのか写真すら載っていなかった。時計を見ると、後15分足らずでここに到着する事になっている。塔子は強い北風に耐えられず、取り敢えず風が除けられる改札口へと体を一旦引っ込ませた。しかし、この場所からだと冷たい風はしのげるが、肝心のバスが見えない。そこで塔子はウロウロと二つの場所を交互に行ったり来たりした。時折、客待ちをしているタクシーの運転手と視線が合い、その度に気まずい思いをした。あれに飛び乗ってしまえば時間を気にする事もなく、今すぐに暖かくなるのは目に見えていたが、自分の財布の中身を考えると、そんな贅沢はしていられなかった。なにしろ、ここからまだ車で三十分も掛かるらしいのだから。

ブーツの足先が冷え切り、完全に感覚がなくなって来た頃、ようやく一台のバスがロータリーへと近づいて来た。塔子は目を凝らした。そうだ。間違いない。その車体にはこれから面談に行く病院の名が書かれてあった。塔子が駆け寄ると、バスの扉が開いた。車内は暖かく、悲しくもないのに涙が目に滲んだ。適当な場所に腰かけて出発を待っていると、その後二十代後半か三十代前半くらいの女性の二人連れが乗り込んできた。その後はもう誰もやって来る者はなく、やがてバスはゆっくりと動き出した。

この世の誰からも忘れられてしまったかのような寂しい町を、バスは大きな音を立てながら走って行った。寂しい町並みはやがて人っこ一人いない山の景色へといつしか変わっていった。山道をどんどん登るに連れ、バスのエンジン音は大きくなっていく。店屋はどこにもなく、ただどこを見渡しても山しかなかった。冬枯れた木々の隙間や灰色の空などを見ながら、塔子は時間を潰した。ふと思い出して忘れ物がないか鞄を開けてごそごそしだすと、前方斜めから二人組の女性の話声が聞こえてきた。彼女達の話を聞くともなく聞いていると、彼女達が見舞い客ではなく、その病院で働いている看護師だという事に気付いた。彼女達は小さな声で仕事の話をしていたが、なにせ乗客は我々三人しかいないガラガラの状態のため、話の内容は筒抜けであった。

小さな声で語られる彼女達の仕事の苦労話を聞くともなしに聞いているうちに、やがてバスは大きくうねり、急勾配になっている坂道を登り始めた。○○病院、と書かれた看板が道路に建っている。いよいよだ。塔子は無意識に両手をギュウッと握りしめた。


「母の入院生活」シリーズ 1~28



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

久し振りの更新(いつもか)です。

結局、6月は一回しか書かなかったしなぁ……(笑)。今月はどうかな?

今回も、「母の入院生活」の続きです。これで29話目になりました!

いよいよ塔子ちゃん、最後の頼みの綱?の病院へと出向く話です。

なんかねー、こんなあっつい季節に真逆の季節のお話書いたりなんかして、ちょっと申し訳ないんですがね(笑)。

あつー、とか言いながら、「北風」とか「冬枯れ」とか書いちゃう自分が信じられません(笑)。でも、なんだか無性に真逆の季節の事を懐かしむ気持ちってありますよね? ないですかね?

ま、文体でちょっとは涼を感じてもらえたら幸いです(笑)。

いつもお越し下さる皆様、時々覗いて下さる皆様、そしてランキングや拍手等を押して下さっている皆様。いつもありがとうございます。感謝しておりますm(__)m

しろ☆うさでした~~\(^o^)/



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