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vol.95 母の入院生活 28

結果は予想通りのものとなった。なんとなくそんな予感がしていたので、塔子は特に驚かなかった。やっぱりそうか、と実に冷静にその言葉を受け止めただけであった。
そして、心のどこかでホッとした気持ちがあった事も否めない。老健で面談を行っていた、あの神経質そうな女の顔が浮かぶ。あそこに受かれば、これから毎日彼女と顔を合わせる事になるのだ。現場にはいなくとも、廊下やロビーなど、どこでもすれ違う可能性はある。きっと、その度に自分は彼女から受けた暴言を思い出す。そんな不愉快な思いをしたくはなかった。

しかし、現実問題、またもや自分はふりだしに戻ってしまったのだった。ソーシャルワーカーの上田から勧められた施設は、結局これで全て落ちてしまったのだ。小学1年生の沙耶の機嫌を悪くしてまで放課後居残りをしてもらったのも、幼稚園に馴染めずに早く家に帰りたがる海斗をなだめすかして延長保育に放り込んでいたのも、全ては水の泡となったのだ。頭痛を我慢しながらアポイントに掛けた時間も、手配した介護タクシーも、なにもかも全ては時間の無駄となったのだ。

人生に無駄な時間などひとつもない。それは正論なのだろう。それでも、塔子は費やした時間の浪費に茫然となるのだった。塔子が出向く一次審査ではいつも通るものの、母本人を連れていく二次で必ず落とされてしまう。しかも、最後に受けたあの老健は市立で、どこよりも審査が甘いと聞かされていた。ここで落ちたらもうどこもないわよ、とあの女も言っていた。一体、どうすればいいのだろう? 入院する際に聞かされた、三か月の退院のタイムリミットはもうとうに過ぎている。塔子は途方に暮れた。

やはり、自宅で介護をした方が良いのだろうか。塔子の脳裏にちらとそんな考えが浮かぶ。しかし、目の前に立ちはだかるであろう、数々の困難を考えてみては、簡単に答えは出せないのだった。母は彼と同居する事を嫌がっている。彼も同じだ。そもそも彼は妻の母という存在そのものを嫌っているのだ。同居が始まれば、お互いに嫌な気持ちになるのは目に見えている。そして母は要介護5で寝たきりだ。自分で寝返る事すら出来ない。塔子に圧し掛かる負担は今の何倍にもなるだろう。せめて子供達がもう少し大きかったらなんとかなるかもしれないが、子供は一足飛びに成長するものではない。

それに、なにより塔子自身が母を引き取りたくはない、という気持ちが大きかった。これまで散々あの人には振り回され、苦労を強いられてきたのだ。若いうちから塔子が世帯主となり、母には金銭面でも精神面でも、これ以上はないくらいに尽くしてきた。周りの友達がお金に苦労する事もなく、親に甘えながら遊びや旅行やらと楽しく青春を謳歌しているのを横目に、自分は母と弟を養ってきた。結婚して子供が生まれてからも、ママ友達は皆実家に帰ったり子供を預かってもらったりしていたが、自分は母に頼った事は一切ない。頼られるだけで、頼った事などただの一度だってなかったのだ。

それでも。それを全部踏まえた上で、私は母を引き取る……引き取らなければならないのか。まだ、母は50代なのに。周りのママ友達のお母さんは、皆ピンピンしているのに。孫を預かってくれたり、孫を生んだ自分の娘を可愛がって労わったりしているのに。

悶々とした日々を過ごした。何度か、彼に母の事を相談してみようか、と口を開きかけてはつぐんだ。わかるはずがない。彼に、この切迫した事態が、わかるはずがないのだ。理解したところで、この堂々巡りを、苦しみを半分請け負う気もさらさらないのだ。彼は自分の事にいつも精いっぱいで、私に手を差し伸べてくれた事はこれまでに一度もなかったのだから。これまでにも何か問題が起こると、私の背中に回り込み、後からグイッと私の肩を掴んで前に押し出すような性格だったから。彼は生身の人間で、私は彼に火の粉が掛からないように守る、盾だったのだから。これからも、この関係性は変わらないのだろう。そういう事にしておけば、「彼」に都合がいいのだから。彼は自分が損をする事にとても敏感で、そのために誰かが彼の放りだした荷物を拾って背負ってやらねばならない。

これ以上、自ら苦労を背負い込むのは馬鹿らしかった。私は聖人ではない。聖人ではないのだ。

肩身の狭い思いで母の暮らすリハビリ病院に通った。三か月で出て行かねばならないところを、もう一カ月も過ぎている。塔子はこっそりロビーに入り、こっそり病室を訪れる日々を続けた。あんなに暑かった季節は終わり、いつの間にか冬が来ていた。

ある日、病室にソーシャルワーカーの上田がふらり、と訪れた。
「塔子さん。今、ちょっといいかな?」
「はい」
おいでおいで、をする上田の方へ歩いて行き、塔子は廊下に出た。
「あのさ、老健も施設も全滅しちゃったからさ」
上田は手に持っていたA4の青い封筒を塔子に差し出した。
「ここ、老健じゃなくて、病院なんだ。認知症の人や要介護5の人なんかが入院している結構大きな病院みたいなんだよね。まぁ、病院なんだけど、実際は老健に落ちたりなんかして行き場がない人が行く……みたいな感じじゃないかな。こう、普通の病院みたいに入院しました、治りました、退院しました、みたいな感じじゃなくて」
「……はぁ」
塔子は上田から封筒を受け取った。中には病院のパンフレットが入っているようだ。
「あれから他も当たってみたんだけど、なかなか……ね。やっと見つけたのがそこなんだ。ただ、ここからその病院には今まで誰も転院した実績がなくてね。正直、どうなるかわからない。塔子さん次第。しかも、その病院、凄く遠くてね。○○県の山奥にあるんだ。もし仮に通って転院したとしても、通うのは相当大変になると思う」
「……はい」
塔子はパンフレットを取り出してみた。確かに、○○県△△郡……と書かれてある。
「それでも、どうかな? 一度、面談に行ってみない? もし塔子さんが通ってくれたら、うちとしても今後助かるんだ。パイプが繋がるわけだしね。今後、塔子さんと同じような立場の人がうちに入院してきた場合、実績があれば通りやすくなるからね」
上田はフフッと笑った。おっとりしていて色白のこの中年男性は、見た目はお公家さんのようだが、いつもゆっくりと本音を語った。つまり、塔子だけにメリットがあるわけではなく、病院側もパイプが繋がりメリットがある、という意味なのだ。塔子はパンフレットを開き、ざっと目を通した。答えは決まった。
「行きます」
「そうか。じゃ、早速アポよろしくね」
「はい。色々お世話をお掛けしました」
塔子が頭を下げると、上田はフフっと笑い、手をヒラヒラさせて自分の持ち場へと去って行った。


「母の入院生活」シリーズ 1~27



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

最近の傾向からいくと、今回は一話読み切りを書かねばならない順番なのですが、どうにもこうにも……ネタが……なくて……

いや、あるにはあるのですが、ちょっとこれどうかな~って感じでずっとボツにして置いてあるものしか在庫がない★

しかも、あまり書きたくない? 書いても気分が乗らない? しかも読者側の立場に立ってみても、たいして面白くない? みたいなのしかもう残ってないのですー(笑)。

で、いっそそれは諦めて、今回も「母の入院生活」シリーズでいこう、と思ったわけです。これはまだ使えそうなネタが残ってるから(笑)。

しかも、このシリーズ、そろそろエンディングを迎えて、いよいよ「根なし草」シリーズに入るしね。後何話くらいで終わるかなー。

そういえば、最近サボりがクセづいちゃって、更新が滞っております

なんと、今月初!!の更新なんですよね、実は(笑)。ダメダメだな。

ま、これからは(も)のんびりやっていこうと思ってま~す

いつも訪問して下さるかた、時々覗いて下さるかた、そして拍手やランキングなどを押して下さっている方、いつも感謝しております。ありがとうございます!!

しろ☆うさでした~~(@^^)/~~~



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