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vol.94 母の入院生活 27

しばらく、平穏な日々が続いた。それは嵐の前の静けさのようなものだった。迫りくる通告を、その結果をただひたすらじっと待っている。何をしていても、いつもその事だけを無意識に考えてしまう。ママ友らと笑っていても、子供達の相手をしていても、いつも心はそれをじっと見つめていた。

それでも日常生活を送る中で、ふと一瞬だけそれを忘れる事があった。真剣に味噌をといている時。お笑い番組を観ている時。返却された小学一年生の娘の沙耶のテストを見ている時。一瞬、ふと忘れる事はあった。そのものに集中して、悩まなければならない事を忘れてしまうのだ。しかし、それはほんの一瞬だけで、またすぐにそれは自分の存在を塔子に知らしめた。油断をしてはならない。気を緩めてはいけない。無防備になってはいけない、と諭すのだ。真っ白な状態のまま生きていたならば、後でひどく傷つき、きっとまた落ち込むのだから。

返事を待っている間も、日常は当たり前のように続いた。海斗を後に乗せて、幼稚園へと送って行く。そして母の元へと急ぐ。その後、会議やソーシャルワーカーとの話し合いがある日もある。それらを終えると、幼稚園へと海斗を迎えに行く。沙耶が友達をたくさん引き連れて帰って来る日もある。子供達の面倒をみながら、夕食の準備に取り掛かる。合間に仕事をする日もあれば、幼稚園で役員をしているPTA関係の細々とした用事を済ます日もある。担当の看護師から次回に来る際に持って来る物の連絡が入る。ワーカーの上田から電話が入る事もある。早く次の行き先を探さないとねぇ、と発破をかけられる。塔子は淡々とそれらの日々を過ごした。

その日もいつものように、幼稚園へ行ってから母の元へと急いだ。病室へ行ってみるが、母の姿はなかった。部屋の片付けなどをしながら母が戻るのを待っていたが、一向に戻る気配はなかった。何か検査でもしているのだろうか。塔子は再び一階に戻り、詰所にいる事務の女性に声を掛けた。
「あの、今日は母、何か予定が入っていましたっけ?」
小さなリハビリ病院なので、名前を言わずともすぐに塔子が何者なのかはわかってもらえる。それに、おおよそ皆三か月で退院をしているリハビリ病院で、未だ行き先が見つからず三か月をとうに過ぎてしまっている塔子達の存在は異質で知れ渡っているのだ。
「あぁ。田中さんの娘さん。今日は田中さん、午前中はカウンセリングを受けてらっしゃいますよ」
「えっ? カウンセリング?」
そんなものがプログラムに組み込まれていた事すら、塔子は知らなかった。
「そうです。今日は田中さんの順番の日で」
「そうなんですか……。何時頃に終わりますか?」
塔子は焦って時計を眺めた。こんな日に限って、急ぎで母に会って直接渡さねばならない物や言伝があるのだ。母の住む小さなマンションの管理人から預かったものだ。お金の書類もあるので、看護師に渡すのは気が引けた。これらはやはり塔子が直接母に手渡し、その後の処理をどうするのか二人で決めてしまわねばならない。
「えーっと。それはこちらでは解りかねますが」
事務員の若い女性はニコッと笑った。そうですよね、と塔子は呟いた。
「あの扉の向こうでカウンセリングしているので、ロビーのソファで待っていたら、お母さんが出て来るのがわかるんじゃない?」
事務員は遠くの扉を指差した。塔子は礼を言って、ロビーへと歩き出した。

空いているソファに腰を下ろすと、塔子は渡さねばならない書類、印鑑を借りて処理しなければならない書類、母に確認を取ってからすぐに送り返さなければならない書類などの確認をした。いつもはリハビリ室でリハビリをしているか、部屋で寝ているだけなのに。急ぎの用件が立て続けに入ってしまったこんな日に限って、母はいない。塔子は時計を見た。今日は昼から幼稚園の参観がある。小学校の参観とは違い、園の参観で来ない人はまずいない。塔子は扉を見、また時計を見た。遅い。一体、いつまで待たせるのだろう。50代にして耳が遠くなってしまった母と、一体どれだけの話が出来るのだろう。娘の自分でさえも、母と会話が成り立たない事の方が多いというのに。一向に開かれない扉を見つめ続けるうちに、とうとう塔子は痺れを切らしてソファから立ち上がった。海斗が待っている。こんな事に時間を取られている暇はない。

「あの、何度もすみません。実は急用で今日中に母に確認したい書類がありまして。邪魔はしませんのでちょっと中に入ってもいいでしょうか?」
詰所に行き、先程の事務員に塔子はそう声を掛けた。
「今日中に送り返さないと間に合わない書類もあるようで。母のマンションの管理人さんが預かっていてくれたみたいなんですけど、どうも日にちが……もう間に合わない頃になって私に送って下さったみたいなので……」
事務員は訝しそうな表情を浮かべた。
「ダメです。カウンセリング中は、どなたも入る事は出来ません」
「あ、内容とかは聞かないです。これを渡してどうするのか確認するだけです。後、印鑑を借りていいか確認も。今日中にハンコをついて送り届けないと間に合わないみたいなので」
「ダメです。カウンセリングですよ? 患者さんの心の悩みなどを聞いている最中なんですよ? ご家族には言えない悩みをお話しする場ですよ? 当の本人がずかずかと入っちゃったら、本末転倒じゃないですか」
「身内でも、ダメなんですか?」
「身内だからこそ、ダメなんです」
若く綺麗な事務員はそう告げると、自分の持ち場に帰り、パソコンでなにやら入力を始めた。塔子は溜め息をついて、その場を離れた。

自動ドアを抜けて、自転車置き場へと進む。そっか。身内だからこそ、ダメなんだ。塔子は自分の無知さ加減に苦笑いした。なんて馬鹿な娘だ、とあの事務員は思っただろう。
爽快に自転車を飛ばしながら、結局全てのしわ寄せが来るのは自分なのだな、と塔子は思った。好意でしてくれた母のマンションの管理人さんも、まさか納期があるとは思っていなかっただろうし、もしわかっていてギリギリに送って来たとしても、それは向こうの都合だ。
一体、母はあんなに長い時間、何を語る事があるのだろう? あの事務員が言った言葉、「家族には言えない悩み」とは、一体何なのであろうか。母の事だから、きっと私の落ち度を延々と愚痴のように並べていたのかもしれない。塔子はやりきれなさに、フッと笑みを漏らした。

母のために、私は毎日、悩んでいる。母のために、私はこうして右往左往している。私の年齢で誰もしていない事を、母のためにしている。
それなのに、私は母に責められなければならないのか。愚かな娘として隠れてコソコソと密告されなければならないのか。母を助けど、何も責められる覚えはない。

カウンセリングが本当に必要なのは、きっと私の方なのに。そう思うと大粒の涙が突然塔子の目から溢れ出した。ひとしずく。また、ひとしずく。何故、母には相談する場所があるのに、あんなに医師や看護師やカウンセラーなどに庇護してもらっているのに、私には何もないのだろう。何故、誰も彼も私の苦悩はおざなりにするのだろう。放置され、背負わされたままなのだろう。
幼稚園に向かって漕ぎ続ける。爽快な速度で、風が舞う。風は塔子の涙を拾い上げ、凄いスピードで過去へと持ち去る。


「母の入院生活」シリーズ 1~26



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

またまた間が空いてしまいましたね あ……今回は特に忙しかったわけでもないんですけど(笑)。

サボり?ていうか、気分が乗らん?ていうか。まぁ、そんな感じです(笑)。

真面目にやらんかーい、って自分で自分にゲキを飛ばしておきますわ(笑)。

今回のおはなしは、「母の入院生活」シリーズの続きです。今回で27話目。そろそろ、このシリーズも終わりに近づいて来たかな?

そうそう、間が空いたおかげで、今回のおはなしを思いついたんですよねー。普通に続きを書こうと思っていたのですが、ちょっと寄り道?的な?何かを書いてみたくなりまして。どーだったでしょう。いつものごとく嫌な読後感ですよねー(笑)。

ま、それがこの小説の持ち味のようなものなので。

いつもお越し下さる方、そして拍手やランキング等を押して下さっている方、いつも心から感謝しております。ありがとうございます

しろ☆うさでした~~(^∇^)~~



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