FC2ブログ
<< vol.94 母の入院生活 27 :: main :: vol.92 母の入院生活 26 >>

vol.93 まだ早すぎる 2

第一子の沙耶が生まれた時、彼の両親はその誕生をとても喜んでくれた。
「この子の目は本当にうちの子にそっくりだ!」
「塔子ちゃんは知らないと思うけれど、この表情なんて、うちの娘の子供の頃にそっくりなんだよ……」
きっと彼らには何の悪気もないのであろうが、二人の口から飛び出す言葉の数々は、いかに彼と彼のお姉さんの子供の頃に似ているかという、その話に尽きた。最初は曖昧に笑ってやり過ごしていたが、幾度も幾度もそれらの言葉を繰り返されるうちに、塔子は段々と嫌な気持ちになった。難産であれほど苦しんだのは、私だ。別にそれを労えとは思わないが、この子は彼が生んだのではなく、ましてや彼のお姉さんが生んだわけでもない。確かに、彼によく似ていると思う。しかし、何度もそれを、それだけを繰り返されるとあっては、塔子はただ自分が彼の子を生むための道具でしかないように感じるのだった。塔子はまるで自分が通過点のように感じた。水道のパイプのように思えた。彼らは水を必要としているのであって、それを運んでいる目に見えない物には何の興味もないのだ。それを会う度に実感し、また再確認するのであった。

どこの家にもある、小さな出来事。塔子は深く考えず、その不快感を直視する事はなかった。なにしろ、初めての子供が生まれたのだ! 三時間置きの授乳で睡眠時間もろくに取れない中、舅や姑の発言に心を悩ます暇がどこにあるだろう? 初めての育児で右往左往している最中、そんな小さな出来事など、すぐに頭から抜けてしまう。塔子にとって、考えるべき物事の優先順位はまずは子供にあり、病弱で手の掛かる母にあり、彼と自分にあった。義理の両親の存在など、二、三日言われた事を思い出して嫌な気持ちで過ごしてしまえば、後は忘れてしまうほどの事柄であった。

それでも、胸の奥底には何かがいつも引っ掛かってはいたのだ。名もなきその感情は、スポットライトを当てられる事はない。しかし、いつも息を潜めてそれはそこにいる。痛みはない。あるのは、ただ不快感だけだ。小さな醜いなめくじのように、それは心のどこかでそっと蠢いている。声を出す事もなく、ましてや自分の存在を見せつけようともせず、ただ、そこで黙って密かに生きているだけだ。時折、塔子はまるで映画でも観ているような感覚で、その真っ黒ななめくじを見つめる事があった。ただ、それはほんの一瞬だけで、すぐになにかしらの出来事にそれは塗り替えられてしまう。その不気味な何物かと目が合うとしても、直視する時間も心の余裕もなかった。大して興味すら湧かなかった。

それに重点を置いたとしても、自責の念に変わる事は目に見えていた。舅や姑に対して感じる不快感は、自分が至らない人間だからだ、と自らを責めるのだ。義理の両親に対してそんな感情を抱いてしまう自分が悪いのだと。お前は感謝の念が足りない、と彼はよく塔子に言った。情がない、とも言った。オレの両親に対して優しさがない、とも言った。きっと、そうなのだろう。私は、そういった人間なのだろう。だから曖昧に笑って過ごしていた。蠢くそれを直視すれば、自責の念が芽生える事を、塔子は知っていたからだ。

「今度は男の子、頼むわね」
義母は、会う度にそれを口にした。冗談めかして明るく言うのだが、本音である事は間違いなかった。未だリアルに陣痛の痛みを覚えているうちに、もう次の孫の催促をされるのは辛かった。
「まだ、しばらくはいいです……」
塔子が苦笑いをしながらそう応えると、義母は何を言ってるの、この子は!と努めて明るく笑いながら塔子をたしなめた。
「一人っ子なんて、沙耶が可哀そうじゃないの。ちゃんと兄弟を作ってあげないと。三人は生んでもらわなきゃ、困るわよ」
「はぁ……」
「私だって、恵子さんを生む時、シーツを引き千切って破ってしまうくらいの陣痛に耐えたのよ。みーんなそうなの!」
「はぁ、そうですか……」
義姉の恵子は横でクスクスと笑いながら会話を聞いていた。そんなにもっと孫の顔が見たいなら、自分の娘に生んでもらえばいいのに、と塔子は思った。子供を作らないまま出戻った義姉は、優雅に実家暮らしを満喫していた。

二人目が出来た時、彼は一人目同様安定期に入るのも待たずに、自分の両親に報告してしまった。彼の軽率な行動で、絶対に無事に生まなければならないプレッシャーを、塔子は再び味わなければならなくなった。それでもあんなに二人目を強く望んでいた義両親が喜ぶなら、と塔子は彼の行いに目をつぶった。本当は、腸が煮えくりかえるくらいの苛立ちを感じていたが、目をつぶった。

「二人目が出来たんだって!?」
開口一番、姑は叫ぶようにそう言った。
「はい」
塔子はにこっと微笑んだ。どこか、誇らしい気持ちになっていたのだ。これで、二人目を作れ、二人目を作れ、と言われるプレッシャーから逃れられる上、無事に生まれれば立派にお役目を果たした事にもなる。なにしろ、塔子自身も沙耶に兄弟を作ってあげたい、という気持ちになっていたのだ。それに、沙耶は一歳を過ぎた頃から赤ちゃん特有の、あの独特の甘い良い香りがしなくなって、少し寂しい気がしていたのだ。再び赤ちゃんが生まれてあの小さな体を抱き、存分にあの芳香を嗅げるかと思うと、塔子の胸に幸せが込み上げるのだった。
「まだ、早すぎない?」
「えっ?」
「まだ、早すぎるわよ」
義母と義父は失敗をしてしまった子供を諭すように、冗談ぽく笑いながら仕方ないな、塔子ちゃんは、といった雰囲気を作り出した。塔子は訳がわからなかった。あれほど三人は生んで貰わないと困る、とくどいほど言っていたのに、いざ出来てみればこれだ。

早すぎる。早すぎるって、一体何? 出産の時期まで、ぴったりこの人達の思い通りに生まなければならないのだろうか? 塔子は彼らの発言にひどく困惑し、何か得体の知れない気持ちの悪いものを感じた。ソファの上で膝を抱え、義母と沙耶と三人お揃いの毛布を肩に掛けてやりとりを聞いていた義姉は、仕方ないわ、お母さん。許してあげなさいよ、とばかりにクスクスと笑った。


vol.18 まだ早すぎる



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村

いつもお越し下さり、ありがとうございます!

しろ☆うさです

またまた間が空いてしまいました やっぱ春はね。色々あるわね。

あー。でもこの言い訳? 今の季節限定でしか使えないな(笑)。

あれですね。ちょっと間が空いちゃうと、何を書いていいのかわかんなくなりますね。私だけか?

テンションをそこまで下げるのにも時間が掛かるしね(笑)。

そう。テンションを「上げて」書いているのではなく、無理から「下げて」書いている、という……(笑)。

さぁ~負のオーラに包まれるぞ~って覚悟して挑んでおります(笑)。

今回は久し振りの一話読み切りです。そういえば最近やってなかったなー、と思って。

読み切りですが、かなり前に全く同じタイトルで全く違う内容の話を書いた事があるので、念の為飛べるようにしています↓

vol.18 まだ早すぎる

ま、どっちにしろ、嫌~な読後感は同じ、という(笑)。

ラストは幸せな方向で終われたらいいですがね。どうだろう……?

いつも訪問して下さる方、時々覗いて下さる方、そして拍手やランキングなどを押して下さっている方、心から感謝しています。ありがとうございます!!

しろ☆うさでした~~♪(o・ω・)ノ)) 



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 家族ブログ DV・家庭内モラハラへ
にほんブログ村
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿












トラックバック

この記事のトラックバックURL:

 |   |