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vol.90 母の入院生活 25

家の車は毎朝彼が乗って行ってしまうので、塔子はいつものように自転車をこいでいた。辺鄙な場所から辺鄙な場所へ移動するので、バスも電車も通っていなかった。しかし、これまで散々落ち続けた他の老健と比べれば、そこは塔子の自宅からとても近かったのが救いだった。もし、仮に自転車の具合が悪くなったとしても、無理をしてでも歩いて行ける距離だ。近場という事から、塔子はなんとなく安心感を抱いた。まだ見ぬその施設に、親近感すら覚えた。今までのように気負う事もなかった。数々の面談の経験から、慣れが生じてきたのだ。ただ、心はいつも重苦しかった。まず、母の入院先へ向かい、母の外出の手配を整え、連絡しておいた介護タクシーに乗せ、その場所へ向かった。

そこは、鉄筋コンクリート6階建ての建物だった。入所定員は100名。通所は30名となっていた。パンフレットを確認しても、だいたい書かれてある事は、これまでの老健と似たようなものだ。ただ、今までと違うのは、そこが市営というだけだった。出来てそれほどの年月が経っていないのか、一見、冷たささえ感じさせるほどの近代的な外観だった。まるで、オフィスビルみたいだ、と塔子は思った。

母を乗せた車椅子を押しながら中へ入ると、制服を着込んだ門番の男性が行く手を遮った。
「ここに記入をしてから通って下さい」
渡された用紙を見ると、そこには氏名や訪問内容の他に、住所や電話番号なども記入するように細かく指示がなされてあった。塔子は言われるがまま、それらを記入した。まさか、ここを通る度に一回、一回、これをするのだろうか? 
「面談だね。何時までかも、ちゃんと書いて」
「あ……何時までかかるのかは、聞いていないです」
男は無言で用紙を引ったくり、サッと1時間後の時刻を書きこんだ。そうか。だいたい、1時間で終わるのだな、と塔子は思った。男はエレベーターのある方向を指差しながら、2階。相談室。と呟いた。塔子は礼を言って、車椅子を押して行った。

言われた通りに相談室と書かれた部屋の前まで来ると、塔子はノックをした。だが、そこはしん、として、中に人がいる気配はなかった。勝手に中に入って待つわけにもいかず、塔子はそのまま廊下で立ちつくした。広くて近代的な造りのわりに、他の部屋にも人のいる気配がせず、薄暗かった。
「お待たせしました。田中さん?」
暫くして、背後から二人の職員が現われた。一人は50代くらいのベテランの風格がある細い女性で、もう一人はおっとりとした雰囲気を漂わせた40代くらいの小太りの男性だった。
「はい。そうです」
「こちらにどうぞ」
女性が先に部屋に入り、その後に男性の方が入った。塔子は車椅子を押しながら、彼らの後に続いた。
「これ、日常生活動作状況と、診療情報の提出書です……」
塔子は席に着くと、鞄から書類を出して、目の前に座る彼らの前に置いた。女の方がそれを受け取り、黙ってそれらに目を通した。かなりの時間をかけてそれらをチェックした後、横に座る男に無言で差しだす。男がそれに目を通し始めると、女は持っていた書類を塔子の前に並べた。
「これが、施設のサービス利用の案内書です。まず、こちらから説明します」
女はパンフレットをめくり、早口で説明を始めた。
「まず、当施設の事業者、運営方針。これらは帰ってからご自身でお読みください。他に、職員の体制や職員の勤務時間なども書かれてあります。次のページに移ります」
「あ、はい……」
女はページを繰った。
「ここは、サービスを受けるための手続き、入所者の留意事項、退所についての説明が書かれてあります。これらも後ほどお読み下さい」
「はい」
女は次のページに移った。
「こちらは、施設サービスの利用料、その他にかかる費用が書かれてあります。田中さんは要介護5ですから、こちらになります」
女は鉛筆で印を付けた。これまでの施設より、料金は安かった。
「そして、こちらがリハビリテーションや療養食などが加算された日額と月額です。他に、退所時の指導加算、緊急時の治療管理費、夜間職員配置加算などがあります」
女はたくさんの項目の中から、母に該当するものだけに印を付けた。
「他に、食費。日用品。各種診断書料などですね」
クラブ活動やその他母に関係のない項目は飛ばし、食費と日用品の項目に女は○を付けた。
「次は、利用料のお支払方法です。直接こちらに現金でお支払いになっても結構ですし、指定銀行でお支払いして頂いても結構です。その際は必ず入所者の名前で振り込んで下さい」
「わかりました」
「後は、ご自宅で読んでおいて下さい」
女は案内書を塔子に差しだした。
「そして、これが入所の際に必要になってくる準備品です」
女が一枚の書類を指差した。そこには書類関係で要る物と持ち物で要る物とか細かく書かれてあった。
「こちらは、基本、介護者の方に毎日通ってもらっています。汚れ物は持ち帰って、毎日綺麗に洗濯された物を持って来ていただいています。着替えを入れて持ってくる袋は入浴の際に使いますので、必ず口が閉じられる形の物をご用意下さい。脱いだ服を入れる用と、洗濯済みの服を入れる用、二つ準備が必要です。フルネームで大きく名前をわかりやすい位置に書いておいて下さい」
「毎日……ですか」
「そうです。皆さん、毎日通われています。ここはクリーニング業者を入れておりませんので、毎日介護者ご自身でやってもらっています」
「そうですか……」
「次に、これが個人情報使用同意書です。これは、入所が決定してから記入して持って来て下さい。今は結構です」
「はい」
「そして、こちらは利用時のリスクについての説明書です。これは今、読んでいただいて、今日の日付とお名前を書いて下さい。続柄も」
塔子は渡された書類に目を通した。たくさんの項目があったが、全てにおいて、怪我や骨折、誤飲や窒息の可能性がある事を理解しておくように、というような内容であった。塔子は日付を記入し、名前と続柄を書いた。
「では、お母様の状態を看させて頂きます」
女は徐に立ち上がり、母の傍へと近付いた。


「母の入院生活」1~24



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しろ☆うさです

いつもお越し下さり、ありがとうございます

今回のおはなしは、「母の入院生活」。25話目となりました。

とうとう、最後の面談へと乗り込む塔子ちゃんのおはなしです。

最後……本当にこれが最後になったらいいんですけどね。どうなるんでしょうかね!?

いつも訪問して下さる皆様、そして、拍手やランキング等を押して下さる方、ありがとうございます。

心から感謝しております!

しろ☆うさでした~~(*´ω`)┛



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