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vol.84 母の入院生活 22

自宅で介護をしているわけではない。母はリハビリテーション専門の病院に入院している。それでも、2、3日に一度は様子を窺いに訪れなければならない。頭痛がひどくて4日ほども行かないでいると、病室では洗濯し終わった洋服が無造作に置かれてあった。担当の看護師が電話で来所を促す。その時に用事を伝えてくれればいいのに、行ってみるとメモ用紙に用件が記され、チェストの上にテープで張り付けられている事もしばしばだった。次回持って来て欲しい物などの連絡事項が、そこには殴り書きされてある。病室に着くといつも溜め息をつきながら、それを剥がす事から始まる。何故、電話の時に、これを伝えないのだろう? 何故、週に一度や二度は必ず顔を合わせて喋るのに、その時に彼女は話さないのだろう? いつもいつも、二度手間になる。

母のご機嫌伺いをし、身の回りの物を補充したり整えたりし、それらを終えて病室を出ると、その後は一階の詰所に行き、ソーシャルワーカーの上田の元を訪れ、次の行き先を巡っての話し合いをした。日常はだいたいそんな感じだったが、それらとはまた別に、担当の医師や看護師、それにリハビリの担当者を交えての会議がある日もあった。長い会議の後、塔子と同じ30代前半のリハビリ担当者の男が、塔子に笑顔を向けた。
「ちょうど、これから、田中さんのリハビリの時間なんですよー。よかったら参加して下さい」
参加したいのは山々だが、もう幼稚園にお迎えに行く時間だから、と塔子はおそるおそる断った。リハビリ担当者は意外そうな顔をした。
「そうなんですかー。皆さん、だいたい参加されるんですがねぇ。お子さんのお迎えなら、仕方がないですね」
塔子は曖昧に苦笑いをした。彼は責めているつもりはないのであろうが、何故か自分に非があるような気がしたのだ。
「まぁ、参加されている皆さんが、田中さんくらいのお歳ですからねー。塔子さんくらいの歳の人なんて、いません。ボク、塔子さんと同じ歳なんですよー。ボクも結婚していて子供が一人いるんです。今年、幼稚園に入ったばかりなんですけどねー」
「そうなんですか」
「嫁は大変みたいです。幼稚園って、色々集まりがあるじゃないですかー。行事をこなすのも大変みたいだけど、それ以上に他のママ達と足並みを揃えるのがねー。付き合いが大変だって言ってますねー」
「はぁ。そうですか……」
「食事会? とかお茶会? とか。そういうの、色々あるんでしょー」
「あぁ……ありますね」
「大変だよねー。幼稚園のママも」

またある日は、会議の後に看護師長に呼び止められた。
「田中さんの娘さん。ちょうどよかった。今からホールで介護者の催しがあるの。参加して下さらない?」
「あの……今日はこれから予定があるので無理です」
嘘だった。まだお迎えの時間までには1時間ほど余裕があった。だが、痛む頭を我慢してまで、会議に出席したのだ。これ以上拘束されるのは御免だった。
「そうなのぉ? 今回は脳梗塞のお話だから、ちょうどいいかなって思ったのよ。残念だわ。次回は参加してね」
「はい……わかりました」
塔子は看護師長に頭を下げ、逃げるようにその場を立ち去った。何も悪い事をしているわけではないのに、参加しなかった自分を責めながら。

それらの日々と並行して、隙間隙間で塔子は育児をし、また母の次の行き先を探した。今度は本人面談だ。介護タクシーの手配をし、母をその場所まで連れて行かねばならない。

小学1年の沙耶には放課後教室へ行ってもらう。そして、幼稚園の海斗には居残り保育の手配をする。病院へ行って外出届を出し、母の洋服を着替えさせる。手配しておいた介護タクシーに母を乗せ、塔子は再び老健へと出向いた。老健へ着くと、前回面談をしてくれたあの女性が出迎えてくれた。
「田中さん。お待ちしていました」
相変わらず彼女は化粧気がなく、忙しそうだった。塔子は彼女に促されるまま、リハビリ室へと入っていった。中には数人の老人が、車椅子に乗ったまま足を動かす訓練をしていたり、棒に掴まってゆっくりゆっくりと歩く訓練をしている。その片隅に、塔子達は通された。
「すみません。今、事務所は来客中で。今日はここで構いませんか?」
「はい。大丈夫です」
塔子が答えると、彼女はニコッと微笑んだ。そして母の目線と同じ高さになるように、腰を屈めた。
「田中さん、こんにちは」
「はい。こんにちは」
母はぶっきらぼうに応えた。
「田中さん、お歳はいくつですか?」
「えっ!?」
「お歳、いくつですか?」
「えっ!? 聞こえない!」
「あの……すみません、母は脳梗塞の後、少し耳が遠くなってしまったようで……。調子が良い時と悪い時があるんです」
見兼ねて塔子が口を出した。彼女はわかったというように、塔子に黙って頷いて見せた。
「58歳でしたよね、確か」
彼女は微笑みながら、母の耳元で心持ち声を大きくして尋ねた。聞こえたのか、母はこくっと頷いた。
「今日は、田中さんのお体の状態を見せていただきたいと思います。よろしいですか?」
母は再びこくっと頷いた。
「じゃあ、まずは腕から。こうやって動かせますか?」
彼女は両腕を上に上げる仕草をした。母はそれを見て、自分も腕を動かしたが、片方の腕しか上がらなかった。
「では、足はどうですか? 座ったままで結構ですので、足首を動かしてみましょう」
彼女は自分の手を足首に見たて、手首をパタパタと動かしてみせた。そして、そっと母の足元を触った。聞こえたのか聞こえなかったのかはわからないが、母は彼女の言わんとしている事を理解し、ぎこちなく足を動かした。だがそれはほんの微かな動作であって、ほとんど動いてはいなかった。
「ありがとうございます」
彼女は笑顔でそう言って、腰を上げた。そして母の背後に回り、車椅子を手すりの際まで押して行った。
「今度は、ちょっと立ってみましょうか」
彼女は立ち上がるジェスチャーをして見せた。母は即座に理解したようであったが、全く立ち上がる事は出来なかった。彼女は後ろにいた職員に声を掛け、二人掛かりでおもむろに母を立ち上がらせた。そして動く方の手で、手すりを掴まらせた。
「ゆっくりでいいですかね。ゆっくり」
彼女はそう声掛けをしながら、補助を続けた。自分で立ち上がるのは無理だが、立ち上がらせてもらえば、母は数秒立っていられた。その後、また二人掛かりで車椅子に母を座らせた。
「凄いじゃないですか! 今、少し立ってらっしゃいましたよね!」
彼女は目を輝かせ、母と塔子を交互に見つめた。塔子は深く頷き、母は気恥ずかしそうに笑った。
「きっと、大丈夫ですよ。このまま訓練を続けたら、今より長い時間立てるようになるんじゃないかなぁ」
彼女は明るい声で、そう塔子に告げた。塔子は少し微笑んでみせた。母は今入院しているリハビリ専門病院の担当の医師から、もう元に戻る事はないと告げられている。専門医がそう言うのだから、塔子は母の体が元に戻るとは、到底思えなかった。それでも、彼女の前向きで純粋な発言を前にしては、まるで真実を告げる事が悪であるかのように感じ、塔子はただ微笑むのが精いっぱいで、何も言えなかった。

たとえ、ここがダメだったとしても、きっと彼女の一所懸命さや何も着飾らなくてもただただ心が美しい事は決して忘れないだろう、と塔子は思った。


「母の入院生活」カテゴリ



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しろ☆うさです

いつも訪問下さり、ありがとうございます

今回のおはなしは、「母の入院生活」シリーズの続きとなっております。

グダグダと……もう22作目になりました

いや~~まさかこんなに長く続くなんてね……自分でもびっくりだわー(笑)。

長けりゃいいってもんじゃないでしょうけど、左のカテゴリ一覧を見ていたら、これだけ作品数がめっちゃ多くて……なんだか笑ってしまいます。

しかも、まだまだ続きますよー……って、毎回言ってるような気が……(笑)。

最近、色々とやる事があって、更新が微妙に遅れがちです。すみません……って一体、誰に詫び(笑)!?

うん。なんかよくわからないけど、遅れているのは確かなので、一応詫びておこうかな、と(*^_^*)

これからも、ちょくちょく更新が滞ると思いますが、時々覗きに来て下さると嬉しいです

いつも訪問して下さる方、そして拍手やランキングなどを押して下さっている方、心から感謝しています。ありがとうごさいます

しろ☆うさでした~~(^^)/~~~



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