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vol.82 母の入院生活 21

沙耶には放課後教室へ行ってもらうように説得し、事前に買っておいた延長保育用のチケットと共に、海斗を幼稚園へと送りこむ。そうして、塔子は一人、老健へと面談に向かった。

頭痛薬を飲んで来たので、体調は心配なかった。切れた時用に、2錠ほど鞄にも詰めておいた。電車に乗り、途中一度乗り換えをして、やがて塔子は最寄駅へと到着した。ここから、徒歩3分、とパンフレットには書いてあった。簡単な地図も載っている。塔子は改札を出て、地図の示す通りに歩みを進めた。駅前の賑やかな界隈を抜け、やがて道は細くなっていった。雨上がりのアスファルトは、湿った嫌な匂いがした。風もなく、空はどんよりと薄灰色の雲を敷き詰めていた。水溜りを避けながら、塔子は先を急いだ。

角を曲がると、それは不意に塔子の目の前に現われた。突き当たりに位置し、そこからはもうどこへも行けないような場所だった。意を決して中に入ると、建物の大きさにそぐわないほど小さい受付がポツンとあった。中にいた係りの人に面談に来た事を告げると、その人は受話器を取り、どこかに連絡を取った。
「今、来ますので」
受話器を置くと、その人は塔子に向かってそう言った。白髪の、かなり年配に見える男性だった。塔子は頷き、背後にあるソファに腰掛けた。腰掛けた直後、一人の女性が小走りに塔子に近寄って来た。
「遅れてすみません! 田中様のご家族の方ですね」
「そうです」
「では……こちらにどうぞ……」
女性はハァハァと息を切らしながら、塔子を別室へと促した。廊下は暗く、陰鬱な感じがした。それは今にもまた降り出しそうなその日の天候に寄るものなのか、それともこの建物全体から漂う気配なのか、塔子にはわからなかった。突き当たりに来ると、女性は扉を開けて塔子を中へと招いた。そこは小さな事務所で、彼女はおそらく自分のデスクであろう場所に腰掛けた。塔子は彼女と向かい合う形で座った。長い髪のその女性は、化粧気もなく、質素な服装をしていた。若くもないが、それほど年老いているようには見えない。30後半か、おそらく40前半くらいであろう、と塔子はぼんやりと思った。

「上田さんとは知り合いなんです」
塔子が書類一式を差し出すと、女性はそれを受け取りながら、不意にそう呟いた。
「上田さん……?」
一瞬、何を言われているのかわからず、塔子はポカン、とした。
「○○リハビリ病院の」
「……あぁ。上田さん……」
母が今入院しているリハビリ病院のソーシャルワーカーの事を彼女は言っているのだ。という事は、あの病院からこの老健へ移った経緯を持つ人が、少なくとも何人かはいるのだろう、と塔子は思った。
彼女はしばらく書類を眺め、それを脇へと除けた。
「脳梗塞、ですか」
「そうです」
「糖尿病も」
「そうですね」
「今、半身不随の状態なんですよね、お母様」
「はい」
「……ちょっと、難しいかな……」
彼女は小首を傾げ、どこかあらぬ方に視線を向けた。
「母がこちらに入るのは難しい、という意味でしょうか」
「うん……どちらにしても、一度ご本人様と面談させて下さい。お会いしてみないと、ここではなんとも言えません」
「はい……そうですよね……」
「取り敢えず、施設内を案内しますね」
彼女はそう言って立ち上がった。塔子も彼女の後に続き、立ち上がった。
「まず、一階からご案内します」
一階には、事務所、訓練室、浴槽や脱衣室、それに診察室などがあった。次に二階へ上がると、4名一部屋の療養室がズラリと並んでいた。休憩室やトイレ、それに洗濯室などがある。
「この上も、その上も、ほぼ同じです」
「そうですか」
「最上階が、食堂です。ここでは、皆さん全て食堂でお食事して頂いています」
彼女はチラッと時計を確認した。
「そこもご案内したいのですが、もうすぐお昼ですよね。エレベーターが混み合う時間帯になるので、省略してもいいですか。それとも、階段で上ります?」
「いえ。食堂の見学は結構です」
食堂を確認したところで、特に何があるとも思えなかった。彼女はホッとしたような表情を浮かべ、塔子をまた事務所へと連れて行った。
「ここ、創業がかなり古くて、ですね」
席に着きながら、彼女はそう呟いた。
「構造が、今の老健と、全然違うんですよ。狭い土地に縦長く建っているでしょ。その割に、エレベーターが一つしかない。ここにいらっしゃる方は、車椅子の方が本当に多いです。食事の時間になると、エレベーターがとにかく混みます。待ち時間で何十分も取られます。それが、一日三回もあります」
「そうですか……」
「エレベーターは狭いけど、乗られる方は皆さん車椅子で、場所を取りますよね。一度に大勢を運ぶ事が出来ないんです」
「そうなんですね……」
「ここは古いし、そういう不便なところがあります。そこは前もってご了承下さい」
「はい。わかりました……」
「何か、質問はございますか?」
「いえ……特にないです」
「他に、どこか面談に行かれていますか?」
「今は、ここだけです。先日、面談に行きましたが、落ちてしまって」
「……そうなんですか。あ、すみません。私、お茶を淹れるのを忘れていました」
彼女は不意に立ち上がり、事務所の隣りにある小さな簡易の炊事場へと姿を消した。暫くすると、彼女は飲み物を盆に乗せて現われ、緑茶をコトリと塔子の前に置いた。
「ありがとうございます」
塔子が礼を述べると、彼女はにっこりと笑った。そして、彼女は自分のマグカップに手を伸ばした。
「上田さんから聞いてます? ここ、人手が全然足りてなくて」
「あぁ。チラッとそのような事を聞きました」
「ですから、今お母様がいらっしゃる病院と比べると、かなりご不便な思いをなさるかもしれませんよ」
「いえ……それは別に……」
塔子は曖昧に言葉を濁した。一度面談に落ちて、骨身に染みた。面談さえ行けないまま、医療情報のみで落ちてしまった事もある。自分は、母の行き先を、選べる立場ではないのだ。そんな贅沢は、許されないのだ。受け入れてもらえるのであれば、そこが古かろうが、人手不足であろうが、文句を言えた筋合いではないのだ。彼女の手元で、電話のベルが鳴った。
「ちょっと失礼します」
彼女はそう言って受話器を取った。どうやら内線だったようで、彼女は誰かとフランクに話している。
「ヘルプが来たので、行ってきます」
受話器を置くと、彼女は立ち上がって塔子にそう告げた。
「書類はお預かりしておきます。次回、お返ししますね」
「はい。でも……次回の日時をまだ決めていませんが……」
「あ! そうでしたね! では、今決めてしまいましょう」
彼女はカレンダーを見ながら、大きな予定表をパラパラと繰り始めた。彼女が空いている日と、塔子が学校の行事や幼稚園のPTAの役員の仕事と被らない日を選ぶのは、至難の業だった。それでもなんとか双方に折り合いがつく日を決め、塔子は礼を言って事務所を後にした。彼女は一礼するや否や、脂っけのないパサパサの髪を振り乱し、来た時と同じように小走りで階段を駆け上がっていった。



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

今回のおはなしは、「母の入院生活」シリーズです。今回で、21話目となりました。

なんていうか……今回は珍しく脇役が光る?内容になったのではないかと。

あまり塔子以外の人物に対して描写をしていないのですが、今回は珍しく、ただの脇役にスポットを置いてみましたー(笑)。

たまには、こういう感じもありかな、と思って

あ、でもこんなにこの人物の事を書きこんだわりに、この人、この後そんなに出てこないです(笑)。出て、後一回くらいかな(笑)?

特にオモシロキャラでもないですが……なんで自分、こんなの書いたんだろう???

ま、たまにはいーですね。

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しろ☆うさでした~~(^O^)/



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