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vol.81 ふわふわ

塔子に赤ちゃんが生まれると、彼の両親は喜びを表した。三日に及ぶ難産の末生まれた沙耶は、彼にそっくりの顔をしていた。初孫が可愛くて仕方がない義父は、息子によく似ている、塔子ちゃんには全然似ていない、と言ってたいそう喜び、塔子ちゃんは知らないと思うけど……と前置きをして、自分の息子が幼なかった頃の話を延々と始めるのであった。義母は生まれる前には絶対におじいちゃん、おばあちゃん、なんて呼ばせない!と息巻いていたが、暫くすると孫の誕生に慣れたのか、自らをおばあちゃんだよ、と言って孫の誕生を喜んだ。

彼の両親も彼の姉も、元々、事前連絡をせず、突然訪ねて来る事が多かったが、孫や姪見たさだろう、その頻度がぐんと増えた。三時間置きの授乳で夜にぐっすりまとめて眠る事が不可能になり、塔子は慢性的な寝不足に陥っていた。慣れない育児と産後の回復が遅いためにクタクタになっている塔子の体調などお構いなしに、彼らは暇さえあればチャイムを鳴らした。授乳が終わり、溜まっていた掃除や洗い物や洗濯などの家事をやっとの思いで済ませ、あぁ、これで次の授乳まではちょっと横になれる……と思っても、チャイムが鳴ればそれは淡い夢となって散った。抱いてないと寝れない沙耶をやっとの思いで寝かしつけても、ひとたびチャイムが鳴ると、また一からのやりなおしだった。

そんな日々が続き、塔子の体力はみるみる落ちて行った。夜だけをミルクに替え、時折でいいので夜の授乳とオムツ替えをまかせてみようか、と塔子は考えた。自分の母も、向こうの母も、彼も、時々は自分の娘を、自分の義娘を、自分の嫁を寝かせなければいつまで経っても産後の不調からは回復しない事など、思いつきもしないようであった。せめて休みの前の日だけでもいい、夜の世話を代わってくれないか、と塔子はおそるおそる彼に申し出た。自分から切り出さなければ、いつまで経っても改善は望めない。子供を産んだあの日から、自分は何カ月も夜はまともに寝ていないのだ、と。昼間はあなたの家族の誰かが不意に尋ねてくるので、その相手に時間を取られ、体を休める時間すらないのだ、と。

「お前は知らないかもしれないけれど、世の中には、もっと苦労している人が大勢いるんだぞ。昔の人は偉かったなぁ。そんな愚痴も言わず、洗濯機とかもなくて、手洗いしていたんだからな。それに比べればお前の苦労なんて、ただの甘えだ。我儘だ」
彼は蔑むような視線で、彼の自論を展開した。
「オレは昼間、働いているんだぞ。皆、人は昼間、なにかしらの仕事をしているんだ。子供を生んだから、昼間何もせずゴロゴロしたいなんて、お前はどれだけ贅沢を言う気だ。夜くらい、ゆっくり寝かせてくれ」
彼は物覚えの悪いバカに物を言うように、噛んで含んで言った。
「それに、お前は何かにつけ、文句を言ってるぞ。オレの両親や姉が来るから休めない? 皆、オレの子供が可愛いんだよ。オレの子供に会いたいんだよ。別に減るものじゃなし、会わせてやるくらいどうって事ないだろう? 本当にお前はケチだな。口を開けば不平不満ばかり。本当に、嫌になるよ」
彼は思い出したようにクスッと笑った。
「夕べ、オレがトイレに起きた時、お前、ぐーぐー寝てたぞ。寝れてないなんて、嘘だろ」
彼は口を開けて、寝ている塔子の真似をしてからかった。そして蔑むような、さも愉快そうな表情を浮かべ、声を出して笑った。
「寝れてないなんて、嘘なんだよ。オレが夜中に見た時は、ぐーぐー寝てたじゃないか。トイレに行って、帰って来て、5分くらい? その間はお前、ぐっすり眠っていたじゃないか」

彼に何かを言えば、彼持ち前の自論が展開するのは、いつもの事であった。そして、甘えだ、ケチだ、嘘だと言われ続けると、塔子はもう二度と彼に頼もうとは思わないのであった。
それに、なんだか気恥ずかしい気持ちがしたのだ。確かに、自分は昔の人と比べて劣っているのかもしれない。不平や不満を口にしすぎたのかもしれない。彼の両親や姉の事を、そう取られても仕方がないほどに、悪く言ってしまったのかもしれない。夜は5分だけでもぐっすり眠れたのなら、それは感謝しなければならないのかもしれない。

彼に何かを発言しても、それを認めてもらえる事はない。いつも大抵決まって否定されるのであれば、その結果を痛いほど学習したのであれば、人はもう、何も発言しなくなる。言っても無駄だと学習するのだ。
そして彼は、黙っている塔子を、それでよし、とするのだ。体内に無数のとぐろを巻いた蛇がいたとしても、それを外に出さなければ、彼は家庭が上手く回っていると思っていた。否、彼はその蛇の存在にすら、気付いてはいないのだった。

嫁が問題を提示しなければ、それでよいのだ。後にそれは取り返しのつかないほどの大蛇と成長し、いつか自分を絞め殺しに来る事など、彼には気付くはずもなかった。なにかしらの問題が起きても蓋をして、見えないようにしてしまえばいい。嫁が何も言わないのは、その問題を忘れてしまったからだ。彼の逃げ癖、楽観性は、やがて自分で自分の首を絞める事となる。

沙耶がよちよちと歩き始めたとある日、彼と塔子と沙耶の三人は、彼の実家に呼ばれた。渡したい物があるから、と言うのは口実で、孫に会いたいのはわかっていた。沙耶が覚束ない足取りでトコトコと歩くと、彼らは手を叩いて喜び、追いかけ回して孫に会えた喜びを表した。彼の姉は徐に座布団の上に沙耶を寝転ばせ、どこからか持ってきた毛糸の切れ端をふわふわと揺らしながら、姪の顔面に触れるか触れないかの位置で、左右上下と変化を付けて遊び始めた。「犬や猫じゃないんです。一応、人間なんです。止めて下さい」と言おうか。塔子は迷った。義姉は、自分が出戻りである事、そして出産経験がない事を、密かに気にしているのを、塔子は感づいていた。そんな義姉を気遣い、結局は何も言わなかった。

「塔子ちゃーん! ちょっと、これ」
義母の明るい声が飛んだ。気にはなったが、塔子は義姉と沙耶の傍を離れ、義母の元へと急いだ。彼女はニコニコと笑いながら、手にした物を広げて見せた。
「これ、ね。素敵でしょう。デパートで買って来たの」
塔子と義母の間に、毛布が広がった。花模様の、薄いピンクのハーフケットだった。
「ホント、素敵ですね」
「そうでしょう。さすが、○○の。手触りが全然違うのよ。これ、沙耶のお昼寝にいいと思ってね。買って来たのよ」
「えっ! そうなんですか! わざわざすみません……ありがとうございます」
「柄もいいし、手触りもいいからね。私、自分用にも色違いで買って来たの。ほら」
義母は全く同じ柄の、黄色い毛布を出して見せた。
「ああ。そうなんですか」
「こっちに赤もあるのよ。これは、うちの娘……お姉さんのね」
義母は今度は赤いハーフケットを広げて見せた。
「ね? 全部、素敵でしょう~~」
「あ……はい。全部、素敵ですね……」

義姉は毛糸で遊ぶのに飽きたのか、沙耶を置いて離れ、その毛布を掴んで、二階の自室へと消えて行った。片付けや洗い物を済ませ、塔子は暇を告げた。
沙耶をチャイルドシートに座らせ、車はやがて走り出した。近所なので、すぐに着く。ホッと安心したのか、沙耶はスヤスヤと眠ってしまった。塔子は先程鞄に詰めて渡された毛布を取りだした。それは滑らかで、ふわふわしている。鈴木家、女四人のうち、三人が、色違いのお揃いで、これから使っていくものだ。それは高級感があって、ちょっとやそっとじゃ型崩れしそうにもない。洗濯を繰り返しても、破れたりほつれたりしないだろう。ずっと残っていくのだろう。

手の甲でふわふわの生地の感触を楽しんでから、塔子は沙耶の膝にそっとそれを掛けた。



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しろ☆うさです

いつも最後まで読んで下さり、ありがとうございます

先週はお休みしてしまいました。別に風邪をひいていたわけではなく、ただ単にちょっと忙しかったのです。

で、今週風邪をひいてしまい(今年二度目!)、今週こそ書かねばと思っていたのに、今やったら喉が痛い状態です★

先週、無理して書いておけばよかった。そうすりゃ今週休めたのに……ってブログを休む事ばかり考えるしろ☆うさなのでした(笑)。

やる気だせよーって我ながら思います(笑)。

今回のおはなしは、一話読み切り。お題は「ふわふわ」。

「ふわふわ」って……(笑)。なんてやる気のない題名……(笑)。

内容は、まぁ、読んで頂いたらわかると思うのですが……ふわふわしてるような、してないような……(笑)。

うん。内容はいつものようにトゲトゲしておりますが、出て来る小物達がふわふわ系ですね。

冬だし。たまにはこんなタイトルもいいかなーと付けてみました。

いつもお越し下さる皆様、そしてランキングや拍手などを押して下さる方、ありがとうございます

感謝しています。失われそうなやる気も出たりします(笑)。

しろ☆うさでした~~((⊂(^ω^)⊃))



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