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vol.80 母の入院生活 20

塔子の体調は、少しずつだが確実に悪くなっていった。まず、ほぼ毎日微熱が出た。朝から出る事はあまりなく、夕方になるに連れ、それは起こった。だいたい、それは37度5分あたりで、寝込むほどの熱ではない。そして元々頭痛持ちであったが、それが殊更にひどくなった。毎日毎日、頭が痛い。脳が焼けてしまうのではないかと思うほど、痛い。頭痛薬が手放せなくなっていった。

それでも、塔子は病院へは行かなかった。彼にも子供達にも自分の母親にも、幼稚園で毎日出会うママ友達にも、体調の悪化を口にする事はなかった。逆に、人々が塔子の元へやって来て、自らの体調の悪さを嘆くのを、ただ頷いて聞くばかりであった。

病院へ行く事すら、塔子には思いつかなかったのだ。時間がない事もあったが、なんとか見つければ行く事だって出来たはずだ。それでも、塔子は行かなかった。思いつきもしなかった。ただ、自分の不調を心の奥で責め続けるばかりだった。自分の体調の悪さを、ひたすら恥じ、隠した。まわりのママ達は、皆元気に子育てをしている。自分だけが寝込んでいるわけにはいかない。それに、皆と違って、私は寝たきりの母親という大きな荷物を背負っている。自分が倒れるわけにはいかない。他の人達はそれが大きな助けになっているようだが、私のそれはこちらが面倒を看なければならない立場だ。おとなしく寝ている場合ではなかった。

こんな時に父がいてくれていたら、どうなっていただろう。ふとそう思う時もあった。無理だ。あの人は人に構ってもらうだけで、人を構う事など出来やしない性質だ。逆に、余計な負担が自分に圧し掛かる事になるだろう。それに、母の病気を知ると、父の態度が変わるかもしれない。もう何年も疎遠だが、何食わぬ顔をして、まるで当たり前のように父親面をして自分に接触してくるかもしれない。それは何より避けたい。自ら負担を増やす必要はないのだ。

まだ幼い子供達は、しょっちゅう交互に風邪をひいたり、熱を出したりした。時には怪我をしたり、たくさんの予防接種もあった。いつも沙耶か海斗かどちらかのために病院へ行っている気がした。合間、合間に母の病院へ通う。自分の母、自分の子供のためとはいえ、正直病院通いには飽き飽きしていた。これ以上、自分のために少ない時間をわざわざ潰してまで病院へ行く気になどならないのは当然の事なのかもしれなかった。

そして、塔子も気付かないうちに、塔子の心の中で病院に対する不信感も、徐々に膨れ上がっていたのだ。母が倒れた時に運ばれた、最初の病院で受けた看護師達の仕打ち。もっと遡ると、閉ざされた空間の中で、あの若い女医の豊井から受けた発言や態度……。
それらは目に見えぬうちに蓄積され、塔子の体内に錆びた鉄の塊となってこびり付いていた。それらは嫌な匂いを放って、時折自らの存在を塔子に知らしめた。

ダメだった二つの施設のパンフレットを、塔子は脇に除けた。ダメだったものは、しょうがない。また、一から出直しだ。頭ではわかっていたが、気持ちが付いて行かなかった。「ねー。お母さーん。おやつまだぁー?」とまとわりついて来る子供達の相手をしながら、塔子は次の面談のアポを取るため、痛む頭を押さえながら、受話器に手を伸ばした。

番号をプッシュしながら、次にしなければならない事を考える。ここで日程を決めて、もし本人面談まで行けたなら、次は母も連れて行く事になるので介護タクシーの手配を忘れてはならない。面談の時間帯によって、沙耶には放課後の居残りを頼み、海斗の方は延長保育のチケットを購入するのを忘れてはならない。何か一つでも不備があると、全てが崩れてしまう。病院側にも、母にも子供達にも迷惑をかけてしまう。絶対に、ミスをしてはならない。頭が締め付けられるように痛いが、気にしてはならない。

次にアポを取ったのは、塔子の近隣の駅から三つ目の駅に位置する近場であった。途中で一回乗り換えがあったが、今までの不便な場所よりは遥かに通うのに便利な立地条件だった。駅からも近く、徒歩三分ほどで行ける距離のようだった。
医療法人の介護老人保健施設で、ソーシャルワーカーの上田から貰ったパンフレットの中では、一番創業が古かった。入所の定員はおよそ80名。介護保険一部負担金は要介護5で一日当たり1070円だった。食事代は一日当たり1400円。その他、栄養費用、サービス提供強化加算、リハビリテーション費用、電気利用代、消耗品などの日用生活費などが追加で加算されるようだ。

電話はなかなか繋がらなかった。何度か時間を置いて掛けてみたが、やはり繋がらない。やっと繋がったと思えば、担当者が今手を放せない状況で、折り返し電話をすると言われた。その間、塔子は沙耶に宿題をさせたり、夕飯を作ったりした。子供達を風呂に入れようと浴槽を掃除していると、電話が鳴った。

「お電話を頂いていたようで、すみません。面談ですよね?」
柔らかい女性の声が、すまなそうに詫びた。
「はい、そうです。○月○日に面談に行きたいのですが、何時頃なら空いてますでしょうか?」
「そうですね……」
受話器の向こうで、女性が黙りこんだ。代わりにパラパラという書類をめくる音が微かにした。
「あぁ……。申し訳ないですが、その日は別の方が面談に来られるので、空いてませんね……」
「そうですか……。じゃあ、○日ならどうですか?」
「はい……。○日ですね。○日……○日……」
またしばらくパラパラと書類をめくる事が続いた。塔子は割れそうな頭痛を押さえるために、無意識にこめかみを押しながら待った。
「はい。大丈夫です。○時でも構わないでしょうか?」
「はい。○時ですね。わかりました。ありがとうございます。何か、持って行く物はありますか?」
「えーっと。書類の方は病院が用意してくれると思うので、それを持って来て下さい。後は、介護保険証ですね。健康保険証も」
「わかりました」
「では、○日○時にお待ちしております」
「ありがとうございます」
塔子は電話を切った。そしてそのまま母のいる病院に電話を掛け、土田にその旨を報告した。よし、取り敢えず今日しなければならない事はこれで片付いた。後は上手く行くように祈るしかない。おでこに手を添えると、自分の額がびっくりする程熱い事に気付いた。力が入り過ぎたのだろうか。否、最近、毎日こうだ。微熱が急に38度を超えるほど上がる事もあるのだ。

それでも。まだ子供達に夕飯を食べさせる準備をしなくては。その後は、なぜか食洗機を使うと彼が不機嫌になるので、洗い物がたくさん待っている。お風呂にも入れなければならない。時間割りや明日の用意もさせなければ。洗濯物は、もう畳んだ? まだだったかな?

「お母さーん。お腹空いたぁー。早くご飯にしてー」
沙耶の声が響き渡る。塔子は慌てて作った物をキッチンから食卓へと運び始める。海斗が床に並べた小さなオモチャを踏まないように気を付けながら運んだ。
「いただきまーす!」
料理が並ぶと、沙耶と海斗は笑顔で元気よく手を合わせた。
はい、どうぞ、と言いながら、塔子は自分も一緒に食べようか、彼を待った方がいいか、思案した。海斗が散らかしたオモチャを片付けようとしゃがむと、頭が割れるように痛んだ。下を向くのも、横を向くのも、もう何をしても痛かった。やはり、先にご飯を食べよう。食べて、痛み止めを飲もう。そうすれば、この苦痛から、逃れられる。ほんの少しの間でも、楽になれる。

塔子が席に着いて子供達と食べ始めた瞬間、ただいまー、という彼の声がした。彼はリビングに入ると、塔子を見て、ニヤッと笑った。
「いいなぁ。子供と一緒にのんびり飯が食えて」
「あ……違うの。頭が……」
頭が痛かったから、早く食べて薬が飲みたかったの。空腹で飲むと、いつも後で転がり回るほど胃が痛くなるから……塔子はそう言おうとしたが、結局言わなかった。私の頭が痛くなろうが、38度の熱があろうが、今やっと用事を全部片付けたわけで、もしかしたら日中はあなたより忙しい時間を送っていたかもしれなかろうが、結局、言うだけ無駄なのだ。彼は理解しない。理解したところで、それに対して何の感想も抱かない。彼は自分を責めるような性分じゃない。言うだけ自分がみじめになるだけなら、黙って耐えた方がマシだ。それに、彼は人の苦労話は大好きでも、自分の嫁の苦労話は大嫌いなのだ。聞きたくもないのだ。虫唾が走るほどに嫌なのだ。嫁はいつも元気で、いつも明るく笑って、全ての悩み事を打ち明けず自分の力だけで解決してもらわなければ困るのだ。「彼」が困るのだ。自分に火の粉が飛んで来なければ、それを嫁が一人で被っていたところで、別になんとも思わないのだ。自分さえ困らなければ、それはそれでいいのだ。

「頭が……何? 何をアピールしたいの? アピられても、困るんだけど」
彼は塔子の隣りにドカッと腰かけ、食事が運ばれて来るのを待った。子供達はキャッキャと笑い合いながら、楽しそうにご飯を食べている。
そうか。これは、この私の頭痛や発熱は、彼にはアピールにしか、見えないのだ。ならば、もう二度と、自分の不調を口にするのは止めよう。今まで同様、全て飲み込んでしまえばいいのだ。外に、出さないように。誰にも、気付かれないように。彼がこんなに軽んじるという事は、きっと大した事ではないのだ、だから病院へ行ったって、同じような目に合うだろう。大した事ではないのだから。

痛み止めは、効いたり、効かなかったりした。効いた日はラッキーであり、効かなればそれはそれで放っておいた。ひたすら、耐えればいいだけの話だ。
いつか、限界が来るまで、耐えればいいだけの話だ。


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しろ☆うさです

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます

今回のおはなしは、「母の入院生活」の続きです。今回で20話目です!

う~~ん。長いね!

書き始めた時は、サラッと流すつもりだったので、まさかここまで続くとは思ってもみず。

途中から方針を替え、細かいところまでじっくりじっくり書いてやろう……イヒヒ……ってなって、今に至ります。

じっくりじっくり書かないと、「親子関係」、「夫婦関係」、「若者介護」の三つが交り合わないというか、交り合ったとしても、結局理解は得られない……と思ったので。

つまり、育児と介護の両立をしながら、夫からモラハラを受けている。その背景には結婚前の親子間の問題があるから。

言ってしまえば、↑ただ、これだけの事なんですよ。ただ、その一文の中にはこ~~~んなにたくさんの内容がありますよ、という段階を踏んでいる最中なんですね、今は。

それが終われば、最後に突破口的な内容を書いて行きたいな、とも思うのですが、その部分はやるかやらないか、現段階ではまだわからない……決めかねている状態です。

その部分が一番、肝心要ですよね(笑)。やらんかいっ!と自分でも思うのですが(笑)。

うーん。うまく表現出来る自信も文才もなく。しかもそこまでやっちゃうと、後味が悪い終わり方になりそうだし(あ、いつもか)、この世に塔子ちゃんと同じ境遇の人が(つまりヘレンケラーばりの三重苦の人が)どれだけいるのかもわからないしね……。最後に塔子が取った行動は、決して褒められたものじゃない、終わり方なんですよ。

まぁ……小説なんで、なんぼでも書きなおせますがね……。

いつもお越し下さる皆様、そして拍手やランキングなどを押して下さる方、本当にありがとうございます。励みになっています

しろ☆うさでした~~(@^^)/~~~



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