FC2ブログ
<< vol.79 初めての誕生日 :: main :: vol.77 労い >>

vol.78 母の入院生活 19

落ち込む暇など、塔子にはなかった。気分は滅入って仕方がなかったが、くよくよしている暇などない。初めての挑戦で落ちたのは、当たり前の事なのかもしれない。皆、苦労して行き先を探すのだ。自分だけが大変な思いをしているわけではないのだ。塔子は自分にそう言い聞かせた。それでも気持ちは沈む一方だった。

それは、初めての経験だった。30代の自分が、50代の母を受け入れてくれる施設を探す日々。半身不随で自分で起き上がる事も出来なければ、背もたれや補助がないとじっと座っている事すら出来ない、寝たきりも同然の母。面談のために病院から施設への移動も、専門の業者を頼まなければタクシーすら乗る事が出来ない。そして面談にどのくらいの時間を取られるのか予測がつきにくいため、毎回小学一年生の沙耶と幼稚園年中の海斗の居場所も確保しなければならない。面談に辿り着くまでに、やるべき事はたくさんあった。あったのだ。今やあの全ての苦労が無駄になってしまったけれど。

次にソーシャルワーカーの上田から勧められたのは、まだオープンしていない住居型有料老人ホームだった。近くにある複数の病院と医療連携されており、専門家によるリハビリテーションも行われていた。家具、ベッド、トイレ、風呂、簡単な調理場が付いている、完全個室の老人ホームだった。
月額費用を見てみると、先日訪問した老健よりも格段に高かった。そして、電車で通うには不便な場所だった。車で行くなら前回の場所とそう変わりはしない距離だが、車は彼が毎朝乗って行ってしまうので、使う事は出来ない。最寄駅までは二度の乗り換えが必要だった。場所はさほど遠くはないが、乗り換えの時間を考えると、思っているよりも時間を取られそうな所にあった。それでも、文句は言えない。探してきてもらっただけでもありがたいのだ。

「こういうところはね、入りやすいよ。まだオープンしていないから」
カタログを広げて、上田はトントン、と机を叩いた。
「ここの取締役社長、知り合いで。塔子さんさえよければ、取り敢えず書類をこちらから送ってみてもいいかな?」
「はい。お願いします……」
塔子はカタログを見つめながら、半分上の空で答えた。入居時におよそ30万。月額の合計利用料が約12万。それに別途費用の介護保険料。当たり前だが、要介護5の母の1割負担は他のそれよりも金額が高かった。それに加え、オムツ代、レンタル代、洗濯代……。合計すると、今までの病院代よりも、かなり高くつく。払えるだろうか。塔子は母の病院代や入院代を、全て自分で払っていた。母は貯金などほぼないに等しかった上、持病で保険すら入ってはいなかった。彼は塔子の親の入院費の事など、全く念頭にない人だった。苦労知らずで育ってきたので、入院するにもお金がいる事など、そもそも考えてもいないようだった。塔子の方でも彼が稼いだ生活費から自分の親のためにいくばくか使わせてもらおうなどとは、一切思いもしなかった。してほしくもなかった。

ただ、いつも虚しさはあった。ほんの気持ちでも。そう、嘘でもいい。口先だけでも構わないから、気遣いを見せてもらえないものだろうか。
もちろん、大丈夫。気にしないで、と自分は断るだろう。それでも、その心遣いを嬉しく思うだろう。受け取らなくても、その気持ちに自分は感謝するだろう。ありがたく思うだろう。そう。私が本当に欲しいのは、病院代ではなく、彼の気遣いだった。

「ダメだったよー」
数日後、母の病室にいる塔子の元へ、上田が現われた。
「えっ?」
「この前の件。落ちたよ。書類で」
母に聞こえないようにするためか、上田は小声で塔子に話しかけたが、耳が悪くなった母に聞こえる心配はなかった。塔子は立ち上がり、自分が座っていた椅子を勧めたが、上田は軽く手を振ってそれを断った。
「書類で、落ちたっていうのは……?」
「うん。やはり数値がね、異常に悪過ぎると。老健や病院じゃないからね。引き受けるのが怖いって」
「じゃあ、面談も……?」
「そう、なし。もうこの時点でここはアウトって事」
上田は苦笑いしながら、両手を挙げるジェスチャーをした。
「でも、落ち込んでいる暇はないからね。一応、ここには3カ月契約で入っているんだし。もう時間がないからね」
「はい……そうですね」
「じゃ、次はもう一度老健にアポ取ってもらえる? 前に渡したカタログの中にあったの、覚えてるかな? 医療法人の老健で、まだ行ってないとこ」
「あぁ、あの駅前にある……」
「そう。あそこはいつも満員で待機が多いからあまりお勧めじゃなかったんだけど……慢性的に人手不足だしね……。でも、もうそこにかけるしか、後はないよ」
「わかりました。じゃ、早速連絡してみます」
「うん。アポが取れたらこちらにも連絡お願いしますね」
「わかりました」

病院を後にし、塔子はゆっくりと自転車を漕ぎ始めた。頭が痛くて、自転車のほんのわずかの振動でも、割れそうな激痛が走るのだ。視界に黒い影が見えたり、見えなかったりする。きっと、熱が出ているのだ。何度くらいあるのか。一度家に帰って測ってみようか。否、熱があったところで体を休められるわけじゃないのだから、何も知らないままでいいのだ。このまま幼稚園へお迎えに行こう。
なるべく段差を避けながら、塔子はゆっくりゆっくり自転車を漕いだ。



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます。

しろ☆うさです

今週は書けないかも……なんて甘っちょろい事を言っていましたが、なんとか書く事が出来ました(笑)。

「母の入院生活」シリーズの続きです。19回目です。いやぁ~~長いですね

安心して下さい。まだまだ続きますよ(笑)。←某お笑い芸人さん風に言ってみた。

あー。でも半分は過ぎたかな。このシリーズの山場?的な物って、ここがピークなんじゃないか、と。

後は、静かに終焉を迎えるだけかと(笑)。

このシリーズが終わったら、やっと放りっぱなしの「根なし草」シリーズに取り掛かれます。

「根なし草」が書きたいがための伏線というか、前準備段階が、今までの読み切りなりちょこちょこ書いていた諸々のシリーズものだったりするので。

まぁ最終的な段階である「根なし草」に至るまで、必要な過程だったと思って下さい。

一つ前の代からの親子関係。サポートを得られない場合の「育児と介護」の両立。そしてそれら日常に食い込んでくるモラルハラスメント。

全く異なる題材を混ぜ合わせる。そういった物が書きたくて始めた 「ひとしずく」。

Cだけじゃ、理由にならない。何故ならその前にBがあったから。Bに至るにはAが絡んでいた……みたいな感じのおはなしが書けたらな~と思ってやっているわけです。

自己満ですが(笑)。

いつも訪問して下さる方、そしてランキングや拍手などを押して下さる方、ありがとうございます。とても励みになっております

しろ☆うさでした~~(*´ω`)┛



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 介護ブログ 介護と育児へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿












トラックバック

この記事のトラックバックURL:

 |   |