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vol.77 労い

彼は労いの言葉をかけない人だった。口先だけでも、まるで言えば損とばかりに、絶対に言わなかった。その姿は塔子とは対照的であった。

そもそも、労いの言葉を自分以外の誰かに向かってかけるのは、その人の行いや労力に気付き、それを認め、評価しなければ成し得ない。彼は一体、どの時点までわかっていて、それを口にはしないのだろう。他人を評価出来ないのか、労力に気付いてはいるが、それを認める事が出来ないのか。全く根本的な問題で、最初の段階から気付いていないのか。その辺りがわからなかった。

新婚当初から、塔子はすぐに彼のそういった性格を感じ取った。どれだけ頑張っても、報われないのだ。してもらって当たり前。やってもらって当然。逆に、出来なければ不機嫌を顕わにする。出来なければ困る、出来て当然なんだ、と責める。責められて辛い自分の気持ちよりも、世間一般の常識から少しでもずれる事を極端に恐れた塔子は、彼の発言こそが正しいのだと信じ、彼が塔子を責めるよりも強く、出来ない自分自身を責めた。

ほんの些細な事。自分が頼んだ事ではなくても、優しさや気遣いから何かをしてもらった時などには、塔子は必ずお礼を言った。それが、当たり前だと思っていた。会社の後輩が仕上げた書類を受け取る時にも、必ず労いの言葉を添えた。塔子にとって、それは無理をしてするものではなく、むしろ自然な反応であった。雨が降ったら傘を差すのと同じくらいに、当たり前の行為であった。さぁ、息をしよう。空気を吸わなければ死んでしまう、とわざわざ考えてから息をする者はいない。それと同様であった。

それでも、それが当たり前に行われる行為ではないのだ、と彼と結婚して塔子は初めて気付いた。出し惜しみなのか、卑屈な精神から来るものなのかはわからないが、それが出来ない人もいるのだ。そして、残念な事に、塔子はそういう類の人種を伴侶に選んでしまった。無知。若気の至り。彼と結婚した要因は様々あるが、過ぎ去ったあの日々を振り返ってみると、自分が本当に愚かであったとつくづく思うのである。

塔子は別に、彼に褒めてもらいたかったわけではない。うわべだけ取り繕っても、少しも嬉しくはない。ちやほやされたいわけでもない。され慣れていない事をされても、虫唾が走る。
ただただ、不思議だったのだ。人に何かをしてもらって、なぜ素直に感謝の意を表さないのだろう? 人間関係の潤滑油として、なぜひと匙の労いの言葉を使おうとはしないのだろう?

黒い埃のような不満。何をどれだけ頑張っても決して労われる事のない不満は、いつしか塔子も気付かないうちに、胸の中いっぱいにどす黒く降り積もっていった。
時折、塔子はそれらの存在に気付く事もあった。しかし、決して凝視しないように、慌てて蓋を閉じた。そして、責任転嫁した。黒い埃が溜まるのは、それは自分が愚かだから。母さえいなくなってしまえば、こんなに疲れる事もないし、きっと何もかも上手くいくはず。

沙耶と海斗が通う幼稚園では、年に一度盛大な催し物が開催された。歌あり、芝居あり、簡単な楽器の演奏もあった。来賓も多く招かれた。クラスによって出し物は違えど、当日に着る服は全て保護者の手作り品である事と決められ、園から細かな指示があった。親は渡された型紙と生地を使って、納期までに晴れ着を仕上げなければならない。薄いオーガンジーで裾を膨らませたドレスの時もあれば、頭から爪先までモコモコとした全身着ぐるみの時もあった。古い昔話をするクラスに当たった時には、全員お揃いの浴衣を縫わなければならなかった。最初の二年は、沙耶のためだけに作った。海斗が入園した年には、二人分作った。沙耶が卒園すると、それからの二年は海斗のために作った。

あまり裁縫が得意な方ではない塔子にとって、それは試練の時であった。出来る、出来ないなど、関係はない。出来て当然、で話は進んでいくのだ。合成皮革を渡され、それでロングブーツや帽子を作りながら、塔子は悪戦苦闘した。生地は余分にはないし、絶対に失敗は出来ない。なんとか出来上がった物を袋に詰めていると、彼がニヤニヤしながら言った。
「おっ。やっと出来たのか。一体、何日掛かってるんだ」

発表会の当日は、彼と彼の両親も観に来た。他の父兄を見渡しても、おじいちゃん、おばあちゃん連れでやって来る人が多数いた。皆、この日を楽しみにしているのだ。講堂で子供達の晴れ姿を観ていると、あちこちから会話が漏れ聞こえてくる。塔子は聞くともなく、それらの会話が耳に入った。
「あの服、難しかったから、私、作ってないのよ。ぜーんぶ、私のお母さんに作ってもらったの」
「あぁ。うちもだよー。親なんてどうせ暇なんだし、何かやらせないと」
「○○ちゃんのところは、業者さんに頼んで作らせたって」
「みんな、そんな感じだよね~」

頭をハンマーでガツン、とぶつけられたような気がした。そうか。真面目にやっていたのは自分くらいで、後はみんな親や誰かに作ってもらっていたんだ。
塔子は自分を情けなく思った。自分を心底恥じた。ちょうどその時幕が上がり、海斗のクラスが始まった。海斗のクラスはミュージカルだった。カウボーイに扮した海斗が舞台のそでから歌いながら現われた。普段大人しい海斗が堂々と、スポットライトを浴びて大声で歌い、踊る。それを観ているうちに、塔子の気は段々と晴れてきた。
そうだ。いいじゃないか。だって、海斗はあんなに頑張っているのだから。シャイなあの子が、家では見せない真剣な表情で、あんなに頑張って演じているのだから。それに、皆が皆、自分で作らなかったはずがない。マンモス園で、こんなに人がいるんだもの。絶対に何人かは自分の手で作った人だっているはずだ。否、そういう人の方が多いはずだ。
再び幕が閉じる頃には、塔子はすっかり気分がよくなり、感動の拍手をたくさん送った。

全ての演目が終わると、観に来てくれた自分の両親や夫の両親と声高に話す声があちこち飛び交った。
「本当に大きくなって……」
「上手だったわ。感動した……」
「呼んでくれてありがとう。また来年もよろしく……」
「あの衣装、全部作ったの? 本当によく出来ていたなぁ。凄い……」
「子供達も頑張ったけれど、あなたの頑張りのおかげ……」

塔子も席から立ち上がり、隣りにいた義父と義母にお礼を述べた。
「お忙しいところ、来て下さって、ありがとうございました」
「いやいや。いいんだよ……いいんだよ」
義父は笑いながら、パタパタと手を振った。
「それより、腰が痛いよ」
義父は片手で腰を押す仕草をした。
「沙耶も海斗も立派だったわ! 本当に、うちの子が一番、上手だったわ!」
義母が喜びを顕わにした。あの服、全部作らされるんだぜ、と彼がニヤニヤしながら自分の母親に耳打ちすると、義母はふぅん、とまるで興味がないといったように軽く返事をした。
「そんな事より、これからどうする? 皆で一緒に食事にでも行かない? うちの恵子さんも誘うから」
義母は携帯を取り出して、自分の娘に連絡をするジェスチャーをした。
「うちの恵子さんも観たがっていたんだけど、今日は友達と遊びに行く約束が入っちゃったらしくてね」
「あ……そうですか……」
「沙耶や海斗が着ていた服、うちのお姉さんなら、もっと上手に作れたと思うなぁ~」
「えっ?」
「いやね。うちの娘。お姉ちゃんよ。恵子さん。あの子なら、手先が器用だからねぇ」
「……あぁ……そうですね」

生みの苦しみも知らないあの義姉と、いつもいつも比べられるのだ。こんな晴れの日であっても。そして、私への労いの言葉は「一切ない」のだ。こんな晴れの日であっても。



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しろ☆うさです

いつもお越し下さり、ありがとうございます

今回のおはなしは、一話読み切りでございます。

前回の追記で、「ネタがないー」と申しておりましたが、あれから上手い具合に降りて来て(笑)。

なんとか、書く事が出来ました

いや~~案ずるより産むが易し、ですねぇ~~。

今回のタイトルは、「労い」。ねぎらい、です。またもやシンプルな題名になってしまった

今回は全然悩まなかったんですよ。「労い」ありきで書いたので。それをそのまま付けただけという。

出来栄えは、うーん。100%書き切れてないような……気がする。

「労い」についてはまぁこんなもんかな、と思うのですが、その「労い」に対する主人公の見解がね……出し切れていないというか、そこに触れず、触れずで流しちゃったかなーと。

そこに触れると未来の塔子ちゃんを登場させなければならなくなるので、小説としての体をなさないし、ま、仕方ないか、という感じなんですけど。

あー。そしてそして。前回言いましたよね。こういう落とし方は今後控えたい、と。

またもや、やってしまっていますねー(笑)。

もう、この小説?みたいなものを書き続ける限り、オチはこういう風になっちゃうパターンが圧倒的に多くなる……と、言いきった方がいいかもなぁー。

いや、むしろ、こういうオチしか書けないのかも←キッパリ

そして。誤解を与えかねないので申しておきますが、書いている本人、主人公の考え、生き方に同情はするけれど100%の共感はしていません。

なので、本文に主人公の考えが書かれていたとしても、それは塔子の考え方であって、書いているしろ☆うさの考えとは全く異なります。

……だから、何?と言われても、特に何の意味もないのですが(笑)。

そういえば、前回の「母の入院生活」、あれ、二回目の山場だったんですよ。すっごい小山だったけれど(笑)。

ホント、自分でも山場だって事に気付かないうちに、サラッと流しちゃって(笑)。

次回はその山場の続きですね。来週、忙しいので書けるかな? どうかな~?

いつも当ブログにお越しくださる皆様、ランキングや拍手などを押して下さる方、感謝しています。ありがとうございます

しろ☆うさでした~~(^∇^)ノ☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆



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