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vol.75 落下

「結婚指輪、買いに行こう」
結婚式の準備を進めている時期に、彼がそう言い出した。婚約指輪もない、手ぶらのプロポーズの後の発言だったので、塔子は純粋に喜びを感じた。彼だって、何も考えていないわけではないのだ。しかし、その後の彼の言葉に、塔子は失望した。
「式で、交換しないといけないだろ? ないと困るじゃん」
ないと、困るから。そりゃそうだ。確かに、式を挙げるつもりでいるのならば、指輪の交換は必須だ。仕方がないから、買いに行く。彼の言葉には、そういったニュアンスが含まれているように感じた。

ちょっとした、不満。ちょっとした、寂しさ。そういった感情を味わったが、塔子は気にしない事にした。自分と同じように結婚に対して、人との付き合い方に対して、世の中との関わり合いに対して、人生観に対して、全く同じテンションで気持ちを共有したいと思うのは愚かな事だ。そもそも、不可能なのだ。自分を、自分の気持ちをわかってほしいと思う事すら、そもそも贅沢な欲望なのだ。塔子は自分にそう言い聞かせ、彼の発言を受け流した。

婚約指輪はなかったけれど、結婚指輪を買うならば、それでいいじゃないか。婚約指輪と違って、結婚指輪ならば、いつも付けていられる。高い物は望めないけれど、毎日身に付ける物ならば、本当に気に入った物を選びたい。どこで買うのがいいのだろう? 雑誌をパラパラめくってみると、そこには美しい指輪がたくさん載っている。彼も身に付けるのだから、二人が本当に気に入った物を選びたい。キラキラと輝くリングを見ているうちに、塔子の心も美しく、浄化されていくような気がした。ページをめくる度に、耳元でリン、とした清らかな鈴の音が聞こえるような気がした。まだ手に入ってはいないが、見ているだけで、塔子は心が満たされていくのを感じた。

幸福に包まれている瞬間、携帯の着信音が鳴り響いた。誰だろう? 液晶画面を覗くと、それは彼からだった。
「もしもし?」
「あ、塔子? オレ。あのさ、今度、指輪買いに行くだろ?」
「うん」
「あれ、うちのおふくろも一緒に行く事になったから」
「えっ?」
「オレのおふくろ、いつも買っているお店があって。そこで二人分、買ってやるって言ってるんだ」
「……そう、なんだ……」
「買ってくれるって言ってるんだから、別に文句はないだろ? それで、買いに行く日なんだけど、おふくろが○月○日にしろって言ってるんだよ。だから、その日は空けておいてくれ」
「……うん」
「その日、サービスディらしいんだ。ポイントが2倍になるらしいぜ」
携帯の向こうで、彼は得意気に語尾を強めた。
「じゃ、そういうわけで。ラッキーだったな、オレ達」
そう言うと、彼は唐突に電話を切った。塔子は茫然として、しばらく携帯を握ったままだったが、やがて静かにテーブルの上に置いた。

わけが、わからなかった。頭では理解出来るのだが、感情が追いつかなかった。冷静になって考えてみれば、彼は何も悪い事はしていない。彼の母親が払ってくれるのだから、むしろ塔子は助かったのだ。有難く思わなければならないのだ。
しかし、どうしようもない嫌な気分が、胸いっぱいに広がっていくのを、塔子は止める事が出来なかった。ここでも、親に頼るの? いつまで、親に頼るの? 自分を恥ずかしいとは思わないの? 情けないとは思わないの? なぜ、指輪を買うのに、母親が付いて来るの? 一緒に行く必要性がどこにあるの? 彼の母親のポイントが貯まるから? わからない。理解出来ない。

目の前にある、開かれたままの雑誌を、塔子はバタン、と音を立てて閉じた。先程までの幸福感や煌めきは、彼の電話によって一瞬で破壊されたのだった。塔子はまるで自分が汚されたような気すらした。小さく神聖な自分のワンルームも輝きを失せ、一瞬にしてモノクロームに染まった。

当日、彼は自分の母親を乗せ、意気揚々と車で塔子を迎えに来た。まるで出来上がったシナリオをなぞるように、車は塔子を乗せて走り出した。店に着くと、彼は手に持っていた携帯電話と財布を、ぐいっと塔子に突き出した。
「これ、持ってて」
彼は鞄を持つのが嫌いで、いつもズボンのポケットに財布や携帯を無造作に突っ込んでいる。そして塔子といる時は、いつも塔子の鞄にそれらを入れてくるのだ。塔子は何度か抗議した事があるが、彼の癖は一向に直る事はなかった。直す気がないのだから、直る事はないのだ。そもそも、それが失礼な行為である事すら、気付いてはいないのだ。塔子は突き出されたそれらを手に取り、鞄に入れようとした。が、受け取り損ねた携帯電話が、塔子の手を滑り落ち、アスファルトに落下した。
「おい! なにやってんだよ! しっかりしろよ!」
落ちたと同時に、彼の罵声が飛んだ。
「あ、ごめん……」
「本当に、なにしてくれるんだよ……全く……」
彼は携帯を拾い上げ、傷などが付いていないか、細かくチェックを始めた。表にしたり裏にひっくり返したりしながら、彼は溜め息を何度も何度もついた。少し離れた場所で、彼の母親はあらぬ方向を見ていた。
「……ハァ~……ったく、なにしてくれるんだよ……ハァ~……」
彼は携帯を自分のポケットに突っ込み、サッサと一人で歩きだした。塔子はその背を見つめながら、後に続いた。悶々とした気分でいっぱいだった。落としてしまってごめんね、という気持ちよりも、何故人に自分の荷物を持ってもらおうとするのか、その心理が理解出来なかった。何故、人前で罵倒されなければならないのか、全く意味がわからなかった。込み上がって来る怒りの気持ちは、塔子の心の半分を占めた。残りの半分は、自責の念で埋まった。

店でエンゲージリングを眺める。彼の母親のはしゃぐ声が聞こえる。どうでもよさそうな彼の相槌が聞こえる。それらは古いフィルムのように、塔子の目の前を流れていく。
コマ割りの、セピア色の、フィルムのように。



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しろ☆うさです

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます

今回は、一話読み切りです。

ネタが……ネタが思いつかん……と焦っていたら、ふと降りて来た、ラッキーなおはなしです(笑)。

内容は、全くラッキーではないのですが……(笑)。

しかしながら、今回も悩みました。何がって、題名ですよ。題名。

モノクローム……? 内容と合ってないし~。セピア……? そんなロマンチックでもないし~。

もう、「落下」。シンプル・イズ・ベスト!! 単に発想が貧困なだけですが~(笑)。

ちょうど、塔子ちゃんの気分も落ちたところだしね。掛けて「落下」。それでいいかな~と。

乙女な塔子ちゃん。マリッジリングを神聖な物だと思っているようですが、実際買ったって金属アレルギーで全く付けられなかったしろ☆うさみたいな人もいるんだから、そんなに落ち込まなくていいんだよー。と慰めたくなる。

うちの母親なんて、太り過ぎて、途中で抜けなくなって病院で切ってもらってたしね(爆笑)。

あ、しろ☆うさの友達なんて、海に遊びに行ったら、ザッパ~~ンと波が来た瞬間抜けちゃって、波にさらわれそれっきり……だってさ(笑)。

みんな、結構そんなものみたいですねー。

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励みになっていま~~す

しろ☆うさでした~~♪(o・ω・)ノ))



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