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vol.74 母の入院生活 17

数日後、面談をした介護老人保健施設から連絡が来た。次は本人面談なので、お母様を連れて来てほしいとの事だった。塔子は空いている日時を伝え、予定帳に時間と場所を書きこんだ。そしてソーシャルワーカーの上田に連絡を入れた。外出許可を取らなければならない事と、介護タクシーの手配をしなければならない事を告げられた。塔子はそれらも手帳に書き込んだ。

相変わらずの日常の中に、それらの雑用は急に当たり前のような顔をして現われ、領土を広げていった。まずは、子供の居場所の確保が最優先であった。彼は当てにならない。そして近所に住む、彼の親達も。彼の子供であり、彼らの孫でもあるのだが、預けるには理由を話さなければならない。彼らはきっと神妙な顔をして、塔子の話を聞くだろう。そして、先の丸い針で曖昧に誤魔化しながら、重箱の隅を突くのだ。呑気そうに。時には愉快に。頭を下げる塔子に優越感を感じながら、預かってやった事を遠回しにしつこく恩に着せるのだ。彼ら三人に、悪気は全くない。良い行いをした、してやったと思い込んでいる。塔子の気持ちは徐々に彼らから遠退いて行った。病弱な母を持つ塔子を、父もいない塔子を、無意識にいつも蔑む事で自らの地位を誇示している情けない彼らに、塔子はもう何も頼もうとはしなかった。一人で全部背負い込んだ方が、まだいくらかましだった。

それに、こんな問題のある嫁をもらってやったんだという態度をいつも繰り返し匂わされていると、塔子自身、まるで自分が本当に厄介者のような気がしていたのだ。病弱でどうしようもない愚かな母を持って、ごめんなさい。まだ幼い子供達をそっちのけで、母の病院の用事に走り回って、ごめんなさい。確かに、塔子には負い目があった。自分だけは陽の当たる場所を歩いてはいけないような気がしていた。彼らはそんな気弱な塔子の性格を知り尽くし、弱点を見事に射抜く事で、彼らの欲求を満たしていた。

沙耶にはまた、放課後教室に行ってもらう。気の強い小学1年生の沙耶は、きっとまた不機嫌になるのだろう。そして海斗の居残り保育の準備をしなければならない。チケットを買って、その金額分、幼稚園で預かってもらうのだ。園で使う必要な私物を鞄に詰めて、いつのように嫌だ嫌だと泣く海斗の手を引っ張って、強引に保育士に引き渡すのだろう。そして塔子は風のように取って返して、母のいる病院へと向かうのだろう。

介護タクシーの手配も、忘れずにしなければならない。塔子は以前に使った事のある介護・福祉タクシーに電話を入れた。前はそこに予約を入れると、全く違うタクシー会社の人が派遣されて来たが、今度は空いているようだった。どこからどこまでの移動か、時間はどのくらい掛かるか、母の状態などを知らせ、貸出の車椅子も手配し、塔子は電話を切った。そしてまた、時間や場所などを細かく手帳に書き込んでいった。

当日、病院に着くと、母の機嫌は悪かった。が、いちいち母の機嫌を取っている暇はない。詰所の看護師に教えられた通りに、まずは外出届に記入する。そして外出用の服に着替えさせる。膀胱留置カテーテルを付けているので、塔子はその袋を車椅子に引っ掛け、巻き込まないように注意しながら一階のロビーまで車椅子を押して行った。エレベーターが開くと、そこには介護タクシーの人が待ち構えていた。

「鈴木さん?」
年配の大柄な男性が塔子に声を掛けてきた。
「そうです」
「ケアタクシー○○です。車椅子の移動、ボクがやってもいいかな?」
「あ、はい。ありがとうございます」
介護タクシーの男性は、手慣れた動作で素早く母を貸出の車椅子に移動させた。塔子は今まで母が乗っていた病院の車椅子を、ロビーの隅に置きに行った。
「じゃ、行きましょうか」
「はい」
「その前に、忘れてた。これ、名刺です」
男性は、名刺を塔子に差し出した。そこには北山と記されていた。北山は車椅子を押してロビーを出て、停めてあった車へと近付いた。後ろを開けると自動的に下降し、車椅子のままスロープを伝って乗る事が出来る。固定バンドでしっかり止めると、やがて車はゆっくりと発車した。
「この時間帯だし、空いてますよ。おそらく20分、25分くらいで着くと思うよ」
「そうですか」
年配の男性と話をする機会がない塔子は、その後言葉をなんと続ければいいのかわからなかった。それで、黙って座席に座っていた。北山は陽気な性格のようで、あれこれ塔子に話し掛けた。
「今日は、面談?」
「そうです」
「入れるといいねぇ。今はどこも満室で、なかなか空きが出ないから」
「そうですね」
「キミはまだいいよ。自宅で介護をしている人は、面談まで漕ぎ付けるのが大変なんだから。施設の数も全然足りてないしねぇ。待機100人なんて、嘘みたいな話も聞いた事があるよ」
「そうなんですか……」
「だから、今日の面談、頑張らないとねぇ」
「そうですね……」
塔子は時折隣りに座る母に視線を送りながら、北山と会話していた。母は二人の会話を聞いているのかいないのか、茫然とした表情を浮かべたまま、車に揺られていた。
「大丈夫? どこか、痛いところ、ない?」
塔子が小声で話し掛けると、母は首を少しふった。どうやら今日は耳の調子がよい日らしい。塔子の呼びかけに、聞こえない、聞こえない、としか言わない日もあるからだ。

面談の日に、耳の調子がいい。これは、幸先の良いスタートなのかもしれない。面談中、大きな声を出したり出されたりせずに済む。塔子は座席のシートにもたれながら、ぼんやりとそう思った。


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急に朝晩が涼しくなって、鼻風邪をひいてしまったしろ☆うさです

今回のおはなしは、「母の入院生活」の続きです。

17話目ですね。どんよりと暗い話ですが、このシリーズ、まだまだ続きますよー(笑)。

この小説?のようなものって、「親子関係」、「夫婦関係」、「若者介護」についていつも書いているのですが、まぁ毎回この三本柱のいずれかに関連する内容を載せています。

これらは一見、関係のない個々の独立したカテゴリのようですが、やがてこの三つが複雑に絡み合っていく……というおはなしをね、やりたくて。

やれるかどうか、わかんないけど(笑)。

今、この「母の入院生活」のシリーズの時点で、徐々にそういう気配を匂わせているつもりです。

段々、混じり合った世界になっていくと思います。

以前にも書きましたが、この「ひとしずく」は、「現代版:女の一生」という自分の中だけの副題がありまして。

そういうテンションで読んで下されば、このじわじわと来る暗さ?も、納得して頂けるかと(笑)。

あぁ、でもラストは、きっと全然違う方向になるだろうなぁ~。あの小説は希望(と捉えるか新たな絶望と捉えるか、読み手によって異なるでしょうが)のようなものを感じさせる終わり方ですよね。

まだこの「ひとしずく」のラストは全く考えていませんが、方向性ならなんとなく定まっています……きっと、あんなに丸く収まる事はないであろうと思うのです(笑)。

だって、助けてくれる乳兄弟兼召使い、このおはなしには出て来ないもん(笑)。

塔子ちゃんには一人で頑張ってもらって、一人で何らかの答えのようなものを、出していってもらいたいものです。

いつも訪問して下さる方、そして拍手やランキングなどを押して下さる方、心から感謝しております

しろ☆うさでした~~( ^ω^ )



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