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vol.7 弟の結婚と父の恋人

弟が結婚した。二年付き合い、新婦の実家の隣りに、居を構えた。
式は二人だけでハワイで挙げた。披露宴は帰国後、両親や友人を招いて、ささやかに行われた。

気を使ったのか、弟は父を披露宴に呼んだ方がよいかどうか、と塔子に尋ねた。塔子には、判断がつかなった。父は長男の晴れ姿を見たいと思うだろうか? 母がいても、相手方の両親がいても、父は宴に出席するのだろうか? 塔子にはわからなかった。

お父さんを披露宴に呼びたいの?
……どっちでもいい。
呼びたくないのに、お父さんに気を使って、呼んだ方がいいと思っているの?
……気を使っている部分は、ある。けど、来てくれても来てくれなくても、本当にどっちだっていいんだ。

その頃、元々体が弱く、入退院を繰り返していた母が、またもや入院した。披露宴の時期と重なり、延期をするかどうかで若い新郎と新婦は思い悩んだが、色々あった末、決行に至った。出席してくれる知人との兼ね合いがあったのかもしれない。塔子は父に電話をかけた。

久しぶりに聞く父の声は、しわがれているように感じた。
父に対する諸々の複雑な気持ちは消えやしなかったが、父もまた被害者なのだという気がした。しかし、そういった憐憫は、やがて少しずつ塔子の中から音もなく消えて行った。

母と別れてから、自分がどれだけ大変だったか。自分がどれだけ苦労したか。自分がどれだけ病気を患ったか。父の言葉は最初から最後まで、我の言い訳、我をわかってもらいたいという切実な欲望に、満ち満ちていた。
塔子の手は震えた。電話を叩き壊してしまいたい思いに駆られた。
じゃ、私は? 私は苦労しなかったというの? 離婚してから家に一銭でも入れようとしなかったあなたは、たとえ何があったところで、私にだけはそれを言ってはならないんじゃないの? あなた達二人が犯した罪を一身に被った、私にだけは。何があっても。
塔子は怒りに震えながら、その言葉を飲み込んだ。そして、やや冷たい声で、こういうわけなんだけど、あなたは来るのか、それとも来ないのか、と尋ねた。

「あいつは来ないんだな」
「そうね。入院中なんだし、来たくても来れないよね」
「でも、行かないよ。行けないよ。だって、先方の両親が来るんだろう? どんな顔して挨拶すりゃいいんだ?」
「別に、そんな事、私に関係ないよ。お父さんが行きたいのなら行けばいいんだし、行きたくないのなら行かなければいいんじゃない」
招待状を送ったから、返事は郵送で、と言って、塔子は電話を切った。
姉としてやるべき事柄は、した。後は父の問題だ。
数日後、自宅に返事が届いた。出席、と書かれていた。

当日、父は居心地が悪そうにもじもじしたまま、塔子の傍を離れようとはしなかった。
父は「知り合いのおじさん」という設定を自分で作り上げたらしく、新郎の父である事を、頑なに認めようとはしなかった。
簡単なパーティ形式の披露宴なので、父の奇妙な設定にも、誰も気付かなかったし、興味を抱く者もなかった。
宴がお開きになり、塔子は弟と新婦、そして新婦のご両親に挨拶をして帰ろうとすると、父は塔子を呼びとめた。
「あのさ、話があるんだ。今からちょっと飲みに行かないか?」
塔子はこれ以上、父と一緒にいたいとは思わなかったが、結局しつこく何度も誘って来る父に根負けして、次のお店へ二人で流れた。父は行き先をすでに決めているようで、迷う事なく電車に乗り込み、見知らぬ駅で塔子を下ろした。

「ここだよ」
一軒のこじんまりとした居酒屋の前で、父は微笑んだ。訝しながらも、塔子は言われるがままに入った。
「ママ。連れて来たよ」
カウンターの奥で忙しそうに手を動かしていた一人の女が、お帰り、と朗らかな声で答えた。
「これが、いつも話してる、娘の塔子」
「まぁ、いらっしゃい。どうぞ、そこに座って」
塔子は疑問に思いながらも、指されたカウンターの席に腰を下ろした。
「お前の母さんと別れてから、この人とずっと付き合っているんだよね」
塔子の隣りに座りながら、父は平然とそう言った。

騙されたのだ。また、私は騙されたのだ。裏切られたのだ。
今日、弟が結婚した。とても喜ばしい日で終わるはずだったのだ。それなのに……?
気さくに塔子に話しかけてくる女の喋り声が響き渡る。塔子は辛抱堪らず、勢いよく捨て台詞を吐いて店を飛び出した。

「父を、父を、よろしくお願いします。もう、その人、私には関係のない人なので」




最期まで読んで下さって感謝します。しろ☆うさです
いつも内容が暗いおはなしですみません
でも塔子ちゃんは、まだ成長過程なので。これから少しずつ、彼女は彼女自身の生き方を見つけていくと思います。

お気づきかと思いますが、この「ひとしずく」というおはなしは、時代通りに書かれていません。
なので、塔子は若くなったり、すでに子持ちだったり……と、バラバラな印象を持たれてしまうと思うのですが、一応全て読み切りスタイル、一話完結風に仕上げています。
でも、主人公は全て塔子ちゃんで、全部この人の人生……という感じです。
よかったら、これからも、お付き合い下さい



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