FC2ブログ
<< vol.69 三つ巴 :: main :: vol.67 この家はあげない >>

vol.68 母の入院生活 14

母が脳梗塞で倒れ半身不随になり、救急車で運ばれた病院から転院を促され、二度目の病院へと移る事となった。
今度の病院はこじんまりとした新しい病院で、リハビリ専用の医院だった。場所は最初の病院からそんなに離れてはいない。しかし、塔子の家からは確実に遠くなってしまった。どうという事のない距離でも、自転車で行き来をするのはくたびれてしまう。車を使えばラクな距離だが、車は毎日彼が乗って行ってしまうので、仕方なく自転車で通う。会議が長くかかると、幼稚園のお迎えの時間にぶつかってしまう事もあった。病院から幼稚園まではかなりの距離があるため、そんな時は必死になって自転車を飛ばす事もしばしばだった。

母は意外と新しい環境に素早く順応したようだった。以前の病院とは違い、寝たきりではないからだろう。治療を目的とする病院と、リハビリを目的とする病院とでは、そもそも環境が全く異なる。今度の病院では時間毎にかなり細かくスケジュールが組まれていた。朝の診察が終わると、午前中はベッドの上でのリハビリ。車椅子に乗って食堂へ行って昼食を食べると、午後からはリハビリルームでの訓練があった。
文句をブツブツ言いながらも、母は結構真面目にそれらをこなした。身体が動かない上、喋るのも困難になってしまったのだから、本当は逃げ出したいほど嫌だったとしても、他にどうしようもなかったのかもしれない。状況を、受け入れざるを得なかったのかもしれない。塔子が病室に着くと、母は楽しそうにリハビリをしている事が多かった。塔子と同じくらいの歳の職員達に囲まれ、ろれつの回らない口調で愉快に談笑しながらマッサージをしてもらっていたり、足を動かしてもらったりしていた。

「あ、娘さん、来られましたよ」
中の一人が塔子に気付き、母にそう声をかけると、母は決まって渋い顔をした。まるで、自分が楽しくやっているのを娘に知られるのがしゃくに触るかのような態度だった。リハビリが終わり、病室へと移動させる時も、母は車椅子の中でむっつりとした表情を浮かべていた。おそらく、母なりの反抗なのだろう。
私は、ここに来たくて来たんじゃない。
娘がここに行けと指示したから、私はここにいるのだ。
なにも好き好んで、こんなところにいるわけじゃない。
きっと、母は心の中で、このような事を思っていたのではなかろうか。母の目付きから、態度から、それらは滲み出ていたが、塔子はそれにあえて気付かないフリをしていた。気付いたところで、どうしようもないからだ。他に選択があったか。否、なかった。ならば甘んじてそれを受け入れるしかないのだ。

塔子が帰り支度を始めると、母はいつも決まって泣いた。きっと、心細いのだろう。またすぐに来るよ、と言い、塔子はクールにその場を離れる事が常だった。母だけに、母だけのために、全ての時間を捧げるわけにはいかないのだ。非情と思われようと、親不孝と思われようと、自分にだって生活があるのだ。幼稚園に子供をお迎えに行かねばならない。晩御飯だって用意しなければならない。PTAの役員もこなさなくてはならない。会社を辞めて独立した彼の仕事もしなければならない。
母に全てを捧げる気はなかった。

「あなた、私の事、笑ってるんでしょ」
母の声が背中越しに聞こえた。塔子はびっくりして母の元へ引き返した。
「えっ? 今、なんて言ったの?」
母は脳梗塞になってから、うまく喋る事が出来ない。何を言っているのか全くわからない時もある。塔子は引き返して耳を澄ました。
「あなた、こんな姿になった私の事、笑ってるんでしょ」
「はっ?」
「あなたも、いつかこうなるのよ。今のうちに笑っておけばいい。あなたも、いつかこうなるから」
ベッドで横たわったまま、母はククっと笑った。あぁ、そうだね、と軽く受け流し、塔子は病室を後にした。母のその言葉は塔子にさほどダメージを与えなかった。寂しさから来た言葉だろう、とすんなり納得した。だが、それから何年も過ぎ去り、母が死に、それから数年が経った後も、その言葉は塔子の心から消え去ってはくれなかった。それは後からじわじわと効いてくる類の呪いの言葉だった。あなたも、こうなる。それはまるで偉大な予言のように、数年経ってから効果を発揮した。吐き出された時は、まるで見えない霧のようなものだったのだ。やがてそれは膨らみ、煙のように漂い、形を作って、塔子に襲いかかった。どす黒い刃と化して、未来の塔子に突き刺さったのだった。

ある日、塔子は一人の看護師に呼び止められた。
「田中さん。介護保険の申請はされてる?」
「えっ? 介護保険……ですか?」
「市役所に行って手続きをされてもいいけれど、こちらでも出来るので、連絡しておきましょうか?」
「あ、はい。お願いします……」
「じゃ、審査の方からそちらに連絡が入ると思うから。都合のよい日時を決めておいて下さいね。多分、ご家族も立ち合いになるから」
「わかりました」
塔子は会釈をして、その場を離れた。やっと転院して落ち着いたと思ったら、次から次へとやる事が増える。塔子は溜め息をついて、病院を後にした。


母の入院生活シリーズ1

母の入院生活シリーズ2



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます

しろ☆うさです

やはり先週は書けなくて、またもや一週飛ばしてしまいました

サボり癖がついたか~~(笑)!?

それでなくてもノロノロ更新なのに(笑)。これ以上遅くなるってどーいう事よ(笑)。

うん。なんかね、前々回の「母の入院生活 13」で、一山超えた感が自分の中であって(人はそれを自己満という)。

今回、書きだすのに苦労したんですよ。もう、出だしから何を書いていいのやら五里霧中状態に陥ってしまって

たいした文章書いてないのにねー(笑)。

まぁ、なんとかかんとか? 書けたので更新という事で……。

ところで、話はガラッと変わりますが、この小説(みたいなもの)って、一応自分の中で勝手に「現代版:女の一生」って副題があるんですよ。

モーパッサンの、「女の一生」の現代版、みたいな感じでいこう!という……。

はい。わかってます。足元にも及ばない事はわかってます。

だけど、最初のコンセプトがそうだったんですよ、という、いわば種明かし的な意味でね。言ってみたわけです。

あの話も、暗いですよね(苦笑)。救いようがないくらい。

しかも、アンニュイな重苦しい空気感に包まれている。

この「ひとしずく」は、アンニュイさはない。現実的。色恋沙汰も抜き。……な、シビアな話になっています。

肉の部分は全て削げ落ちて、骨だけの姿を押しつけている内容、とでも申しましょうか(笑)。

これからも、こんなおはなし「ひとしずく」を、応援して頂けたらありがたいです

いつも訪問して下さる方、拍手やランキングを押して下さる方、感謝の気持ちでいっぱいです

しろ☆うさでした~~(@^^)/~~~



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 介護ブログ 介護と育児へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿












トラックバック

この記事のトラックバックURL:

 |   |