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vol.66 母の入院生活 13

弟と別れた塔子は、自転車を飛ばしていた。思っていたよりも案外早く転院の手続きやら買い出しやらは済んだ。お昼御飯を食べる時間まで取れた。これからまず、幼稚園に海斗を迎えに行って、それから沙耶のいる小学校に向かおう。沙耶はなんだかんだいっても、もう1年生だ。先に幼稚園へ行った方がいいだろう。なにしろ海斗は引っ込み思案で、おとなしい子だ。居残り保育へ行けと言っただけで、泣いてしまうような甘ったれだ。小学校へ向かう方が近いし、場所的に便利だが、塔子は先に海斗のお迎えに行く事にした。

案の定、居残り保育の一室で、海斗は小さくなっていた。たくさんの子供達がワイワイ楽しそうに遊んでいる中で、海斗は一人ぽつんと部屋の隅にいた。よく見てみると、部屋の端には同じようなタイプの子供が2、3人、輪から離れて一人遊びに没頭している。海斗だけが特殊というわけではないようだが、周りに馴染まず一人で黙々と遊んでいる我が子の姿を見て、塔子は不思議に思った。こんなにたくさん園児がいるのに、なぜうちの子はぽつん、と一人でいるのだろう。なぜ、誰かと遊ぼうとは思わないのだろう。塔子には理解出来なかったが、それを海斗に訊いたり、問い詰めたり、責めたりした事はなかった。なんとなく、無意識に、それを口にしてはいけない、と歯止めがきいていたのだ。理由は特にないが、こういうタイプの男の子は、デリケートな話題をひどく嫌がるような気がしていた。繊細な子ほど、プライドが高く、傷つきやすいような気がした。

「海斗」
いっこうに母親の存在に気が付かないので、塔子はしびれを切らして、入口から海斗を呼んだ。海斗は熱心に絵を描いている。青いクレヨンを小さな手で握りしめて、自分の世界に没頭している。顔見知りの他の子供達が塔子に気付いて、笑顔で駆け寄って来ても、海斗は全く気が付かない。塔子は寄って来てくれた子供達と会話を交わしながら、チラチラと海斗を窺ったが、やはり海斗は全く塔子には気が付かなかった。塔子は諦めて、靴を脱ぎ、保育室へと入った。塔子が海斗の横に立つと、やっと海斗は顔を上げ、どんぐりのようなつぶらな瞳で、きょとん、と塔子を見た。
「お迎えに来たよ」
塔子がそう言うと、海斗はニコッと笑顔で頷き、また視線を下へと落として、絵の続きを描き始めた。塔子は慌てた。
「もう、帰るよ」
なにしろ、まだ小学校へ沙耶をお迎えに行かなければならないのだ。もう小学生なので一人で帰ってくればよいのだが、放課後教室に行く事をあんなに嫌がっていたから、ついお迎えに行ってあげる、と約束をしてしまったのだ。しかし、海斗はおとなしいが頑固な一面もあり、自分が納得するまでは絶対にうん、と言わない片意地な性格でもあった。今回も、描きかけのまま終わるのがどうしても嫌なようで、彼は小さな頭の中でなにやら必死に考えながら、クレヨンの色を選んでいる。海斗の納得がいくまで、塔子は待たされる事になる。塔子は聞こえないように小さく溜め息をついた。

なんとか絵は描き終わり、塔子は片付けを手伝い、そして海斗の荷物を持ち、先生に挨拶をして、保育室を後にした。自転車の後ろに海斗を座らせ、幼稚園を後にする。さぁ、お次は沙耶の待つ小学校だ! これさえクリアしたら、後は家に帰れる。たとえ家に帰ったところで、食事の用意や子供達の入浴でゆっくりは出来なくても、それでも家にいるだけで気は休まる。もう、時間に追われる事もない。後少し、後少しの辛抱だ。塔子はペダルを踏み締め、小学校へと向かった。

小学校に着くと、海斗の手をひいて、放課後教室まで歩いた。昼間は児童で賑やかな学校も、子供も先生もまばらで雑然としていた。教室を覗くと、紗耶はたくさんの友達に囲まれ、楽しそうに笑っている。塔子はホッと安堵した。紗耶の性格上、一人でぽつんといる事はないとは思っていたが、やはり思っていた通りだ。塔子が手を振ると、沙耶はすぐに気付いた。が、見て見ぬフリをした。塔子が手招きすると、本当に渋々といった態度でゆっくりと近付いて来た。
「お片づけして。帰るからね」
「私、まだ帰りたくないんだけど」
「えっ? せっかく迎えに来たのに?」
「今日はちょうどさっちゃんも一緒だったんだ。だから、後で二人で帰るよ」
「そっか。さっちゃんと一緒に帰るなら安心だね。じゃ、先に帰るからね」
わざわざ、来なくてもよかったのだ。塔子は拍子抜けしながら、元来た道を引き返した。でも、仕方がない。子供には子供の社会があるもの。私は娘との約束を果たした。やはり、来てよかったのだ。

家に帰ると、海斗の手洗い、お着替えを手伝い、帰りにスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫にしまった。ベランダへ上がって、洗濯物を取り込む。畳み始めると、携帯が鳴りだした。近所のママ友からの電話だ。そう、先程出会った娘の友達のさっちゃんのママだった。
「はい」
「もしもし~? ごめ~ん。今、家にいるぅ?」
「うん。いるよ」
「あのさぁ、今私ヘアサロンにいるんだけど、予定より長引いちゃって、まだまだ帰れそうにないんだぁ」
「そうなんだ」
「で、うちのさっちゃんなんだけど、まだ1年生だし、鍵を持たせてないんだよねー。沙耶ちゃんママ、悪いけど、うちの子が帰って来たら預かっててくれないかなぁ」
塔子の思考が一時ストップした。一瞬、何をお願いされているのか、わからなかったのだ。え? ヘアサロン? 預かる? この人は、一体何を言っているのだろう?
「……わかった。いいよ」
「やったー! じゃ、お願いねぇ」
電話が切れた。塔子はまだしばらく茫然としていた。
さっちゃんのママは、自分と同じ歳だ。ご両親も健在だ。さっちゃんは一人っ子で、さっちゃんママは働いているわけでもない。比べちゃいけない。人と比べちゃいけない。だが、塔子は心の導火線に火が付いてしまった事を感じた。
どうして、こんなに違うのだろう。かたや、一日中のんびりと過ごし、優雅にヘアサロンに行っているのに、私は若くして倒れてしまった母の介護をしている。しかも、今日は退院、入院を一日でこなした、いつもよりハードな日だったのだ。

理不尽だ。こんなの、理不尽過ぎる。それでも、子供に罪はない。塔子は帰って来た娘とさっちゃんを迎え入れ、おやつの準備をした。もうすぐ夕飯の準備をしなくてはならないのに、子供達が代わる代わるやって来ては用事を言いつける。あのおもちゃはどこ? ねぇ、宿題でわからないところがあるんだけど? ねぇ、うちのママは何時にお迎えに来るの? カイくん、お腹すいちゃったんだけど? ねぇ、あれとって? ねぇ、これってどういう意味? ねぇ、あれもとって?

もう、限界だ。塔子が発狂しそうになった瞬間、ただいま、と彼が帰って来た。塔子はハッと我に返った。結局、夕食の準備が全く進んでいない。どうしよう。彼は待つのがなによりも嫌いなのに。もう、正直に話すしかない。今日は忙しくて夕飯の支度がまだ済んでいない、と彼に告げると、彼は塔子をじっと眺めた。その視線は、まるで出来の悪い物を蔑むかのような視線だった。ふ~ん、わかった、と彼は呟き、ご飯が出来たら呼んで、と自室に入ってしまった。いつも、こうだ。なぜ忙しかったのか訊こうともしないし、困っている人を助けようとも思わないのだ。

長い長い一日を振り返る。散々な一日だった。それでも、誰かたった一人でも優しい言葉を、労いの言葉をかけてくれたならば、私は立ち直れる。明日からまた、元気に頑張ろうと思える。そして、私は与えるばかりではなく、それが心底欲しい。気遣いとねぎらいが欲しい。そしてそれを与えてくれる唯一の人は、自分の配偶者であってほしい。だが、それも叶わないのか。

涙すら、出なかった。手を動かす方が先だ。冷たい看護師達の仕打ちよりも、母の露骨な態度よりも、無邪気なママ友よりも、私を一番傷つけるのは、彼の他人事のような振る舞いだった。
野菜を細かく刻みながら、塔子は真剣にそう思うのだった。


※このおはなしは、「母の入院生活」シリーズの続きです。


「母の入院生活」シリーズ1

「母の入院生活」シリーズ2



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いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

しろ☆うさです

今回はお馴染み?「母の入院生活」の続きのおはなしです。

「母の入院生活 5」くらいから延々と続いた長~~い一日は、今回でやっと幕を閉じました。

いや~~~長かった!

でも、このシリーズは終わりません。まだまだ続きます。

今回のオチ?はかなり前から予定していて、結局その通りに書いたのですけど……。

相変わらず、読後感が悪いですかね(笑)。

これは何度も言っている事なのですが、こういうテイストを変えてしまうと、そもそもこのブログを立ち上げた意味すらなくなってしまうと申しますか……。

だもんで、こういう結末を変える気はないです。変えたくなる日はあるけど(笑)。ブレずに行きたいので、これからもこのままです。

この小説もラストに近づくと、こういう終わり方ではなくなってくる……と思います。予定ですが。

いつも訪問下さる方、そして拍手やランキングを押して下さる方、感謝しております

本当にいつもありがとうございます

しろ☆うさでした~~(*^^)v



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