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vol.65 手ぶらのプロポーズ

彼が塔子にプロポーズしたのは、道を歩いている時だった。道の真ん中で、それは不意に訪れた。

後になって考えてみるにあたって、彼はその時プロポーズをしようとは思っていなかったのだと思う。しかし、成り行きからそうなったのだろう。
その時期、塔子は真剣に彼と別れるべきか否かを考えていた。理由はわからないが、彼から離れた方がお互いのためによいのではないか、といつも考えていた。それでも、心の弱さゆえに、塔子はその結論を先延ばしにしていた。彼といても、自分のためにはならない。いつも相手に合わせ、自分の考えや気持ちを表に出す事は許されない。相談事も悩み事も、一切を口に出してはならない。そんな関係ならば、いっそ別れてしまえばスッキリするのではないか。

それでも、塔子は躊躇していた。気持ちは半分離れてしまっているのに、どうしても決断する事が出来ない。捨てられる彼を思っての話ではない。とにかく、自分の未来を不安に思うのだった。これから、彼なしの人生に、自分は果たして耐えられるのであろうか。人は皆、多かれ少なかれ、彼氏やパートナーに不満を持ったまま付き合って行くものではないのか。完璧な人間など、完全な関係性など、この世には存在しない。自分の我慢が足りないだけではないのか。

堂々巡りだった。ある日は、まだまだ自分は耐えられるような気がしたが、あくる日にはもう無理だと思ったりした。彼が先に別れを切り出して来たならば、それをすんなりと受けられるような気もするし、泣いて縋り付くような滑稽な猿芝居を演じてしまうような気もした。

そんなあやふやな状態が、数か月続いたある日、塔子は不意に何もかもが嫌になった。今までだって、一人だったのだ。彼がいなくても、自分はちゃんと人並みに生きて来たのだ。否、人並み以上にしなくてもよい苦労を一身に請け負ってきたんじゃないか。彼一人失ったところで、これまでの苦労に比べたら、それが一体何になろう。それにまだ20代なのだから、新しい出会いもあるかもしれない。お互いを認め合い、お互いを労わりあえる、そんな出会いがないとも限らない。

不思議なもので、塔子がそういう気持ちに傾いてくると、彼はそれをすばやく嗅ぎ取った。自己愛に溢れる彼は、自分を排除しようとする空気にとても敏感であった。普段は読めない空気も、そういった自分に関連する事柄には、ピンポイントで感知するのだ。おそらく塔子は出していないつもりでも、塔子の身ぶり、目つき、受け答えなどから滲み出ている些細な変化が、彼には瞬時にわかるのであろう。その時、二人は散歩をしていた。次の角を曲がれば、塔子のマンションが見えて来る。日曜の夕暮れ時の住宅街は、人もまばらだった。時折、家族連れが向こうから歩いて来たり、犬の散歩をしている人とすれ違ったりした。

「じゃ、結婚しようか」
彼は不意に笑顔でそう言った。
「え?」
上の空で歩いていた塔子は、その言葉を危うく聞き逃すところだった。彼は立ち止り、塔子の手を取った。
「結婚しようか」
彼は両方の手で、塔子の両手を握った。塔子は握られた両手をじっと見つめた。
急に、何を言い出すのだろう。これは、プロポーズというものなのだろうか。今まで、全く違う話をしていたのに、唐突だな。否、そもそもプロポーズというものは、急に、不意に、訪れるものなのかもしれない。ドラマでもそうじゃないか。今からプロポーズしますよ、と予告をしてからプロポーズする人なんて、きっといない。だから、これは別に変でもなんでもないのかもしれない。
「急にどうしたの?」
「いいから。答えて」
彼は引きつったような微笑みを浮かべながら、塔子の顔を覗き込んだ。答えて、と言われも、急に決断は出来ない。塔子は黙ったまま、握られている両手を茫然と見つめ続けた。

自分が他の同じ歳くらいの女の子達より、現実的な傾向がある事は、塔子も自覚していた。子供の頃は逆に、人よりも夢見がちな性格だった。だが、いつからか過酷な現実を突きつけられていくうちに、そんな淡い幻想を抱かなくなっていた。自分の両手を握りしめている彼の両手。彼の引きつったような笑顔。毎日通る普段見慣れた近所の景色の中で、それらはいびつに歪んで見えた。これは、確かに、子供の頃に夢見たような、プロポーズのシチュエーションではない。何の予兆もなく、特別な日でもなく、ただのんびり近所を散歩していたのだ。そして、自分は別れを切り出そうかと迷っていた。それに、彼は手ぶらではないか。これでは、ただのどさくさ紛れではないか。

しかしその時、塔子に小さな希望の光がひとしずく、不意に射しこんだのだ。もしかして、彼は改めて後日、正式にプロポーズしなおすつもりなのかもしれない。まだ夢見がちだった少女の頃に憧れたような、美しい場所で。それはお洒落なレストランかもしれないし、夕暮れの海かもしれない。キラキラの夜景が見えるかもしれない。そして、そこでは彼は手ぶらなんかではなく、小さな箱を私に差し出すのだ。それを開けてみると、そこには透明に、そして純粋に透き通る、小さな小さな愛の証が存在するのだ。

若い女の、愚かな空想だ。それでも、塔子はそっとそっと夢を育むように、それを信じた。今まで散々期待とは違った結果になっていたのにもかかわらず、塔子はそれに希望を見出したのだ。日常と、一生に一度の大切な記念日とは、全く違う。きっと、心に残る、本当のプロポーズは、後日に用意されているのだろう。否、用意されていなければならない。これまで塵のように軽く扱われていたのだ。まさか、一生にたった一度のプロポーズさえ、そんな扱いをされるわけがないではないか。
「はい」
塔子は彼の問いに答えた。

だが、塔子の淡い期待は、無残にも打ち砕かれた。正式なプロポーズなど、二人の間には用意されていなかったのだ。
淡々と続く日常に、塔子は愕然とした。しかし、傷ついた自分を彼に見せる事が怖く、その発言をして彼が傷つくのを見るのも怖く、そしてそんなに簡単に傷ついた自分を許せず、何事もなかったかのように振舞った。私は、期待なんて、していなかった。夢など、見なかった。私は道端で軽く挨拶されるように手ぶらでプロポーズされるに相応しい人間だから、仕方がない。贅沢など、言ってはいけないのだ。式場の手配、案内状の手配。結婚式に向けて、すべき事は山ほどある。塔子の淡い期待は、日常の細々とした所用にあえ無く飲み込まれたのだった。



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

今回のおはなしは、一話読み切りです。

なにやら、塔子ちゃん、夢見る乙女(笑)!? いつもとテイストが違って、えらくロマンチック?な内容です

……引かないでね(笑)。

そして、そして。

カウンターを見ていただければおわかりになるかと思いますが、アクセス数が10000超えましたーー!!

パチパチパチ

これもひとえに訪問して下さる皆様のおかげだと深く感謝しています! ありがとうございますm(__)m

ブログ始めて約10カ月、長い道のりでしたわー(笑)。

これからも細々とやって行きますので(笑)、応援よろしくお願いしますっ

しろ☆うさでした~~~(^O^)/



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