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vol.64 母の入院生活 12

二人はファミレスに入り、簡単な食事をした。弟と二人だけの食事は本当に久し振りで、塔子は懐かしさよりも、なんだか不思議な気持ちになった。

いつかの昔、まだそんなに昔ではない、あの日々では当たり前だった事が、今はなんと遠く感じられるのか。

父がいて、母がいて、弟がいて。それが当たり前だった毎日。あれらの日々は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
辺りを見渡せば、それが長く長く続く例もあるらしい事に、塔子は気付いていた。否、気付いていたどころではない。それは、塔子の心の中にキラキラと輝くまばゆい光の玉となって映った。あまりに神々しいので、それを直視する事は出来ない。

確かに、あったのだ。私にも、あんな時が。それは今よりもっと歩きやすい道だった。それとも、過酷な道であったとしても、過ぎてしまえば美しい思い出と変わってしまうのか。四人で囲んだあの食卓は、二度とは帰って来ないのだ。ただの感傷なのか。

弟と向かい合って食べる食事は楽しかった。思えば、こうして弟と二人だけの食卓の日々も長く続いた。父が単身赴任をしていた時期だ。母はよく父の世話を焼きに、赴任先へと出向いた。母が行ってしまうと、こうして弟と二人で食事をしていた。離婚してからも、母は新しい恋人の家へよく出掛けて行ったもので、弟と二人の食卓は続いた。クールで、それでいて姉思いの弟との生活は、気が楽で楽しかった。父よりも母よりも、弟と一緒にいる時が、一番気が休まったものだ。

人は、誰しも成長する。同じ環境を永遠に続ける事は不可能だ。それでも、塔子は心のどこかで穴がぽっかり空いたような寂しさを、割り切れなさを感じていた。更には、誰彼なしに捕まえて、何故あなたはそれを当たり前のように持っているの?と激しく揺さぶりなから質問したい気持ちに駆られた。無駄な事だとわかっているのでしないだけであって、その賎しい感情は、いつも奥底で叫びながらのたうち回っていた。何故、周りのママ友は皆、帰る実家があるのに、自分にはないのだろう? 何故、私は親にいいように使われるだけで、他の人が当然のように手にしている親からの温かい愛情を受け取る事が出来ないのだろう?

さもしい感情だ。塔子は目を閉じて、じっとその悪魔が消えて行くのを待つ。悪魔は自分の内にあって、決して消え去りはしない。ただそれが胸の奥に沈んでしまうのを待つだけだ。羨んでも、妬んでも、それらが自分の手には絶対に入らない事は重々承知だ。頭では、わかっている。理解している。だが、理解したところで、渇望は止まらない。どうしようもないほど、私は守られたい。親の愛情が欲しい。その矛盾こそ、塔子そのものであった。

送って行くよ、の弟の言葉で、塔子はハッと現実に引き戻された。楽しかった時間は一瞬で終わる。これからまた、お互いの日常に帰らなければならない。支払いを済ませ、外に出た。じりじりと焼けつくような暑さが、街中を包み込んでいる。どこかで蝉の鳴く声がする。もう、夏はすぐそこまで来ている。
「前の病院まで、送ってくれる? そこに自転車を停めてきたから」
「わかった」
車はゆっくりと発進した。彼と違って、弟は車の運転がのんびりしている。無意味に煽ったり、飛ばしたりはしない。塔子は安心して車中をくつろぐ事が出来た。母を残して来た新しい病院の前を通り過ぎ、母が朝までいた病院へと向かった。病院へ着くと、弟は車を停めた。
「今日はお疲れ様でした。悪いけど、明日からまた、頼むな」
「うん。大丈夫、大丈夫! 何も心配しなくていいからね」
「出来る限り、手伝うようにはするし」
「うん。何かあったら、また連絡するね」
塔子は笑顔で手を振った。弟は軽く手を上げ、車を発進させた。去って行く弟を、塔子は感謝の気持ちで見送った。本当に、あの子が来てくれて、助かった。気持ちの上でも、随分救われたのだ。朝から受けた、冷たい看護師達の仕打ちで完全に打ちのめされてしまっていた気持ちを引きずったまま、子供達を迎えに行くのは辛かった。弟の出現で、怒りも悲しみもかなり和らいだ気がする。塔子は自転車置き場に向かい、自転車を引っ張り出した。長い一日だった。でも、とにかく、今日は終わったのだ。

自転車に跨り、まずは海斗のいる幼稚園へと向かう。そして、その後、沙耶のいる小学校へ回ろう。小学生はお迎えに行かなくても勝手に帰って来るが、朝のあの子の様子では、迎えに行った方が無難だろう。なんといっても、まだ入学したばかりの1年生なのだ。それにあの子はあんなに放課後教室に行くのを嫌がっていたじゃないか。
飛ばせ、飛ばせ。嫌な気持ちも。新しい環境に変わった不安も、全部。今日をなんとか無事に終えたじゃないか。明日からの事は明日の自分に任せて、今日は取り敢えず全てを終えた、この瞬間を喜ぼう。


「母の入院生活」シリーズ

「母の入院生活」シリーズ



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いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

しろ☆うさです

毎日、暑いですね(笑)。

夏バテしないように、気をつけましょう~お互い(笑)。

さてさて、今日は「母の入院生活」シリーズの続きです。

前々回かな?で、この長い一日もやっと終わる……って書いたような気がするのですが、案の定まとまりきらず、次回持ち越しとなりました……

いつもの事か(笑)!?

塔子ちゃんの長~~い一日は終わらない!?

いや、次回でやっと終わるハズ……です☆

一応このシリーズでは山場が三つある予定なのですが、今回の長いこの一日が、一つ目の山を越えたあたり、です。

そう、まだまだ続く、この「母の入院生活」。

これを書ききらないと、途中で放り出している他のシリーズが書けないのですよー。

「根なし草」とかね。このシリーズの後のおはなしだから。

でも、全然進まない……(笑)。まぁ、急ぐ旅でもないので、書き流さずに、コツコツ地味~にやっていこうと思っています。

いつも訪問して下さる方、そしてランキングや拍手等を押して下さっている方、心より感謝しております

しろ☆うさでした~~~(*^^)v



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