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vol.60 母の入院生活 10

手続きを終えると、塔子は先に部屋に戻った母の元へ行った。母は横たわったまま、新しく母の担当となった看護師と何やら話しているが、会話は上手く繋がっていないようだった。
「これから、よろしくお願いします」
塔子は挨拶をした。その看護師はチラッと塔子を見て、軽く頭を下げた。
「お洋服、貸出じゃなくて、私物をクリーニングするんですよね」
「はい」
「でも、先程チェストの中を確認したのですが、全然持って来てないですよね」
「あ、はい。ここに来るまでは貸出を頼んでいましたので……」
「じゃ、今から持って来て貰えます? 衣類に限らず、タオルや備品など、揃える物や数は入院手続きに書いてますから」
「はい……。わかりました」
どうしよう。母にちょっと出掛けて来るね、と声を掛け、塔子は病室を出て、エレベーターへと向かった。私服。タオル。それに細々とした備品。一度にこれだけの量を全て運べるのだろうか? おそらく、無理だ。
「ちょっと、ちょっと! 田中さん!!」
看護師が小走りにエレベーターホールに近づいて来た。
「あなた、あれ、忘れてるわよ。大量のオムツ! うちではオムツは指定の物を使ってもらいますからね。邪魔なので、持って帰って下さい」
「わかってます。母の私物をこちらに届けた後、私の家に持って帰りますから」
塔子と同じ歳くらいの看護師は、訝しそうな顔をして、そうですか、と呟いて去って行った。一度で用事を済ませろ、という意味合いなのかもしれないが、それが出来ないから、置いているのだ。塔子は溜め息をついて、到着したエレベーターに乗り込んだ。

母は、沙耶が生まれて間もなく、引っ越しをした。塔子は三度、母のその新しい家へ行った事があるが、わかりにくい場所で、当時も散々迷って辿り着いたのだった。一度目は、まだ沙耶が生まれたばかりの日曜日。沙耶を彼に預け、電車に揺られ、初めて母の家を訪れたのだ。駅からはかなり遠く、迷路のように入り組んだ細い道を、行ったり来たりしてやっと辿り着いたのだった。
二度目は、母が塔子に黙って勝手に入院をした時だ。退院の際、塔子が迎えに行って、車で母を送って行った。電車とは逆の方向から向かったので、結局道はあやふやなままだ。
三度目は、つい最近の事だ。母から受け取った鍵で中を開けると、そこは倒れた時のまま、時が止まってしまっていた。いや、きっと違う。たった数カ月くらいの放置で、家の中があんなに荒れ果てる事は、ない。きっと倒れる前から、家の中は汚れ、物はあちこちに散乱していたのだろう。その日は結局、母に頼まれた探し物を探すどころか、部屋の中へ入る勇気すら持てず、塔子は逃げるようにしてその場を後にした。家が汚れた状態がなによりも耐えられない塔子は、情けない気持ちでいっぱいになった。二度とあそこには行きたくない、と思った。

ゴミ屋敷のレベルからはほど遠いが、それでもこもった空気は異臭を放ち、出されていないゴミ袋が廊下の隅に何個か放置されていた。汚らわしい。匂いも、空気も、視界に入る、部屋全体が、汚らわしい。あそこに行くだけで、塔子はまるで自分自身も汚れてしまうような気がした。家の中の状態が、その人間の心根を表すと、塔子は昔どこかで聞いたか、読んだ記憶がある。母はきっと、脳梗塞で倒れる前から、荒み切っていたのだろう。

母の家の鍵は持っている。それでも、またもや迷いながらあの場所へ行って、中へ入って、必要な物を取り出す事は、不可能だった。精神的に、どうしても、無理だった。仕方ない。どこか、この近所のスーパーでも探して、そこで要る物を揃えよう。結局レンタルした方が安くついたのではないか。塔子は自分の愚かさに少し笑った。一階に着き、エレベーターを降りると、そこには弟の姿があった。
「あれ、どうしたの?」
「うん。遅れてごめん。来れそうだったから、来た」
「そっか。そっか。ありがとう。わざわざ遠いところから、ありがとね」
塔子は弟の腕をポン、と叩いた。弟は少し微笑んだ。
「今ね、無事転院出来たところ。で、要る物がたくさんあるから買い出しに行くんだけど、一緒に来てくれない? 荷物持ちに」
「うん。じゃ、行こう」
弟は駐車場を指差した。
「ちょうどよかった。車で来たから」
「じゃ、一度で用事が済ませられるね! ホント、来てくれて、助かった!」
弟の車に乗り込み、塔子は母の状態について、詳しく話した。ハンドルを持ちながら、弟はうん。うん。と口数は少ないが、真面目に話を聞いていた。話題は徐々に変わっていき、お互いの近況や、子供の話などに及んだ。時折、ボソッと呟く弟の返答が可笑しく、塔子は声を挙げて笑った。

あぁ。この子が来てくれてよかった。心の中で、塔子は何度もありがとう、ありがとう、とお礼を言った。弟のおかげで、今日初めて、心の底から笑う事が出来た。ありがとう、ありがとう。



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しろ☆うさです

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます

今回のおはなしは、「母の入院生活」シリーズです。

なんと、今回で10回目を迎えました~。

この「ひとしずく」という小説、ぜーんぶ同じ登場人物なのですが、色々シリーズがありまして。

で、「母の入院生活」。このシリーズが、なんだかんだで一番最長になっています。

しかしながら、このシリーズ、あまり人気がないようで(笑)。最近、更新の二回に一回はこのシリーズなのですが、他と比べてこのシリーズをアップすると、やたら少ないの(笑)。訪問して下さる方も、ポチッと押してくれるのも(笑)。

でも、このシリーズ、辞めないですよー(笑)。辞められないんです。ここを乗り越えないと、終盤に向かえないので。

なので、人気がなかろうが、ウザがられようが(笑)、最後までとことんやる! 事にしています

いい迷惑でしょうが……(笑)、お付き合い下さい

いつも訪問下さる方、そして拍手やランキング等を押して下さる方、心から感謝していますm(__)m

しろ☆うさでした~~(@^^)/~~~



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