FC2ブログ
<< vol.59 答えを必要としない質問を繰り返す人 :: main :: vol.57 震える父 3 >>

vol.58 母の入院生活 9

署名が済むと、看護師に連れられ、母だけが病室へと戻った。担当の医師も説明が済むと、席を外した。その場に残ったのは、新たに担当になった塔子と同じくらいの30前半から半ばくらいの歳の看護師、統括しているベテラン看護師、リハビリのスタッフ数名、そして院内の医療ソーシャルワーカー、それに塔子だった。彼らもそれぞれの説明が済むと、署名や捺印を求め、それぞれの持ち場へと去って行った。最後まで残ったのは、担当の看護師一人と、婦長と、ソーシャルワーカーのみとなった。
「では、オムツ販売サービスと、衣類リースサービスの説明をさせて頂きます。まずオムツですが、こちらでは病医院指定のオムツのご利用をお願いしています。程度や頻度で異なるのですが……」
看護師は、書類を取り出して、塔子の前にそっと差し出した。
「田中さんの場合、こちらの高使用の頻度になりますね。これは常時オムツを装着されている方が当てはまります。持ち込みはご遠慮しておりますので、これは必ず申し込んでいただく形となりますね」
「わかりました」
「じゃ、ここに名前と印鑑、お願いします」
塔子は使用開始日を記入し、申し込み者の欄に母の名と住所、電話番号を書いて、母の判を押した。そしてその下にある保証人の欄に、塔子本人の名と連絡先を記入して鈴木の判をついた。
「次は、衣類のリースのサービスなんですが、これは任意です。毎日お洗濯して新しい衣類を持って来れるようでしたら、申し込まなくても結構です」
「毎日は無理ですね」
「では、申し込まれますか? セット内容はこのようになってます」
看護師は利用申込書を差しだした。目を通すと、バスタオルやフェイスタオル、パジャマやリハビリ用のトレーナー、それに下着類がセットになって日額千円以上もした。塔子は頭を抱え込んだ。
「うちでは、クリーニングの業者も入っていますよ。週二回、来られます。それでしたら予め衣類やタオルなどをご準備していただいて、それをクリーニング業者に出されたらどうですか? 出すのも引き受けもこちらでしておりますので。ただし、クリーニングされた物を袋から出してチェストに直してもらうのは、娘さんにしていただく事になりますが」
「それは構いません。じゃ、そのクリーニングに申し込みます」
「じゃ、これにサインしてね」
署名と捺印が済むと、ベテラン看護師と若い看護師は席を外した。最後まで残ったのは、塔子とソーシャルワーカーのみとなった。
「私、当院のソーシャルワーカーの上田と言います」
40代後半か、50代の初めくらいだろうか。おっとりとした雰囲気を持つ中年男性が、塔子に名刺を渡した。
「先程、医師が申しました通り、こちらではおよそ三カ月間入院される方が大半です。まぁ、中にはそれ以上にいらっしゃる方もいますが、大体は皆さん、三か月を目安に退院してもらっています」
「はぁ」
「来週のミーティングには症状の確定がされて、今後の方針が話し合われますが、こちらのソーシャルワーク課では、その三か月後のお母様の行き先ですね。それをまずお聞かせ願いたいのです。と申しますのは、頂いた資料によると、お母様はお一人暮らしをなさっていたのですよね?」
「そうです」
「で、ご長女の塔子さんと……ご長男の弟さん以外、身内はいらっしゃらないと」
「……いるにはいますけど。母は離婚しておりまして、父には頼る事は出来ません。母は自分の身内とも疎遠になっていますので、実質私と弟だけですね。動けるのは」
「では、塔子さんか弟さんが引き取るという形で話を進めて大丈夫ですか? お話によると、お子さんが二人いて、まだ小さいですよね?」
「そうですね。この春、小学校に上がったばかりの娘と、幼稚園の息子がいます」
「お母様を引き取るのは可能ですか? つまり、まだ幼くて手のかかるお子さん二人を抱えてらっしゃる状況で、その上、お母様を引き取って、自宅で介護をする。お見受けした限り、お母様は半身不随で、おそらく今後治る見込みはゼロに近いでしょう」
「はい……」
塔子はしばらく黙り込んだ。つい、先程、退院して来たのだ。つい、先程、退院して、やっとここに辿り着いたのだ。それなのに、もう次の行き先の事を考えねばならないのか。塔子は頭を抱えて叫び出したい気持ちをぐっと堪えた。

それに、私は果たして母を引き受ける気持ちがあるのだろうか。
脳梗塞で倒れる三、四ヶ月前、母が塔子に黙って勝手に入院していた時に、一度母に一緒に暮さないかと持ちかけた事はある。その時、母にはきっぱりと断られたのだ。あなたの結婚相手と一緒に暮らすのは絶対に嫌だ、と。でもあの時と今とでは、状況はすっかり変わってしまった。今ではもう母は寝たきりで全く動けないのだし、治る見込みもないのだ。倒れて救急病棟に運び込まれた時に、彼は塔子の母を引き取っても、別にどうでも構わない、オレの知った事ではない、というニュアンスの言葉を発していた。彼は母を嫌っている。そして、母も彼を嫌っているのだ。

それに、私はどうなのだ? 私は何を差し置いても母を引き取って共に暮らしたい、と心底思っているのだろうか? 母の傲慢な態度。今までされた、数々のひどい仕打ち。信じては裏切られ、稼いでも稼いでも、骨の髄までしゃぶられ。
私は、母を、本当の意味で、愛した事など、一度もなかったのだ。きっと。

「他に選択肢はありますか? つまり、私や弟が引き取らない、という」
「……まだ65歳になられるまでにはずいぶんとありますからねぇ。老健は絶対に無理ですねぇ。有料の老人ホームを探すか、新たに病院を探すか、という事になりますかね」
ソーシャルワーカーのその男性は、チラッと塔子を見ながら、ゆっくりとそう答えた。冷たい娘だと思っているのだろうな。塔子はそう感じた。確かに、自分は冷たい娘なのだろう。実際にそうなのだから、どう思われても仕方がない。
綺麗事で未来を楽観するには、塔子はあまりにも心が狭すぎた。疲れていた。不必要に自分にしがみついて来る数々の厄介事を、振り払っても振り払ってもまとわり付く許容力を超えた嫌な出来事を、塔子はこれ以上自ら増やそうとするのは愚かな考えだと思った。


※このおはなしは、「母の入院生活」シリーズの続きとなっております。

「母の入院生活」1~8



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 介護ブログ 介護と育児へ
にほんブログ村


しろ☆うさです

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます

今回のおはなしは、「母の入院生活」の続きです。

早いもので、もう9作になりました

いつも書きながら、こんな何のオチもなく、しかも暗い話、延々続けていて何か意味はあるのだろうか!?ってちょっと思ったりもしますが、なんだかんだで9作目ですよ(笑)。

無駄に長いですね(笑)。しかも内容がそんなに面白くないという(笑)。

でもここを地道に通過しない限り、最後の戦い?が書けないので……読んで下さっている方には申し訳ないですが、もうしばらくお付き合い下さい

まだまだこのシリーズ、続きます

いつも訪問して下さる方、そして未熟なブログに拍手やランキングを押して下さる寛大な方、いつも感謝しています

ありがとうございます

ではまた(^o^)/~~



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿












トラックバック

この記事のトラックバックURL:

 |   |