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vol.55 母の思い出 4

今にして思えば、母は責任感の強い性格だった。
自治会にしても、学校のPTA活動にしても、誰もやりたがらない仕事を進んで自らが引き受けていた。大柄で明るい性格の母は、リーダーシップが取れるタイプの人間だった。人々は皆、母の周りに集まった。母が一言何かを言うと、周りは当たり前のように賛同し、動いた。

持って生まれた性分なのだろう。人格を作る上で、重要な位置を占めるのは育った環境であるが、兄弟分け隔てなく育てられたとしても各々性格が異なるように、人が生まれ落ちた時にはある程度の基盤のような物が備わっているのだろう。そういった点で、母は元来人を引き寄せ、統括する性質に生まれついたのかもしれない。そして父や母から認められ、可愛がられた環境が、それを肉付けし、揺るぎないものとしたのだろう。

父が単身赴任になってから、母は少しずつ変わっていった。まるでその存在に気付いてはいなかったが、長年にわたり確かにあった手かせ足かせが不意に外された人のように、母は自由になった。それは母に取って、今までの生活とは天と地ほども違いのある大きな環境の変化だったに違いない。初めのうち、母はまるで自由というその感覚に完全に酔っぱらっているような状態だった。全く酒を飲めない人であったのにもかかわらず、それはまるで幸福に酔っているような状態だった。その状態がしばらく続くと、今度は不意に何カ月も塞ぎ込むようになった。完璧なる躁状態と、完璧なる鬱状態。それらは何カ月かの周期で、くるくると入れ替わった。

そういった状態になってから、母の性格にある変化が生まれた。あれだけ責任感が強く、やるべき事柄から逃げる事など決してなかった母が、いつからか人と会うのを億劫がり、頼まれた用事をこなせなくなっていたのだ。
「これとこれ、頼んだぞ」
父が帰って来ていて、また赴任先に戻る前に渡された諸々の用事が、全てそのままの形で放棄されるようになったのだ。傍にいない父も、高校生だった塔子も中学生だった弟も、母のその変化に全く気付いていなかった。否、気付いていたとしても、誰もその状態を真剣に考えはしなかった。皆、自分の事で精いっぱいで、誰も母に構う気もなかったのだ。父は会社の事で頭がいっぱいで家族を顧みる事はほぼなかった。塔子と弟は自分の青春を生きる事にかまけていた。友達関係、付き合っている人の事、クラブの先輩後輩の上下関係、塾の事……青春時代に考える、ありとあらゆる若い悩み事に、かまけていた。そしてそれらは、尽きる事がなかった。

「どうして、やってないんだよっ!」
父は声高に叫んだ。
「何度も何度も、やっておいてくれって頼んだよな? 早くしろって何度も言ったよな?」
母はじっと俯いたまま、何も言わなかった。塔子と弟は隣りに部屋で、息をひそめて成り行きを見守っていた。情けない。お前がそんなヤツだとは思わなかった。父は失望したように、言葉を吐いた。その瞬間、母は大声をあげて泣き叫び、立ち上がった。子供のように泣きじゃくりながら走り出した母は、玄関へと向かい、靴も履かずに裸足のまま、外へ飛び出した。塔子はびっくりして、慌てて母を追った。母の泣き声は夜の町に響き渡った。
「帰ろう。ねぇ、帰ろうよ」
母を掴まえた塔子は、自分も泣きだしたい気持ちになりながら、母の背に触れた。母はむずがるように体を揺らし、塔子の手を振り払った。
「ねぇ、もういいから。帰ろう?」
「嫌よっ」
「大丈夫だから。大丈夫だから、帰ろう?」
「嫌よ! 嫌っ! 帰ったらまた責められるから! 何もやってないって責められるから!」
母は子供のようにおんおんと大声で泣いた。ノロノロと様子を見にやって来た父が、フッと小馬鹿にしたように笑った。
「……何言ってんだ。出来ない自分が悪いのに。勘弁してくれよ」
塔子はくるりと踵を返し、父に叫んだ。
「人がこれだけ無理だって言ってるんだから、それ以上に責める事はないでしょ!」
まさか塔子が反撃するとは思ってもみなかったのだろう。父は面食らった顔をして、しばらく放心したようにその場に立ち尽くした。が、やがて、勘弁してくれよ、と小さく呟き、母と塔子を残したまま、家の方へと歩き出した。

塔子は静かな声で、母に語りかけた。実際、どんな言葉をかけ、どういった経緯で母が納得し、家に戻ったのかは、覚えてはいない。それにどれだけの時間を費やしたのかも、今となっては思い出せない。
ただ、母の裸足の足を見つめ続けた事だけを覚えている。母の肩の上に月が浮かんでいた事だけを覚えている。


※このおはなしは、「母の思い出」シリーズの続きとなっております。

「母の思い出」シリーズ



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

今回は、かなり久し振りに「母の思い出」シリーズを書きました。

このシリーズ、今年になってからまだ一回も書いてない……と先日気付き(笑)、ちょっと書くか~って気持ちで書いてみました。

「母の思い出」。これは順序通りではないんですよ。いつものように?時代がバラバラというか、まぁ、短編の集まり、みたいな感じになっています。

他のシリーズ物って、一応年代順に書いているのですが、これだけは違います。ホント、バラバラです(笑)。

今回は、塔子ちゃんが高校生の時のおはなしですね。

このおはなしを思いついて、いざ書き始めたはいいのですが、なかなか筆が進みませんでした★

なぜでしょう……ササッと書けるおはなしもあれば、全く書けないおはなしもあり……。今回は書きにくい方の類でしたね(笑)。

ちょっと書いてはう~~ん 消してまた書いてう~~ん みたいな感じで、いつにもまして時間がかかってしまいました

内容が暗いから? あ、それはいつもの事か(笑)!

とにかく、なぜかはわからないけれど、かなり書きにくい話でした。しばらくこのシリーズに手を付けるのは止めよう……。

訪問して下さる皆様、そして拍手やランキングを押して下さっている方、いつもありがとうございます

感謝しています

しろ☆うさでした~~(@^^)/~~~



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