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vol.54 母の入院生活 7

振り返ると、そこには介護タクシーの人が立っていた。
その人は、綺麗な女性だった。先日ネットで調べていた時に、彼女の写真と経歴が載っていたのを思い出した。歳は、確か40歳を少し越えたくらいだったような気がする。そしてそこには、彼女は介護福祉の資格があると書かれてあった。

「あ、すみません。退院手続きは済みましたが、着替えが、ちょと手こずっていて……」
塔子がそう言って頭を下げると、彼女は手にしていた車椅子を脇に除け、室内に入って来た。
「大丈夫ですよ。お手伝いしますから」
彼女はそう言うと、母の腰回りをそっと持ち上げた。塔子は楽にズボンを履かせる事が出来た。
「ありがとうございます。助かりました」
塔子は笑顔で彼女にお礼を言った。美しいその人は、にっこりと笑って頷いた。
「では、参りましょう」
彼女はそう言うと、母に囁くように声を掛けた。目も耳も急激に悪くなってしまった母は、訝しそうな表情を浮かべたが、特に何も言わなかった。
彼女はテキパキと作業をこなした。ベッドの角度を変え、塔子の補佐など殆ど必要がないくらいに、あっと言う間に持参した車椅子に母を移動させた。リクライニング式の車椅子は、ベッドのように水平に倒される事はなく、ほぼ直角の角度に保たれていたが、母はきちんとそこに納まり、特に何の問題もないように見えた。彼女もそう判断したのか、車椅子はベッドのように倒す事もなく、そのままの形で移動する事になった。

同部屋の人達に挨拶を済ませ、車椅子を押す彼女の後に続いた。部屋を出て、エレベーターに続く長い廊下を歩く。途中、お喋りをしている三人の若い看護師達と出会った。介護タクシーの手配を促した者もいれば、昨日突然電話を掛けて来て、車椅子の変更を促した者もいた。彼女達は笑いながら、塔子達に近付いてきた。
「今から転院します。どうもお世話になりました」
塔子が頭を下げると、その中の一人が話を遮った。
「ねぇ。服。着替えられたの?」
「はい。手伝ってもらって、着替えさせました」
三人は同時にお互いの顔を見つめ合った。何やら目配せのような事も盛んにしている。その視線の先を辿ると、少し前で待っている介護タクシーの女性がいた。そりゃそうだよ、一人じゃ無理だよ、と三人は口々にボソボソと呟いていた。彼女と母が待っているので、塔子は再び礼を言い、その場を離れようとした。
「はいはい! さよ~~なら~~」
「さ、次、次! 忙しい忙しいっ」
三人はまるで友達にするかのようにヒラヒラと手を振って、その場から消えて行った。

一体、何なんだ?
私が一体、何をしたって言うのか。
塔子は悔しさのあまり、握る拳がブルブルと震えた。確かに、呼び出しを受けてもすぐにサッと行けない事もあった。動く方の手を使い、夜中に母が何度もミトンを付けたその手でナースコールを押していた時期もあった。でもちゃんと詫びたし、彼女らは「勝手に押さないように処置しました」、と言って、母の手の届かないところにナースコールのヒモを巻き上げてしまったではないか。

エレベーターの中で、静かに怒りに震えた。やがて一階に着き、ドアが開くと、そこには溢れんばかりの人達がいた。市内で一番設備が整っている大きな病院だけあって、いつも一階はこんな感じだ。車椅子を押してタクシーへと向かう女性の背中の後に付いて、塔子は歩き出した。その人はゆっくりと車椅子を押していた。車椅子の角度を水平に変えなくても、母は何の問題もなく、そこに落ち着いていた。途中、相談窓口の横を通った時、白髪混じりの年配の男性が何事かを相談している声が聞こえた。
「……病人をね、移動させたいのだが、タクシーの手配はしてもらえるのかね?」
「はい。それでしたら介護タクシーのご紹介をしておりますが……」
塔子は思わず二度見をして、その窓口をしばし見つめた。ちゃんとこういった相談が出来る窓口があるんじゃないか。なぜ、私は何度もここを通っていたのに、相談窓口の存在に気付かなかったのだろう。なぜ、あの看護師達は、この窓口の存在を教えてはくれなかったのだろう。たった一言、ここへ行くように促してくれていたら、あんなに苦労しなくてもよかったのに。

結局、車は一度もリクライニングされる事はなく、タクシーに辿り着いた。車体を低くし、車椅子を運び入れる。車内で車椅子は起こされた姿勢のまま、ロックを掛けた。塔子は母の横に乗り込み、母を覗きこんだ。
「どう? 大丈夫?」
母は無言でうん、うん、と頷いた。口がへの字に曲がっている。母もきっと、新しく変わる環境に戸惑っているのだろう。15分ほど過ぎ、車はやがて新しい病院へと辿り着いた。女性が金額を提示した。塔子はびっくりするような高額のタクシー代を支払った。きっと、タクシー代よりも、特注の車椅子の貸出代の方が高くついたはずだ。本当に必要な物ならば仕方がないと割り切れるが、到着してしまった今では言えるが、結局何の必要もなかった。

「さよ~~なら~~」
ヒラヒラと手を振る看護師達の顔が浮かんだ。はい。さようなら。よい勉強をさせてもらいました。お代は高くついたけれど、世の中が若者介護に甘くはない事を、むしろストレスのはけ口に成りうる事実を、塔子は肌で実感したのだった。


このおはなしは、「母の入院生活」シリーズの続きとなっております。

「母の入院生活」シリーズ



いつもありがとうございます
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いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます

しろ☆うさです

今回は、「母の入院生活」シリーズの続きです。

珍しく?塔子ちゃんが怒りでプルプルしていますね

我慢強いのも限界があったのでしょうねー。

前回の女医に続き、今回の看護師……別にしろ☆うさは塔子ちゃんの味方ではないし、医師さんや看護師さんを非難するつもりも毛頭ないです。小説なので、これ。

でもまぁ……ちょっと誰かの心の片隅で、「何か」を感じてもらえたらありがたいなぁ、という気持ちで書いています

理想と現実は違う。介護は綺麗事だけではない。

そういう事が言いたくて書いているわけですが、ストイック過ぎて、夢も希望もあったもんじゃないですよね……ハハハ……。

うん。いつか、アットホームな雰囲気の小説も書いてみたいですね。まっだまだ先の話になると思いますが

いつも訪問して下さる皆様、そして拍手やランキングを押して下さっている方、本当に感謝しています

これからもコツコツ、地味に頑張ります(笑)。

しろ☆うさでした~~(^O^)/



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