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vol.48 母の入院生活 4

その日、塔子はいつものように母の入院先へとオムツとパッドを持って自転車を飛ばした。娘の沙耶が登校し、息子の海斗を幼稚園へ送って行ったその後に。

転院先も無事に決まり、残るは後数日というところで、塔子はとある若い看護師に廊下で呼び止められた。
「田中さん、ちょっと」
「はい?」
田中さんと呼ばれると、今ではなんだか落ち着かない気がする。確かに7年ほど前までは自分は田中だったのだ。しかし子供達が小学校や幼稚園に入ると、確実に嫁ぎ先の姓を使う機会がぐっと増える。今では塔子は鈴木と呼ばれたり名乗ったりする方が自然になっていた。
「あれ、例の。転院。ちゃんと準備、してる?」
「あ、はい」
「タクシーも?」
「は? タクシーって?」
「だからぁ、介護タクシーよ。ちゃんと手配はしてるの?」
「……いえ」
はぁ~っ、と溜め息をついた後、その若い看護師は小馬鹿にしたような笑みを塔子に浮かべた。
「あのね。介護タクシー手配しないでどうするの。田中さん、半身不随でしょう? どうやって運ぶつもりだったの?」
「……すみません。そこまで気が回っていませんでした」
同じ歳くらいの若い看護師に馬鹿にされ、塔子は内心イライラしていた。
「で、どこに行って手配すればいいんでしょうか?」
今まで何度も何度も入退院を繰り返して来た母だが、本格的な介護が必要になったのは初めての事だ。わからない事の方が多い。悔しいが、恥を忍んで訊くしか道はなかった。当たり前の事だが、塔子の歳で介護をしている者など、一人もいやしないのだ。皆、実母に子守りをさせて、自由に働いたり遊んだりしている者ばかりなのだ。事実、目の前にいる看護師もそうなのだ。
「それはこちらではわかりませぇん。ご自身でお好きなところを探したらいいんじゃない?」
言葉を最後まで言うか言わないかで、看護師はスッとどこかへ行ってしまった。塔子は鈍器で頭を殴られたようなショックを受けた。

でも、仕方がない。塔子は追いかけて行って一言文句を言ってやりたい気持ちになったが、結局彼女の背を見送るだけで、行動には移さなかった。
何を言ったって無駄なのだ。だって、知らなかったのは事実だから。無知だった自分が馬鹿だったから。それにきっと、私の目は歪んだ捉え方をしているだろうから。元気な母を持ち、優しい旦那様を持ち、後ろめたさもなく子供を預けて働ける環境のあの人が羨ましいと、普通の暮らしを満喫している彼女が羨ましいと、いつもそういう目線であの人を、世の中を、人生を斜から見ている自分だから。

隠しても隠しきれない何かが、私のちょっとした視線から、仕草から、雰囲気から、滲み出ていたのかもしれない。「あなたは気楽でいいよね」と。

自己反省をしながら、塔子はオムツを抱えて母の病室へと向かった。最近、母はめっきり弱ってきて、まだ50代というのにまるで80や90の老人のような外観になった。寝たきりになると、老けこむのが早いというのは、本当の事らしい。なぜか耳も遠くなってしまい、耳元で大声で叫んだ言葉も、通じていない事がしばしばあった。

管を自分で抜いてしまわないようにミトンをつけ。
寝返りが打てないので、数時間置きに看護師に位置を換えてもらい。
耳が急に遠くなったので誰とも会話が噛み合わない。

母の人生って、何だったのだろう。眠っている母を起こさないように、そっとオムツなどの補充をしながら、塔子はぼんやりと思った。

家に帰って遅めの昼食を食べると、塔子は再び自転車に跨り、幼稚園へと向かった。家に着くと手洗いをさせ、お着替えを済ませると、おやつの準備をした。海斗はのんびり屋だから、おやつを食べるのも、のんびりだ。塔子は彼の部屋に入り、パソコンを立ち上げた。もう、転院まで日は迫っている。それまでになんとか自力で介護タクシーを見つけ出さねばならない。


※このおはなしは、「母の入院生活」シリーズの続きとなっております。

母の入院生活 1

母の入院生活 2

母の入院生活 3



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いつも最後まで読んでくださってありがとうございます

しろ☆うさです

暖かくなって来て、春だな~って感じですね

近所の公園のソメイヨシノはすでに五分咲き状態です(笑)。

今回のおはなしは、「母の入院生活」シリーズから。

書いていて思ったのですが、やはり、このシリーズ、めちゃ長くなる事、確定ですわ(笑)。

サラッと流すか、じっくり書くか。ちょっと考えながら1、2、と書き進めていたのですが、今回書いていてわかった! このシリーズ、やっぱり長くなるぞーって(笑)。

元々始めた時からこのシリーズは長編になると腹を括っていたのですが、めちゃ細かく書いていく方針もプラスしたので……かなりの長丁場になるかも……です。

そう。今までのシリーズでは飛ばして書いていたちょっとした些細な事も、全てじっくり丁寧に書いていこうと思いまして

ま、どの程度出来るかは謎ですが(笑)。

力量も伴ってないしねー(笑)。

まぁ……コツコツ頑張ろうと思っております

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感謝していますm(__)m

これからも「おはなし ひとしずく」、応援よろしくお願いします



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