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vol.35 引っ越し 3

塔子が真剣に出て行こうとしているのに気付くと、ようやく彼の重い腰は上がった。何かを取り決める時は、いつもそうだった。彼は、切羽詰まらないと、動こうとはしない。あわよくば、何事においても逃げ切れるものなら逃げ切りたいと思う性格だった。自分の手を汚すくらいなら、誰かに我慢を強いたり、人に擦り付けて苦労を掛けさせたりする方が得策だと思っていた。そして、普通ならば己の卑怯さに恥じる場面であったとしても、彼はいつもあっけらかんとして、自分の考えや行いに対して疑う事すらせず、むしろ自分は困っている人に手を差し伸べる事が出来る、立派な人格者であると認識していた。

彼が動く時。それは、相手側に限界が生じた時のみであった。その時になって初めて、彼は事態の悪化に気付き、自らも働きかけようとする。

しかも、それが行われる時、彼は高圧的で、恩着せがましい態度を常に取った。
「塔子が」引っ越ししたいと我儘を言うから、自分は動きたくないけれど、こうやって新居を探してやっている。
「塔子は」バカで恩知らずだから、オレの親の決めてくれたマンションを出ようとしている。
「塔子の」我慢が足りないから、引っ越しせざるを得ない羽目になった。

彼の頭の中では、意図的にか無意識なのかはわからないが、こういった図式が出来上がっていたのだろう。態度にも言葉にも、彼の体中の細胞から、そういった感情が滲み出ていた。かと思えば、「どこだって塔子の好きなところに決めたらいいよ」、と寛大さを不意に見せる時もあった。面倒臭い事になったと思いながらも、彼も心のどこかで新居探しを楽しんでいたのだ。

数か月の末、塔子は気に入った物件を見つけた。今住んでいるところから校区は違ってしまうが、さほど遠くはない上、値段も手頃だった。塔子は持ち家に拘っていたわけではないが、彼はどうせ引っ越すならいっそ家を購入してしまった方がよいという考えだった。そこは新築ながらも、こじんまりとしたかわいい家で、窓から見える眺めは素晴らしかった。子供達ははしゃぎまわり、全身で喜びを表した。塔子がそこを気に入った事を彼に話すと、彼はどうでもよさそうに、曖昧な態度を取った。
「オレは、どこだっていいんだよ。別に、引っ越したいわけじゃないんだから。どこに決めるかは、全部お前に任せるからな。お前が決めるんだ」
彼が物事を決断出来ない事を、塔子は知っていた。塔子は何度もそこを見に行き、やはり値段的にも、環境的にも、この家が一番良いように感じた。そして、そこを買う事に決めた。

契約の段になっても、彼は最後まで愚図った。何度も何度も畳み掛けるように、自分が決断したのではない事を、塔子に言い聞かせた。
それは、彼の鎧だった。そうやって、「自分が決めたのではない」事を塔子にわからせる事によって、もし万が一不都合が生じた時に「ほらな。だからここは嫌だったんだ」と責任を転嫁するための、伏線を張っていたのだ。その態度は、まるでいつもドアのノブに手を掛けて、いつでも自分一人だけがサッと逃げ出せる準備をしているように、塔子には映った。

構いはしない。今までだって、彼に守ってもらった事は一度もなかったのだし、そもそも彼に対してそんな期待もしていない。それに、場所が変われば彼の気分も変わる事だってあるかもしれない。
契約も無事に済み、そこは晴れて彼と塔子の持ち家となった。

引っ越しの準備は、全て塔子に任された。塔子は日にちを掛けて、少しずつ荷造りをしていった。段ボールを開け、新聞紙などで包んだ荷物を詰め、梱包していく。それは、新しい門出に向けて、まるで負担にはならない、むしろ喜ばしい労働であった。ここから、新しい生活が始まるのだ。薄暗い洞窟から、美しい光射す外界へと、一歩一歩前進していくような気分だった。何もかもが、これから上手く行く。塔子はそんな気持ちに満たされた。


※このおはなしは、vol.29 「引っ越し 1」、vol.32 「引っ越し 2」の続きとなっております。

引っ越し1

引っ越し2



↑いつもありがとうございます

いつも最後までお読み下さって、ありがとうございます

しろ☆うさです

今日はクリスマス・イヴですね~

こんな聖なる!?日に、微妙に暗い小説をアップしてしまって申し訳ないです(笑)

あ、でも、今回はちょっと救いがある終わり方を心がけましたよー。

このおはなし、まだ続きます……。

という事は、どんでん返しも……あるかも……ですが

もう、ざっくり言ってしまうと、あるんですけど(笑)、取り敢えず、今回は未来に繋がるような終わり方にしたいな~って思って、こうなりました

いつも訪問して下さる方、ブログランキングや拍手を押して下さっている方、本当にありがとうございますm(__)m

皆様にとって、よいクリスマスになりますように……



↑いつもありがとうございます
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