FC2ブログ
<< vol.34 母の思い出 3 :: main :: vol.32 引っ越し 2 >>

vol.33 根なし草 2

とにかく悲しみに浸るより先に、塔子にはすべき事があった。早急に母の行き先を見つけなければならない。何度も何度も転院先を見つけてきた塔子だったが、これが最後の努めになるのだ。

悲しみ。そもそも塔子は悲しんでいるのだろうか? 何年も続いた辛い介護生活に、自分はほとほと嫌気がさしていたのではなかろうか。害にはなっても当てにはならない彼と暮らしながら、幼い子供達を育て、ただの一度も塔子の助けにはならなかった母が、最期を迎えるのだ。そこに、悲しみはあるのだろうか?

何度、悔しい涙を流しただろう。なぜ、うちの母は、他の人達とは違うのか? なぜ、私だけ働いて得た物全てを母に捧げなければならなかったのだろう? なぜ、うちの母だけ入退院を繰り返すのだろう? なぜ、私だけ帰る実家がないのだろう? 友達やママ友は皆、孫の子守りを実家に手伝ってもらっているのに、なぜ私だけがたくさんの事柄を抱え込んで、いつもいつも一人で踏ん張らなければならないのだろう?

悲しみにはいつも、後悔の味が付きまとう。塔子には、後悔はなかった。全力で立ち向かったのだ。どの病院へ行っても、この歳で介護をしている者には会わなかった。寝たきりの母は、ベテランの看護師よりも、若かった。同じ病室の入院患者の中では、20も30も若かった。たまたま時間が重なった隣りの見舞い客に、「あなたのお母さんなの? 私よりもお若いのにね」と言われた事もあった。その人も母親を入院させていたが、その人は塔子より40歳近く年上だった。塔子の寝たきりの母よりも遥かに年上だったが、元気で溌剌としていて、90歳を越えた母親の面倒を看ていた。

塔子一人だけ、次元が違ったのだ。介護は、あまりにも早く来すぎてしまった。次から次へと、難題が襲い掛かった。自分一人では対処しきれない事が何度もあった。でも、どうにか全力でくぐり抜けて来たのだ。
それは、母への愛情であったか? きっと、違う。ただ、目の前に問題が山積みになっており、それを処理する者が自分一人しかいなかったからだろう。
そして、何年も続いた介護中、ずっと塔子は自分自身を責め続けた。保育時間を過ぎてから子供のお迎えに幼稚園へ飛び込む自分を。最初は笑っていた教諭達も、やがて冷たい視線へと変わって来る。父の日や母の日に何を贈るかと相談し合っているママ友同士の会話に、ずっと無言で笑顔を浮かべていなければならない、自分を。買い物に出かけると、自分の母親に自分の子供を抱っこさせて、自由な両手で楽しそうに品物を選んでいる、同じくらいの年齢の人を見る度、心が粉々に砕け、そしてその心温まる美しい光景を羨む自分を、また責めた。
そういったあれこれを、くぐり抜けて来たのだ。

塔子はインターネットで、母の行き先を探し始めた。どこのお墓にも入れないのならば、自分でなんとか探すしかない。今まではワーカーや医師や看護師やらが指し示す提案を受け入れたり、選び取ったりという形であったが、次の行き先は、塔子が自分で全責任を負うのだ。

何度か検索していくうちに、これだ、と確信の持てる場所を見つけた。供養のために寺が併設されているが、宗派を問わず誰でも入る事が出来る。出来たばかりの墓地で美しい。見学は随時受け付けており、生前契約も可能だ。
これだ。ここしかない。塔子は記載されている電話番号に連絡を取った。


↓このおはなしは、vol.30 根なし草1(11/27)の続きとなっております。

根なし草1



↑ありがとうございます

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

しろ☆うさです

今回も、暗い内容ですみません 

でも、まぁ、いずれ、誰でも辿る道だと思うので、ご了承下さいm(__)m

本編があまりにも暗いので、せめてこの追記では明るい話題を……

先日、しろ☆うさ、誕生日を迎えました

イエーイ

友達からプレゼント頂いたり、お祝いメール貰ったり、とっても幸せな一日でした


いつもこのサイトに来て頂いている方、ランキングや拍手を押して下さっている方、本当に感謝しています

とても励みになってるんですよ

これからも、おはなし「ひとしずく」、どうぞよろしくお願いします



↑いつもありがとうございます
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿












トラックバック

この記事のトラックバックURL:

 |   |