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vol.31 真夜中に走る自転車 3


母に、ちょっと電話を掛けてくるから待っててね、と言い、塔子は病院の外へ出た。携帯を取り出して、彼に電話をする。家の電話に掛けると子供達が眠っているかもしれないので、彼の携帯に掛ける事にする。
数度の呼び出し音の末、「はい」と彼のぶっきらぼうな声が聞こえた。
「ごめんね。寝てた?」
「……うん」
「子供達の様子はどう?」
「……大丈夫。二人とも寝てる」
「あのね、言いにくいんだけどね、その……うちのお母さん、もう一人暮らしは無理なんじゃないかと思うの。電話で言う話じゃないとは思うけど」
「……うん。……で?」
「今まだ検査の結果が出てなくて、入院になるのか家に帰されるのか、なんとも言えないんだけど、もし家に帰っていいってなった時、もう一人暮らしは無理なんじゃないかと思って。だから、もし、あなたがよければ、うちに連れて帰りたいんだけど」
「……うん」
「その……一日や二日の話じゃなくて、うちでこれから引き取りたいって話なんだけど」
「……あぁ」
「いいの?」
「……いいも何も。それしかないんだろ?仕方ないじゃん」
「うん……ありがとう」
礼を言い終えるか言い終えないかのタイミングで、プツッと電話が切れた。
彼のあからさまな態度に、塔子は肩をすくめた。そしてゆっくりと母の待つ病室へと歩を進めた。

わかるよ。私だって、嫌だもの。
これから先、どうしよう。どうすればいいの? 自分が彼と母との板挟みになる事は、たやすく想像出来る。
それに、まだ小さい子供達だっているのだ。

病室に戻ると、母は何事もなかったかのように、楽しそうに会話を続ける。その話はやがて途切れ、母は完全に眠ってしまった。しばらくすると、診断の結果が出たようで、塔子は看護師の背中の後に続き、部屋を出て診察室へと入って行った。
「脳梗塞ですね」
若い男の医師は、気忙しく回転椅子を左右に揺らしながらそう言った。
「今は意識を取り戻して、普通に会話も出来ておられるようですが、いつ、事態が急変するか、わからない状態です」
「はい」
「左半身が不随になっています。もし、回復に向かったとしても、おそらく後遺症が残るかと思いますので、今まで通りの生活は送れないかと」
「はい」
「病態の急変が考えられるので、覚悟もなさっておいて下さい」
「はい」
「今日はこのまま救急病棟に入院してもらいます。ベッドの準備が整ったら看護師が呼びに行きますので、しばらくお母様とお待ちください」
「わかりました。ありがとうございました」
塔子は頭を下げ、診察室を後にした。母の元へと戻ると、母は目を覚ましていて、気難しい顔で辺りを伺っている。
「お母さん、起きたの?」
塔子の呼びかけに、母はハッと我に返ったような表情になった。「塔子?」
「そう」
「起きたら、あなた、いないから。夢見てたのかと思っちゃったわ」
「先生に呼ばれていたのよ。お母さん、今日からしばらくここに入院だって」
「そうなの」
「そうみたいよ。つい何カ月か前に、ここを退院したばかりなのにね」
「そうだったっけ?」
「忘れちゃったのー? お母さん、私に黙って内緒で入院しちゃって、私、あの新人の女医の先生に怒られたじゃない」
「覚えてないわよ。一々、そんな事」
母の声はもぐもぐとしていて聞き取りにくかったが、意識はハッキリとしていた。会話も成り立つ。半身不随。急変。覚悟。塔子の頭の中を、先程の医師の言葉が駆け巡った。とても、そんな風には見えなかった。顔色は相変わらず悪かったが、まだ50代なのだ。覚悟って、何? 母は50代で死んでしまうというの?

「田中さん。ベッドの用意が出来ました」
塔子の肩越しに、声がした。振り返ると、女性の看護師が二人、立っていた。
「はい」
「ベッド、移しますねー」
看護師達は、いち、に、の、さん!で母をストレッチャーに移し替えた。そして、二人は器用に回転を繰り返し、廊下を曲がり、エレベータに乗り、目的の階に着くと、またもやいくつかの廊下を曲がった。
病室に着くと、若い方の看護師はいなくなり、中年の看護師と塔子と母だけになった。4人部屋で、残りの3つのベッドも全て埋まっていた。夜なので皆眠っているのだろう。病室は静かだった。看護師はカーテンを閉めて仕切りを作ると、小さなライトを灯し、簡易のテーブルの上に書類の束を広げた。
「では、これから入院の説明をさせてもらいますね。まず、こちらですが……」
「あの、違う病棟ですが、つい数カ月前にこちらにお世話になったばかりですので、入院の準備はわかります」
「そうなの?でも、規則だから、ざっと簡単に説明させてもらうわね」
持ち物の準備。入院患者の私物の持ち込みの制限。保険証と印鑑。どれも知っている事だったが、塔子はふらふらする頭を必死に持ちこたえ、はい、はい、と頷き、おとなしく聞いた。チラッと腕時計に目をやると、すでに時刻は深夜の1時だった。塔子は看護師が指し示す箇所にサイン、またサインを繰り返していった。
「では、パジャマはレンタルという事で。これが料金表ね。こちらにもサインして」
「はい」
「オムツは持ち込みですから。ご自分で用意して、なくなる前に補充しておいてね。でも大量の持ち込みはダメよ。私物スペースは限られているからね」
「わかりました」
「それと、オムツの中に入れるパッドも、必ず準備しておいてね」
「……パッド?」
「そう。吸水性のある使い捨ての当て布のような物。看護師の負担を減らすために、オムツの中にパッドを入れさせてもらっているの。ドラッグストアに行けば、介護用オムツ売り場に必ずあるから。その補充も忘れずにね」
「わかりました」
そうか。介護用のオムツでも、そういうパッドがあるのだな、と塔子は思った。子供用のオムツパッドなら、つい最近まで使っていた。海斗が幼稚園に入園して、やっとオムツやパッドの補充からお役御免になったばかりだというのに、今度は大人用のオムツやパッドの手配をしなくてはならないのか。
「それから……」
看護師は新たな書類を塔子の前に差し出した。
「これは、大切な事だから、よく理解してサインをもらいたいんだけど……」
受け取った書面には、細かい字が並んでいた。疲れと眠気が押し寄せる塔子の目の中に、「身体拘束」の文字が飛び込んできた。


※このおはなしは、vol.20 「真夜中に走る自転車 1」(10/20投稿)、vol.27 「真夜中に走る自転車 2」(11/15投稿)の続きとなっております。

真夜中に走る自転車1

真夜中に走る自転車2



↑いつもありがとうございます

しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

「真夜中に走る自転車」、気付けばもう3になってしまいました

でもまだ続くのですよ……(笑)

おそらく、次で終わるかと思います。

「真夜中に走る自転車」の1、2はこちらからどうぞ↓

真夜中に走る自転車1

真夜中に走る自転車2

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これからも、おはなし「ひとしずく」、どうぞよろしくお願いいたします



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