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vol.30 根なし草 1

最近、毎日のように病院から電話がかかってくる。母がもう長くはないからだ。
その病院は、転院を繰り返して三つ目に入った病院だ。腎臓の数値が悪いため、何度も何度も面談を繰り返しては落ちて、やっとどうにか潜り込んだ病院だ。

老健や特養に入所するにはまだあまりにも若すぎる母は、要介護5の状態だった。脳梗塞で倒れて以来、左半身が不随となり、リハビリ病院にも入れたが、改善する事はなかった。まだ子供達が幼いため、子供二人に半身不随の母、計三人を同時に自宅で看るのは困難な状態であると判断され、塔子は母を受け入れてくれる病院を探す日々を送った。年若く、けれども状態の悪い母を受け入れてくれる病院はそうそうなかった。介護人の面談は通っても、その後に待ち構える本人面談で落とされたり、病院で作成された書類を一目見るなり、症状があまりに悪いのでうちでは無理だと匙を投げられたりした。落ちれば次の病院を探し、アポ取りをし、本人面談用の介護タクシーの手配をし、幼稚園の延長保育の手続きをし、また落ちれば同じ事を延々と繰り返した。
そうして、どうにか入った病院であった。

そこは、ひっそりとした山奥にあった。塔子が住むところから片道二時間ほどもかかる場所で、隣りの県にあった。大きな病院で、老健やデイサービスの施設も併設されている。
一階は診察室やリハビリ室、それにレントゲン室や受付などで、二階は比較的症状が軽い病人が入院していた。三階は認知症専用病棟で、出入りの際は必ずドアを閉めるようにと案内板が掛かっていた。そして四階、五階は母のような要介護5の人達でベッドは埋めつくされていた。

とても寒い冬のある日、手配した介護タクシーに母を乗せ、片道二時間かけて、そこへ転院した。
そして、母はそこで年月を費やし、やがてそこが母の終の棲家となった。

「もうそろそろかもしれない」
病院からの電話が頻繁に鳴るようになった。
「なるべく毎日顔を見せてあげて」
「今度はいつ頃、来れそうですか?」
数人の看護師が順番に、塔子に電話をかけて来る。電話をくれる看護師全ての要望を叶える事は無理だったが、塔子はどうにか子供達に迷惑をかけない程度に時間を見つけて、母に会いに行った。

入院当時小学1年生だった沙耶は3年生になり、幼稚園に通っていた海斗は1年生になった。なるべく留守番をさせないように、二人が学校へ向かうと同時に自分も出発し、一時間程度の短い訪問を済ませると、帰路を急いだ。往復、四時間もかかれば、低学年の二人が家に帰って来るギリギリの時間になってしまう事もしばしばだった。目まぐるしい日々の中、塔子は悲しみよりも現実的な問題に行き当たった。つまり、母の死後の事だ。

母は生前離婚していた。当時まだ学生だった塔子と弟は、名字が母の旧姓に戻る事を二人してひどく拒んだ。特に塔子は、残りたった数カ月で卒業、そして就職するのに、今更名字が変わる事実にどうしても納得がいかなかった。友達やクラスの仲間達に、どう言って説明していいのかわからなかったし、まだ思春期真っ只中のため、周りの視線も気になった。あまりに強く塔子が名字を変えたくないと言うので、母は出て行った父の姓を離婚後もそのまま使えるように、婚氏続称制度を取った。もちろん、塔子も同席した。その要望はすんなりと認められ、塔子と母は拍子抜けしながら帰宅したのを覚えている。そして父の姓をそのまま使い、そこにはなんの支障もなかった。やがて塔子は結婚し、新しい姓を名乗るようになった。

しかし、今、そのツケが回って来たのだ、と塔子は思った。自分の我儘で母を旧姓に戻させなかったがために、母は死んでも行くところがないのだ。
離婚をしているため、父の方の墓に入る事は絶対に出来ない。そして、母方の墓には名字が違うため、すんなりと入る事は出来ない。
母をそこに入れるには、母の兄である伯父の確認が必要になるが、母と伯父は特に親密だったわけではない。墓は伯父が管理しているが、伯父は東京にいて、墓もそこにある。塔子の住むところから、飛行機や新幹線で二、三時間はかかる。そして、母と伯父は何十年も親交はない。

父と母が離婚したのは、自分のせいではない。しかし、離婚後の姓に関しては、塔子にも負い目があった。自分が母を根なし草にしてしまったのだ。
そして、母はあの世へと旅立とうとしている。



↑ありがとうございます

いつもお読み下さり、ありがとうございます しろ☆うさです

このおはなしは、主に母子問題や夫婦問題について書かせて頂いているのですが、実はこのおはなしを始めた当初からずっと、いずれは「介護」に関しても書いていこう……と考えておりまして。

今回は、その一回目、という事になります。

「介護」と一言で申しましても、人それぞれにその有り様は違いますよね。

私が書いていこうと思っているのは、「小さい子供の子育てと親の介護が同時期に重なってやって来た」という、類まれな?状態にある「若々介護」について、です。

老々介護は充分に周知されているかと思いますが、若者が若者を介護するという若々介護に関しては、あまり認知度がないなぁってずっと思っておりまして。

少数ながらも、現実にそういう人がいるんだよ、の意味合いを込めて、これからも時々書いていこうと思っています
 
おはなし「ひとしずく」は、塔子という一人の女性の人生について書いているのですが、物語を順序通りには書いていません。

あるおはなしでは塔子は独身であったり、またあるおはなしでは結婚していたり……と、毎回時代が違います。

そういう書き方にしたのに特に深い意味はないのですが(笑)、これからもこのスタンスでいこうと思っています

これからも時々更新していきますので、よろしくお願いいたしますm(__)m



↑いつもありがとうございます

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