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vol.28 母の思い出 2

一人暮らしを決めたのは、塔子自身だった。

弟が婚約をして、半年後には家を出て行くと決まった時、塔子はすぐに不動産屋へと向かった。そして自宅からさほど遠くはない賃貸のマンションを契約した。まだ建って年数の浅いマンションで、レディース専用のオートロック式を選んだ。1Kで中はとても狭かったが、塔子一人が住む分には充分であった。塔子は弟が結婚して出て行くよりも先に、そこへ引っ越しした。母は、逃げるように慌てて引っ越した塔子を笑った。
「私と二人きりになりたくないんでしょ」
それは的を得た発言だった。確かに塔子は母と二人で暮らすのは無理だと思ったのだ。母は精神的にも金銭面でも完全に塔子に依存しきっていた。付き合っていた人と別れてからというもの、その傾向は段々ひどくなっていた。それらの煩わしさから逃げるため、塔子は家を出たのだ。

元々、幼い頃を除いては、母とべったり一緒に暮らした記憶はない。15か16の頃に父が単身赴任で家を出て行ってから、母は自宅と赴任先を行ったり来たりの生活を送っていた。その後、父とは別れたが、すぐに新しい恋人が出来て、母はまたもや自宅と相手の家を行ったり来たりするようになった。結局、その人とも別れて、急に毎日母が家にいるという状態になったわけだが、それは塔子にとって慣れない、息の詰まる生活であった。母が嫌いなわけではない。ただ、毎日家に帰るといつもいつも母がいるという、その状況がなんだか落ち着かなかった。それでも、弟がいれば、母の依存の半分は請け負ってもらえた。塔子には、母の依存心を100%満たす心構えを持ち合わせていなかった上、そこまでしてやる必要はないとも思っていた。成人したとはいえ、自分はまだ20代なのだ。これまで、一家の大黒柱という立場を守り続け、母を献身的に助けて来たのだから、これから先ちょっとくらいは自分だけの時間、自分だけの生活、自分だけのお金を持ったっていいじゃないか。塔子は決心した。そして、家を出たのだ。

家を出て、一週間くらい後、母は急に塔子のマンションを訪ねて来た。仕事が終わり、マンションに帰ると、表に母が立っていたのだ。塔子の選んだマンションはオートロックだったので、鍵を持たない母はマンションのロビーにすら入る事も出来ず、寒空の下で立ち尽くしていた。塔子はロックを外し、母を中に入れた。そして自分の部屋へ連れて行った。
「ちゃんと生活しているかなって思って」
部屋の中をキョロキョロと見渡しながら、母はそう呟いた。
「大丈夫よ。心配しなくても。ちゃんとやってるから」
塔子は母にハンガーを渡したが、母はコートを脱ごうとはしなかった。座布団がないのでクッションを渡したが、そこに座ろうともしなかった。
「晩ご飯、まだなら、私何か作るけど」
取り敢えずお茶を沸かしながら塔子がそう呼びかけると、母は立ったまま、いらない、と答えた。
「どうせ、私の分、今から作るんだし。一人分も二人分も同じだから」
「いいの。それより、今、手持ち、ない?」
「は?」
「だから、一万でもいいから、貸してくれない?」
塔子は思わず湯呑みを落としそうになった。そうか。寒空の下、塔子の帰りを待ちわびていたのは、娘の初めての一人暮らしを案じてではなく、単に無心のためだったのだ。私のためではなく、自分のために、母は塔子の帰りを待ちわびていたのだ。塔子は怒りで体が震えるのを感じた。しかし、ここでないからと断ったところで、自分はそれでいいが、母は一体どうするつもりなのだろう? 自分が無理だと断れば、この話がそっくりそのまま弟へ回ってしまう事は、目にも明らかだった。それだけは、避けたかった。塔子は鞄から財布を取り出し、母に一万円札を渡した。母はそれをサッと奪い取り、自分の財布へと収めた。
「本当は、もっといるんだけどね。まぁ、あなたも一人暮らしを始めたばかりだし、なにかと要るでしょ」

怒りで震える塔子の体は、やがて無感覚になっていた。母が笑顔を向けて何かを喋っているが、内容がよくわからない。
私は、この人から逃げ出したつもりなのに、それでも逃げ切る事は出来ないのだ。
私は、この人に尽くさなければ、この人の笑顔を見る事も出来ないのだ。
ただ、そういった感情が、胸の奥に何度も何度も押し寄せた。泣き出したいのを堪えるのに、必死だった。あれだけ尽くしたのに。こういった関係性を断ち切るために自分は動いたのに、全ては無駄だったのだ。

頑張らなければ、愛してもらえない。気にもとめてもらえない。
そのままの自分では、なんの価値もない。
我儘を言うことは許されない。いつも自分は逆に母の要求を受け止めなければならない。
どこへ逃げたって同じ。同じ事の、繰り返し。
ただ、期待に応えるだけ。応えないと、母が泣く。
父と別れた不運を、恋人と別れた不運を、母が嘆く度に、耳を塞ぎたくなる。
まるで、自分が責められているような気分になってくる。
母の体が弱いのも、塔子のせい。弟が結婚して遠くへ行ってしまうのも、塔子のせい。
全部、悪いのは塔子。塔子。塔子。

頑張らなければ、愛してもらえない。必要とはされない。
頭ではそうわかっていても、塔子はまだ、淡い期待をしていた。
いつか母が、本当に心の底から、自分を心配してくれるかも。
いつか母が、塔子の背負った重い荷物を下ろしてくれるかもしれないと。
いつか母が、なんの役にも立たない自分を、丸ごと愛してくれるかもしれないと。



↑いつもありがとうございます



いつも最後まで読んで下さってありがとうございます しろ☆うさです

今日も、暗い内容のおはなしで、すみませんm(__)m

いつもいつも、すみません(笑)

この追記を書く度に、自分がなぜこんな小説を書いているのか、何を訴えようとしているのか、全部答えとか本音とか書いちゃおうかなーってちょっと迷う時があるのですが、それじゃ、本末転倒になるな~っと思い直して、我慢している状況です(笑)。

なので、これからもコツコツと、地道に作業していきますね

いつか誰かにこの想いが伝わったらいいな。と思っているしろ☆うさでした

拍手やブログランキングを押して下さっている方、いつもありがとうございます
とっても励みになっています

これからも、おはなし「ひとしずく」、どうぞよろしくお願いします



↑いつもありがとうございます
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