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vol.26 二人の外出

結婚したばかりの頃、彼は突然車を買い替えると言い出した。
今まで彼が乗っていた車は、いわゆる若者が乗る車体が低いタイプだったので、彼はファミリータイプに変更したいと言い出したのだ。塔子に異存はなかった。そもそも自分の持ち物ではないのだ。彼が自分で買う物に、反対する理由などどこにもない。

休日になると、彼は塔子を連れて色んなお店を見て回った。彼は会社を辞めてしまったばかりで収入がなく、当然選ぶ車は機能よりも価格を重視した。塔子の勤める会社は土日が休みだったので、週末はほぼ彼の車選びに時間を潰される形となったが、彼女はそれに対して何も意見を言わなかった。塔子を連れて行くのが当たり前だと信じ切っている彼に、一体何が言えよう? 自分にも休日には予定があるとは、とても言える雰囲気ではなかった。それで塔子はいつも黙って彼に付いて行った。考え方を変えてみたら、彼は彼なりの優しさで、自分を連れて行くのかもしれない、とも思った。助手席には、当然塔子も乗る事になるのだから、塔子の気に入る車を選びたいと思っているのかもしれない。塔子は前向きに捉える事にした。

幾度かの週末が車選びに費やされ、やがて彼は車を購入した。結局、彼は一度も塔子に意見を求める事はなかった。彼は自分で選び、自分で購入した。それでいいのだ。塔子が彼にプレゼントしたわけではないのだから、彼が塔子に意見を一度も訊かなかったとしても、それはなんら間違ってはいない。塔子にはなんの不服もなかった。

新しい車が嬉しいのか、彼は塔子をドライブに誘った。塔子も喜んで彼の隣りに乗り込んだ。それは真新しく、何もかもが新鮮に映った。新車の心地良い匂いに包まれ、二人は走り出した。彼は軽快に車を飛ばす。目前に迫る建物の群れが、あっと言う間に二人の背後へ飛び去る。彼は笑顔を前方に向けたまま、運転を楽しんでいる。塔子もそんな彼の横顔を見て、嬉しい気持ちで新車のシートにもたれていた。

それは、いつ始まったのか、今でも思い出せない。気が付けば、すでにそれは始まっていたのだ。彼の口は歪み、下唇が完全に前に突き出ていた。彼は何か気に入らない事があると、いつも下唇を突き出す癖があった。彼は大きな溜め息をついた。
「あーあ。なんで、オレが、こんな車に乗らなくちゃいけないんだよ」
「えっ?」
彼は突然車内をザッと見渡し、ダッシュボードをコンコン、コンコン、と何度も叩いた。
「こんな、安っぽい車にさ、なんでオレが乗らなくちゃいけないわけ?」
彼は大きな溜め息を付いて、肩を落とした。
「……結婚したからかなぁ。あーあ」
なんでオレが、このオレが、ファミリーカーに乗らなくちゃいけないんだよ。彼はその後も独り言を装って、何度も何度もその言葉を口にした。塔子は耳を疑った。彼の真意を訝しんだ。

自分で、決めた事じゃなかったの? 私がいつ、車をファミリータイプの物に買い換えて欲しいと言った? 自分で選んで自分で買った物が気に入らないからって、なぜ私に責任を擦り付けるの?
塔子は何度も、その言葉を口にしようか、迷った。言ったところで、彼の機嫌がますます悪くなるだけだという事は、目にも明らかだった。塔子は黙って前を向いていた。無理矢理飲み込んだ言葉の数々が、喉を絞め付け、ヒリヒリと痛んだ。

車はやがて、一軒の携帯ショップの前で停まった。
「行くぞ」
「何? 何か買うの?」
「いや、結婚したからさ、家族プランに変更した方が得だぞって、友達に言われたんだよね」
彼は車からさっさと降りて、ショップに入って行った。塔子は仕方なく後を追った。確かに、家族でまとめた方がお得なのかもしれない。結婚したばかりで何も考えていなかったが、自分達は無駄な浪費をしていたのかもしれない。塔子はショップの中へと足を踏み入れた。

番号札を取って、しばらく待った。休日の携帯ショップは、いつもどこも混んでいるものだ。待つのが嫌いな彼は、落ち着かない子供のように、うろうろと店内を歩き回った。番号が呼ばれ、塔子と彼は店員の前に腰を下ろした。
「結婚したので、家族でまとめると安くなるって聞いたものですから」
彼が口を切った。
塔子は段々、胸騒ぎがしてきた。この人は、どこまで仕組みを理解して喋っているのだろう? もしかして、全く何もわからないまま、自分をここへ連れて来たのではないだろうか? 常識で考えればわかる事を、この人は全くわかっていないのかもしれない……。

「……って事は、嫁の分も、オレが支払う事になるってわけ?」
彼は眉間に皺を寄せ、さも不愉快そうな態度を顕わにした。
「そうですね。これまでですと、主回線が二つでお使いになられていたわけですから、家族割引にするならば、ご主人様が主回線、奥様が副回線となって、お支払いが一本になるという事ですね。もちろん、今までよりお安くなりますよ」
「なんで、オレがコイツの分も払わなきゃいけないわけ? そんな事したら、今までより、高くなるじゃん」
彼は椅子を引いた。「帰るぞ」
スタスタと歩き始めた彼の背中を、塔子は茫然と見つめた。そして、目の前に座っている若い女の店員と、目が合った。店員は、気まずそうな表情を浮かべて塔子を見ていた。塔子は自分の顔が真っ赤になるのを、押さえる事が出来なかった。軽く頭を下げ、塔子は逃げるように店から飛び出した。

私が家族割にしてくれと言い出したのではないのに。携帯代を払って欲しいなんて、一度だって口にした事はないし、思った事すら、ないのに。なぜ、かかなくてもいい恥を、人前でかかされなくてはいけないの? なぜ、何も知らない無知な自分を恥じずに、逆に人に八つ当たりする事が出来るの? 

涙が後から後から流れた。それは、彼と出会ってから初めて知った、新しい感情から沸き起こる涙だった。
情けない……。人は、情けなくて泣く事があるのだ。そんな事、塔子は彼と出会うまで、知らなかった。
彼に出会って、塔子はその感情を、身をもって体感する事になったのだ。



↑いつもありがとうございます

いつも読んで下さってありがとうございます。しろ☆うさです

今日も、後味悪い?おはなしで、すみません(>_<)

これからも、きっとこんな感じのおはなしが続くと思います(笑)。

読んでいて不快になられたら、ごめんなさいm(__)m

↑もう、先に謝っておきますね(笑)。


「彼」に変化は訪れるのか!?
「塔子」は逃げるのか、反撃に出るのか!?
乞うご期待!?です

いつも拍手やブログランキングを押して下さっている方、ありがとうございますm(__)m
とても励みになっています

これからもおはなし「ひとしずく」、どうぞよろしくお願いいたします



↑いつもありがとうございます
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