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vol.25 母の思い出 1

父と別れた直後からか、または別れる前からなのか、母には付き合っている人がいた。
その事実に気付いた時、塔子は大人になった。ちょうど二十歳になったのだった。

母は40歳を少し越えた年齢だった。まだまだ、人生をやり直せる時期だ。頭ではそう理解出来たが、塔子は複雑な心中に陥ってしまった。理解は、出来る。納得も、した。しかし、割り切れない思いが、確実に胸の奥深くで芽生えていた。その新しい感情は、じわじわと塔子を蝕んだ。母に対する不信感は、無意識下に潜んでいた絶対的聖域の崩壊だった。
実際、塔子はそれをおくびにも出さずに平然と過ごした。普通に毎日をやり過ごし、母とそれまで接してきた態度を崩さなかった。
だが、その感情は、まるで誰かが誤ってまっさらな半紙に墨汁をひとしずく垂らしてしまったような、どうしても目を逸らす事が出来ないあの状態であった。理解と受容は、まるで異なる。淡々とした日常を送りながらも、塔子は二つの異物を持て余し、一人揺さぶられ続けていた。

母は仕事をしたかと思えば、すぐに体を壊して辞めざるを得ない状況を繰り返した。付き合っている人の存在は、そんな母の不安定な状態を、精神的に支える糧となっていたのだろう。週末になると、母はその人の元へと出掛けていった。そのまましばらく帰って来ない日々もあった。それで、いいのだ。自分はもう成人しているのだし、弟は弟の人生を生きている。父がいた頃、父はよく自分の苛立ちを、母に向けた。そしてそれを受け取った母は、今度は塔子へと引き渡していた。根っこの部分がいなくなった時点で、それら負のスパイラルはうまい具合に消滅していた。母の恋人の登場は、決して悪くはない兆候だったのだ。

二人は、結婚を前提に付き合いを続けた。母とその人は時折喧嘩もしたが、大抵はうまくいっているようだった。そんな付き合いが何年続いただろう。二年、いや、三年だったか。ある日、二人は別れを決断した。再婚まで、あともう少し、触れれば手が届くところまで来た時点での、破局だった。
「あの人と、別れた」
母はどんよりと暗い顔をして、塔子にボソッと呟いた。
「えっ? どうして?」
「別れるように、言われたのよ。あの人が、あの人のご両親に。70歳くらいの、両親に」
「えっ? 意味がわかんない」
「だから、向こうの親が、あの人に言ったのよ。あれは止めておいた方がいいぞって。うちの財産を狙っているだけだからって」
「なに、それ。失礼な話」
「まぁ、そう思われても仕方ないわね。裕福な人だったから。私達と違って」
「でも、うちだって……」
塔子はそう言いかけて、止めた。父はもう、いないのだ。稼ぎ手は、今はもう、塔子一人になってしまったのだから。
「本音言うとね、そういう邪な気持ちも、ちょっとあったのよ」
母はくすっと笑った。
「半分くらいは、そうだったのかも。よく見抜いているわよ」
「でも、その人は? 親に反対されて、はい、そうですかって納得したの? いい歳した大人なのに?」
「そうなんじゃない? それから別れを切り出されたんだもの。あの人も、そう思ったんじゃないの」

それからしばらくは、母は心のどこかでその人を待っていたような気がする。三日経ち、一週間が経ち、やがて一か月、二ヶ月、三か月が経った。電話が鳴るのを待っていた母は、やがてその恋が過ぎ去ってしまい、二度とは帰って来ない事を、悟ったようだった。

それから後も、母は時々働いては、体を壊して仕事を辞めたりした。弟の結婚が決まった頃、塔子は自宅から歩いて15分ほど離れた場所で、一人暮らしを始めた。やがて弟は他県へ引っ越して居を構えた。
そうして、母の一人暮らしが始まった。脳梗塞で倒れるまで、母は一人で暮らした。
そんな母は、もうこの世にいない。



↑ありがとうございます

しろ☆うさです

いつもお読み下さり、ありがとうございます

なんだか今回のおはなしは、しんみりした内容になってしまいました

この物語の核となる「母の死」ですが、まだまだ明かさない方がいいのか、ある程度は先に情報を明かした方がいいのか、ちょっと悩みました……が、わかっていた方がこの先の話が読みやすいかなぁと考えて、ラスト一文を入れた次第です

そんな「母の思い出 1」、いかがだったでしょうか? 

これからも、2、3……と時々書いていくと思います。

まだまだ続くおはなし「ひとしずく」、これからもどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m



↑ありがとうございます
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