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vol.24 捨てられた物

「かつ丼が食べたいな」
新婚当初、彼が塔子にそう言った。晩御飯を食べ終わった、すぐ後の事だった。
今日のメニューが気に入らなかったのかな? と塔子は皿を下げながら思った。キッチンで皿を洗いながら、明日の仕事の事を考えた。
あの書類を片付けて、保留になったままのあの発注がどうなったのか先方に電話で確認して、あれとあれは終わったから入力して、企画にポジの依頼を回して……。
うん。いける。明日は急ぎの用件が舞い込まない限り、おそらく定時には帰れるだろう。
すすぎ終わった皿やコップをふきんで拭きながら、塔子は一人、頷いた。

翌日は、塔子の思惑通り、定時に仕事を終える事が出来た。水曜、木曜は繁盛期にかからない限り、そんなに忙しいわけではない。6時にタイムカードを押して、お先に失礼します、と同じ部署の人達に声を掛け、塔子は足早に会社を後にした。
「あら。今日はどうしたの? いやに早く帰るじゃない?」
ボスと影で呼ばれている、女の係長からチクリと嫌味が飛ぶ。塔子は振り返って笑った。
「はい。ちょっと用事があって」
「そう。この入力、お願いしようと思っていたのよ」
係長は書類の束をバサバサと振った。
「あ、わかりました……」
塔子は席に戻り、机に置かれた書類の束を確認した。納期は、今週末になっている。
「係長。これ、明日でもよろしいですか? 納期が週末までになっているのですが」
「それはそうだけど。明日と明後日で、それ全部出来るの?」
「はい。やります。大丈夫です」
「じゃ、今日は帰っていいわよ」
ありがとうございます、では失礼します、と塔子は頭を下げた。二人のやりとりを見ていた同僚達が、にやっと笑いながら、塔子に目配せをする。塔子もにやっと笑い返しながら、彼女達に小さく手を振って会社を後にした。

塔子はいつも係長よりも後に退社する事にしている。彼女の機嫌を損ねないようにするためだ。しかし、今日はかつ丼を作るのだ。彼が食べたがっている、かつ丼を作らなければならない。彼女が帰るまで、待っていられない。
電車に乗ると、メール音が鳴った。画面を見ると、先程別れた同僚のJちゃんからだった。
「ボス。わざと。気にするな!」
その文面に、思わず笑みが零れた。わかってる、ありがとう! と、塔子は返信した。混んだ電車に揺られながら、塔子は買わなければならない食材を、頭の中で整理した。
まず、豚肉を買わない事には。それに、玉ねぎもいるかな。玉子とパン粉は家にあるから、買わなくても大丈夫……。後は何がいるかな?
塔子は自分がかつ丼を作った事がない事実に、今更ながら思い当たった。一人暮らしの時は、わざわざそんな手の混んだ物は作らなかったし、そもそもそんなにかつ丼が好きなわけではなかった。父が出て行く前、家族四人で暮らしていた頃も、食卓に丼物が上がる事は全くなかった。父が毛嫌いしていたからだ。父は、丼物は外でお昼に食べる物であって、夜に家で食べる物ではない、という定義があった。そんなわけで、塔子は家でかつ丼を食べた記憶がなかった。
まぁ、大丈夫だろう。電車を降りながら、塔子は思った。とんかつを作って、だしと玉子を混ぜた物と一緒に煮ればいいのだろう。きっと、なんとかなる。

スーパーに寄って食材を買い込んで、塔子は足早にマンションへと向かった。コートを脱ぎ、手洗いを済ませ、米をとぐ。炊飯器にセットし終えると、早速塔子はかつ丼を作り始めた。まずはとんかつ。これは作った事があるから大丈夫。問題は、玉子の加減だ。塔子は本棚から料理本を取り出して、かつ丼のページを開けた。料理本は貰い物で、和食、中華、洋食などが項目ごとに分かれ、ずらりと並んでいる。全部で10巻セットだ。それは、旦那の姉が一度目の結婚に失敗した後、実家に持って帰って来たものだ。もう私、作らないから、と言って、それらの分厚い本は塔子の元へとやってきた。狭いマンションの小さな本棚を圧迫するように、それらはずらりと並べられた。
役に立つ時が、とうとうやって来たのだ。

彼はいつ帰ってくるのか、全く時間が読めなかった。
会社を辞め、友達と二人で新しく事業を始めたばかりだが、仕事はほとんどなかった。働いているのか、遊んでいるのかはわからないが、彼は帰宅時間がいつもバラバラで、しかも何時に帰る、といった報告を絶対にしない人だった。帰宅時間を教えて、と塔子は何度か彼に頼んだ事があったが、彼はニヤニヤ笑うだけで、ただの一度もその頼みを聞こうとはしなかった。

その日、彼の帰宅は遅かった。出来上がったかつ丼を温め直し、塔子は彼の元へそっと置いた。
「おっ。今日はかつ丼?」
「うん。昨日、食べたいって言ってたでしょ」
「そうだっけ。ま、いいや。いただきます」
彼は一口食べると、眉間に皺を寄せた。
「何、これ。なんなの、この味付け」
「えっ? 美味しくない?」
「味が濃い過ぎるよ。これは、食べ物じゃない」
彼は突然立ち上がり、ゴミ箱の蓋を開け、丼の中身を全て捨てた。
「……何も、捨てる事、ないじゃない……」
塔子も一口食べた。確かにちょっと味付けが濃かったが、本の通りに作ったのだ。食べられないほど不味くはない。
「あっ! お前、何食べてんだよっ」
彼は塔子の丼をサッと持ち上げ、その中身もゴミ箱に捨ててしまった。
「こんな物、食べたら、病気になるぞ」

空っぽになった器を渡されたまま、塔子は途方に暮れた。
今夜、彼と自分は何を食べたらよいのだろう? お腹はひどく空いているのに、食べる物はもう、ない。
先程まで湯気を立てて存在していた物は、今やゴミになってしまったのだから。



↑ありがとうございます


しろ☆うさです

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます

そしてそして……ブログランキングや拍手などを押して下さっている方に、深く感謝しております

今日のおはなしは、塔子が新婚さんだった頃の話です。まだ、子供達も生まれていません。

……今日のおはなしも、ムカつきましたか(笑)? いつもムカつかせてしまってすみません

塔子に明るい未来はあるのか? ないのか?

いつまで続くか、おはなし「ひとしずく」。

これからも、よろしくお願いします(*^^)v



↑ありがとうございます
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