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vol.22 閉ざされた空間 2

狭苦しい部屋で……いや、ここは部屋とは言えない。なんといってもボイラー室なのだから……、塔子は息子の海斗を抱っこしたまま、女医の豊井率いる5人の医師や看護師やらに囲まれ、話を聞いていた。

豊井は雄弁だった。年はきっと、塔子よりも若いはずだ。彼女は自信に満ち溢れ、眩しいくらいだった。
「……つまり、お母様の今後について、娘さんであるあなたがどうお考えであるか、それをお伺いしたいのです」
長い説明が済むと、豊井はそう言って話を締めくくった。そして、塔子の顔をじっと見つめた。
「要するに、糖尿病が悪化していて、今後は一人暮らしが段々難しくなってくる、と、そういう意味ですね?」
「そうです」
豊井は目を光らせて大きく頷いた。
「それは、今、お返事しなければならない事なんでしょうか?」
塔子は海斗を持ち直した。海斗の緊張が塔子にも伝わって来る。
「私も、はい。では、母を引き取ります。と即決出来ればそれにこした事はないと思いますよ。でも、現に今ここで即答するのは無理な話です」
塔子は自分が結婚している事。近所に舅と姑が住んでいる事。自分一人で勝手に母を引き取る決断をするのは、旦那や義理の両親に申し訳が立たない事を、豊井に順を追って話した。塔子の答えが気に入らないのか、豊井の表情は、徐々に曇ってきた。それは、正義という名の絶対的信念に水を差され、とても不愉快な気分になっている人の顔だった。塔子の言い分を、単に逃げだと思っている人の表情だった。

複雑に絡み合った、母と娘の関係を、打ち明ける気にはならなかった。それを口にしたところで、一体、何がわかるというのだろう?

話し合いという名の軟禁状態から解放されると、塔子はボイラー室から出て、海斗を下ろした。海斗はまだきょとん、とした顔をしている。人見知りで口数が少ない海斗は、先程まで自分をぐるり、と取り囲んでいた白衣を着た軍団が、急に自分から立ち去って行くのを、しばらくぼうっと放心したように見ていた。彼らは彼らの持ち場へと消えて行った。
「泣かなかったねー。えらかったね、カイくん!」
塔子がいいこ、いいこ、と頭を撫でると、海斗は引きつった笑顔を見せた。まだ、緊張が解けていないのだろう。無理もない、と塔子はもう一度頭を優しく撫でた。無理もない。私だって、緊張していたんだから。

海斗を抱っこすると、塔子は母親の病室へと向かった。せっかく来たのだし、お昼を食べさせるにはまだ少し時間がある。母も孫の顔を見たいだろう。病室に入ると、母は起きてテレビを観ていた。お母さん、と肩に触れると、母はゆっくりと振り返って塔子を見た。
「あぁ。来てたの」
「うん」
「何? 昨日も来たのに、珍しいじゃない? あんた、毎日、来ないのに」
「今日はね、ちょっと話があるからって病院から呼び出されてね……」
塔子は椅子を引き出して海斗を座らせながら、言葉を濁した。
「何? 何の話だったのよ」
「糖尿が、悪化しているから気を付けて下さいねって話だよ」
塔子がそういうと、ふーん、と母は首を傾げた。
「お母さん。あの先生。あの女医の先生。大丈夫? うまくやってるの?」
母は昔から堪えの効かない性格だ。お嬢様育ちで、プライドがおそろしく高い。そんな母があの女医とうまくやっているとは到底思えなかった。
「あぁ、あの子。うん、よくしてくれるよー。何、あんた。あの子の事、気に入らないの?」
「いや、そうじゃないけど。ちょっと気になっただけ……」
失礼しまーす、の声と共に、年配の看護師が病室へと入って来た。先程ボイラー室にいた、一人だ。
「お話中、ごめんなさいね。ちょっと体温、計らせてもらうわね」
「あ、はい」
塔子は海斗を抱き上げて、後ろへと下がった。
「……熱は……今日はないようね。昨日の夕方、ちょっと微熱があったのよね……」
看護師はメモを取りながら、口元に笑みを浮かべた。そして体温を記入してしまうと、くるりと振り返って塔子を見た。
「お気を悪くされたでしょう」
「は?」
「いやね、豊井先生。悪気はないのよ。良い事をしていると、思っているのよ」
ベテラン看護師の風格を漂わせたその人は、ふふふ、といたずらっ子のような表情を浮かべた。
「あの人ね、本当に悪気はないの。お父様もお母様も医師でね。エリート人生、まっしぐらだったの。まだ経験も浅いし、独身だしね。だから、旦那や姑にお伺いを立てないと……って言われてもね、きっと何の事やらさっぱりわからないと思うのよね」
「……だろうなって、思いました」
塔子がそう言うと、ふふふ、と年配の看護師は笑い、内緒の話ねーと言って去って行った。

それから二週間して、母は退院した。車を手配し、塔子は母を母の家へと送って行った。
「もう勝手に入院したりしないでね。何かあったら、まず私に電話して」
「わかったわよ」
「で、お母さんは嫌かもしれないけど、私の家で暮らす事も、よく考えてみてね。急がないから」
「それは嫌よ。私、自由で勝手気ままに生きたいもの。まだ足だってなんとか動くし、目だってなんとか見えてるんだし。本当に無理になったら、ちゃんと言うわよ」
「……ならいいけど」
「本当の事、言おうか」
母がにやっと笑った。
「本当はね、あんたの旦那が嫌いなの。あの子と住む事になると思うだけで、落ち着かない気分になるの」

それから数か月後、塔子の元に救急隊員から一本の電話が入った。
母が、脳梗塞で運ばれたという知らせだった。


※①vol.8 見知らぬ女医の叱咤(9/19)→②vol.13 閉ざされた空間 1(10/02)→③vol.22 閉ざされた空間 2(10/27)と三部作(!?)になっています。





しろ☆うさです
いつも読んで下さって、ありがとうございます

今日のおはなしは、前回(vol.13 閉ざされた空間1 10/02)に書いた話の続きです。

※厳密に言えば、①vol.8 見知らぬ女医の叱咤(9/19)→②vol.13 閉ざされた空間 1(10/02)→③vol.22 閉ざされた空間 2(10/27)と三部作(!?)になっています。

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