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vol.21 息子の骨折

海斗が骨折した。塔子が洗濯物を干しにベランダへ行っている間に、それは起きた。

その日は土曜日で、沙耶も海斗も幼稚園が休みだった。彼は仕事で出掛けて留守だった。朝ごはんを食べさせ、食器を片付けてしまうと、塔子は洗い終わった洗濯物をカゴの中へ入れ、ベランダのある二階へと上がって行った。そのとき、二人は仲良く遊んでいた。いつものようにじゃれあい、コロコロと転がり回っている。塔子は特に気にも留めず、階段を上がった。カーテンを開け、ベランダへ出ると、外はよく晴れていた。ツンと冷たい、冬の朝の匂いがする。塔子はまずバスタオルを四枚干した。続いてタオルやバスマット。そして洋服やズボンを干し終え、ハンカチなどの小物類を干そうとしていたちょうどその時、階下から絹を裂くような悲鳴が聞こえたのだ。

塔子は階段を駆け降りた。嫌な予感でいっぱいだった。その悲鳴は、いつも聞いている子供の声ではなかった。一体、洗濯物を干しているたった数分の間に何があったというのだろう?
リビングへ駆け込むと、そこには腕を押さえて泣きじゃくっている海斗の姿があった。そしてその横に、真っ青な顔をして弟を見つめている沙耶の姿も。
「どうしたのっ!?」
塔子は海斗に駆け寄った。痛い、テテが痛い、と海斗は泣き叫んだ。二人はどこの兄弟でもやるようによく喧嘩もしたが、いつもの泣き方ではなかった。折れたのかもしれない、と塔子は思った。
「一体、何してたの!?」
塔子は海斗の腕をまくりあげながら、沙耶へ質問した。沙耶はぐずぐずと泣き出した。
「泣いていても、お母さん、わかんないよ。ちゃんと答えて」
「……あのね、えとね、海斗がね、沙耶の頭をね、えいって叩いたの。だから……」
沙耶はおんおんと大声で泣き始めた。塔子は海斗の手を見た。どこもどうにもなっていない。今度は服をまくりあげた腕を見てみた。見た目では、特に異常はなかった。
「だからどうしたの?」
「……だからね、沙耶がね、こうやってドーンってね、海斗にぶつかって行ってね……ううう~……」
「泣いてちゃわかんないよ」
「……ぶつかって行ったけどね、ちゃんと海斗が怪我しないようにね、ソファの上にドーンってね、したの。……沙耶もね、海斗の上にそのまま乗っちゃったの……ううう~……。そしたらね、海斗がキャー!イチャーイ!って泣いたからね、沙耶はすぐに起きたのにね、海斗、泣き止まないからね……ううう~……」
「海斗を下敷きにして、ソファに押し倒したのね。そう?」
「そうーー!! ちゃんと沙耶、謝るからーー!! カイくん、泣くの止めてよーー!!」
「痛いから、泣いてるのよ」
塔子は海斗に、こうやって出来る?と手をグーにしたりパーにしたりして見せた。海斗は左手を右腕に添えた格好のまま泣き続けるだけだった。
「じゃあ、腕は? こうやって上げたり下ろしたり、出来るかな?」
海斗はぶんぶんと首を左右に振るだけだった。
「沙耶、早く上着を着て。今からすぐ病院へ行くから……」
塔子はそう言いながら、保険証と財布と診察券を鞄に詰めた。そして、彼に電話をかけた。近くにいるなら、乗せて行ってもらった方が早い。

数回の呼び出し音が聞こえた後、もしもし?と彼の声が聞こえた。塔子はコートを羽織りながら、海斗の上着をクローゼットから取り出した。
「あ、私。あの、海斗が、怪我しちゃったみたいで。今から病院へ行こうと思うんだけど、どこにいるの? 近くなら乗せてもらおうと思って」
「あ~。怪我って、何?」
「私も見てなかったから詳しくわからないんだけど、腕が痛いって泣いてるから。普通の泣き方じゃないから、病院へ連れて行った方がいいと思って」
「ふ~ん。今、○○市。仕事中」
「わかった。じゃあいいわ。病院着いたら電話する」
「もうちょっと待ってたら? 昼頃には帰るつもりだったし」
「そうしたいけど、すごく痛がってるし。近所の病院は今日はどこも休みだから、市民病院へ行って来るわ。土曜はバスが来ないし、急ぎだからタクシーで行くね」
「ふ~ん。見た限りはどうなの?」
「……見た限りでは、別にどこも腫れてないけど」
「じゃあ、大丈夫なんじゃない? また、脱臼しただけなんじゃないの」
「確かに海斗は何度か脱臼したけど、それでも診てもらわないと。私じゃ入れられないから」
「ま、好きにすればいいじゃん」
電話が切れた。

塔子はタクシー会社の番号を調べて、自宅まで呼び出す事にした。海斗は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、塔子の後を追いかけまわす。塔子はよしよしと頭を撫でながら、名前と住所を伝えた。電話が終わると、塔子の足元にくっついている海斗の顔をハンカチで拭き、コートを着せようとしたが、無理だった。痛い、痛い、と泣き叫んで、コートを着せられる状態ではなかった。脱臼だとしても、抜けている状態で腕は通せないだろう。肩に羽織るようにコートをかけて、まるでおくるみのようにして海斗を包んでから、塔子は家を出た。しばらく待つと、タクシーが現われたので、三人はそれに乗り込んだ。

市民病院では、休日の担当医師は交代制になっている。その日は整形外科の先生はいなかった。担当で出ていた医師に診てもらったが、おそらく脱臼だろう、と言って、海斗の腕を入れてくれた。海斗はひどく痛がって泣いた。
「しばらくは痛くて泣くかもしれませんが、これで大丈夫でしょう。外れやすい子はよく外れますからね。もし、まだ痛がるようでしたら、休日でも開いている整形外科に行って下さい。ま、大丈夫だと思いますよ」
塔子はありがとうございました、と頭を下げた。そしてタクシー乗り場まで海斗を抱っこして運んだ。ちょうど、二台のタクシーが客待ちをしていたので、すぐに乗る事が出来た。そうして、三人は家へと戻った。

家に帰ってからも、海斗はずっと左手で右腕を支え続けた。もう入ったから大丈夫だよ、このお手手離してごらん、と塔子が促しても、海斗は首を振って拒んだ。まだ、痛いと言う。今までに何度か脱臼した事があるが、こんなに長い時間痛がる事はなかった。塔子は首を傾げた。担当してくれた医師は、整形外科専門ではない、と言っていた。塔子は段々不安な気持ちになってきた。ネットで近場の病院を探してみる。やはり近所の病院は、土曜日はやっていない。少し範囲を広げて探す。すると、隣りの市で整形外科専門の病院があり、土曜日も終日診察可能だった。ここだ。ここに行ってみよう。車で30分ほどもかかるが、ここしかない。塔子はその病院に電話をかけ、事情を説明し、今から行きますのでと伝えた。

ちょうどその時、ただいま、と彼が帰って来た。塔子はもう一度病院へ行かなければならない事を、彼に伝えた。彼は服を脱ぎ、部屋着に着替え、手を洗ってうがいをし、リビングの中央にごろん、と横たわった。
「病院、もう行って来たんだろ。何度も何度も行かなくてもいいよ。面倒臭い」
「でも、こんなに痛がって泣いてるし。さっきの病院は整形外科の先生がいなくて代わりの先生が診ただけだから……」
「はぁ~~。わかった、わかった。行けばいいんだろ、行けば。ったく、蛇のようにしつこい女だな、お前は」
「……別に、私が連れて行くから、あなたは寝ていてくれていいよ。沙耶だけ、見ていてくれれば、それでいいし」
「はぁ~~。一人置いて行かれても一緒だし。行くよ。もう」
彼はブツブツと文句を言いながら、立ち上がった。迷惑そうな表情を浮かべたまま、車を運転し、30分かかって病院へと着いた。車内の空気はずっと重かった。海斗は痛いと泣き続け、沙耶は泣き腫らした顔でぼうっとしていた。

整形外科に着いて診てもらったところ、最初の診断は誤診である事がわかった。海斗は粉砕骨折していたのだ。4歳の子供の腕の骨は小さく脆くて、レントゲンでもハッキリと折れている箇所を特定するのは難しい、と言われた。粉砕骨折なら尚の事、映らない事も多いと言われた。
海斗はギブスで固定された。固定されると痛みが治まるようで、あんなに泣き続けたのが嘘のようにピタリと泣き止み、左手で右腕を支えるポーズも取らなくなった。

よかった、やはり彼に何と言われようと、連れて来てよかった、と塔子は強く思った。




最後まで読んで下さってありがとうございます。しろ☆うさです

今回の話は、沙耶=幼稚園年長さん(6歳)、海斗=幼稚園年少さん(4歳)のおはなしです。

いつもブログランキングや拍手など、押して下さっている方に、深く感謝しています

「ひとしずく」まだまだ続きます! 

これからもよろしくお願いします




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