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vol.2 少しずつ進む狂気

その日、塔子は残業で、とても疲れて帰宅した。
こんな日に限って乗り換えがうまくいかず、駅のホームでポツンと長い時間待たされた。
時刻はもう、22時を過ぎている。

やっと来た電車に乗り込み、塔子は空いている座席に腰を下ろした。
遅い帰宅時間の唯一のメリットといえば、込んだ電車に乗らなくてもよい事だ。
電車の揺れるリズムに、塔子は身を任せる。目をつぶる。
すぐに睡魔は押し寄せたが、その誘惑に負けるわけにはいかない。
なにか、考え事をしよう。そうだ、今夜の食事はなんだろう? いつもは自分で作っているけれど、今日はこんなに遅くなってしまったんだもの。きっと、彼が用意してくれているはず。

アナウンスが流れ、電車がプラットホームに滑り込む。ドアが開くと、塔子は心持ち気分が軽くなった。
後は、食べてお風呂に入って、眠るだけ。
たとえ、明日になれば、また同じ毎日の繰り返しでも。
それでも、私はもう、ひとりではないだ。

ひとりではない。それが塔子の疲れた心を軽くしたような気がした。
結婚して一カ月あまり。塔子の生活仕様は、今までとは、がらり、と変わっていた。
もう、暗く冷たい部屋にひとりで帰り、適当に食事を済ませ、ひとりぼっちで眠りにつくという、あの生活とは縁を切ったのだ。
今は、最寄りの駅に降りれば、その足でスーパーへ向かう。その通りの事なのだが、まるで新婚ごっこをしているかのように、夕食の材料を見つくろい、急いで帰宅する。そして、彼が帰って来るまでに、食事の用意を済ませ、洗濯物を畳み、お風呂を沸かしたりする。

それが幸せかどうかは、実際、塔子にはわからなかったが、この一カ月、塔子はそういった環境の変化を、少し戸惑いながらも、前向きに捉えていた。
100%の幸せなど、この世にはない事など、塔子にはわかりきっていた。
例え、あったとしても、それは一瞬の出来事なのだ。まるで、それは暗闇に一筋の光がサッと射したように。花びらに付着した朝露がひとしずく、光を放ちながら土へと零れ落ちたように。
あっという間にそれは過ぎ去って行くものなのだ。

その日、塔子はいつものように買い物をして帰らなかった。
疲れた足を無理に動かして、帰路を急いだ。

「ただいま」
塔子が部屋のドアを開けると、彼はテレビを観ながら寝そべっていた。
「おかえり」
塔子は訝しげにテーブルの上を見た。そこには、なにも乗っていない。
視線をキッチンへと動かす。だが、そこにも、なにもない。
「ねぇ。夕ご飯、先に食べちゃったの?」
「いや、食べてないよ。ちゃんと待ってたよ」
彼は視線をテレビへと向けたまま、優しく応えた。
「……ご飯、どうするの?」
「いいよ。全然、急がなくても。ゆっくり作って。オレ、テレビ観て待ってるし」
彼は視線を塔子に移し、にっこりと微笑んだ。

瞬間、塔子は目の前が真っ暗になったような気がした。
時計を見た。23時10分。
もう、スーパーは、開いていない。




最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。
しろ☆うさと申します。

これから、コツコツと、「ひとしずく」を作っていきたいと思っています。

初めてのブログで、お見苦しい点があるかと思いますが、どうぞこれからよろしくお願いします。



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