FC2ブログ
<< vol.17 回る世界1 :: main :: vol.15 行き交うシャトル >>

vol.16 小児科にて

海斗が風邪をひいた。丈夫でほとんど病院のお世話になった事のない娘の沙耶とは違い、海斗はよく風邪をひく。
塔子は沙耶を幼稚園へ送り届けてから、その足で小児科へと向かう。

小児科はいつも混んでいる。朝一番に着いたとしても、すでに何人もの患者が待ち構えている。当たり前の話だが、小児科に一人で受診する子供なんていない。必ずそこには大人の付き添いがいる。狭い待合室の中は、体調の悪い子供と、その付き添いの大人でいっぱいになる。塔子は受け付けを済ませ、海斗を抱っこしたまま、待合室へと入る。

その小児科は予約制で、もちろん予約がないと入れないのだが、いつものようにそこには大勢の患者とその保護者が座っている。どうにか空いている席を見つけて座り、海斗は自分の膝の上に座らせた。
鼻が詰まっているため、海斗が呼吸をするたび、小さくピーピーと音がする。息苦しいのだろう、海斗はむずがって、体をコロリと回転させて、塔子と真向かいになるような姿勢をとった。そして、目をつぶったり開けたりしながら、塔子の胸に頭をもたれさせた。塔子は背中を撫でてやりながら、待合室の中を見渡した。

そこには、たくさんの子供がいる。そして、その子供の数よりも多い、付き添いの大人達。
夫婦で連れて来ている人は稀だが、子供のおばあちゃんと思しき人が多数いる。おそらく、病気の子のママの、母親なのだろう。塔子は海斗を抱きながら、無意識に体を揺らし、自分の周りで繰り広げられている光景と会話を、見るとはなしに、聞くともなしに、見聞きしていた。母娘の遠慮のない間柄だけに共通して漂う、ある種の親密さからの自然な行為……まるで自宅にいるような勝手気ままな行動、大きな話声、が塔子の目前で繰り広げられる。

ある人は、自分の子供を一度も抱かなかった。メールの返信をしているのか調べ物をしているのか定かではないが、その人は手にしたスマホをずっと操作し続けた。塔子が到着してから診察室へ入るまでのおよそ30分の間、彼女はただの一度も子供に声かけもせず、子供の顔を見ようとはせず、ましてや手を伸ばして子供に触れる事すらしなかった。子供を抱いていたのはその人の母親らしき人だ。彼女の母親は、おそらく塔子の母と同じくらいの歳だ。その人は段々疲れて来たのだろう、自分の娘に「ねぇ、代わってよ」、「ねぇ、重いんだけど」と時折囁いた。しかし、彼女は自分の母親にもまた自分の子供にも目をくれようとはせず、ひたすら下を向いて操作を続けた。返事すら、しなかった。

またある人は、室内に響くよく通る声で、自分の母親と楽しそうに喋り続けた。最近の出来事から、昔話まで、それは際限なく続けられた。彼女の母親は我が娘が可愛くてしょうがないらしく、大きな声で喋るのを制する事なく、うん、うん、そうね、と相槌を打っていた。

ある人は、院内の混み具合に、ひどく腹を立てていた。子供を自分の母親に抱かせ、自分は腰に手を当て、その場を行ったり来たりしていた。彼女の母親は孫を抱いたまま、なんとなく曖昧な微笑みを浮かべ、電光掲示板に目をやったり、自分の孫に目をやったり、娘の落ち着きのない態度に目をやったりしていた。

またある人は、塔子と同じように一人で子供を連れて来ていた。子供はまだ赤ちゃんだ。その人も、塔子と同じように膝の上に子供を抱っこしている。彼女は子供に本を読み聞かせていたが、やがて電話がなり、彼女は画面を見て「あ、ママからだ」と呟いて、俄かに喋り始めた。うん。そう。今、病院。うん。そう。まだ、診察してもらってないよ。え?お昼?そうだね、じゃ、用意しといてもらおうかな。先週はこっちが買って持って行ったんだから、今日はお母さんが用意しておいてよね。え?離乳食?大丈夫、大丈夫。ちゃんとそっちに寄るつもりで、持って来ているから。

色んな人がいるな、と塔子は思った。海斗が目を開けて「お茶」と呟いたので、塔子は鞄から水筒を出して、息子に飲ませた。海斗はそれを少し飲むと、また目を閉じた。まだ、ピーピーと鼻を鳴らしている。

診察室から、一組の親子が出て来た。母親と幼稚園くらいの子供と赤ちゃん、それにおばあちゃん。彼女はおばあちゃんに子供達を見てもらっているため、名前が呼ばれると一人で会計所に行き、支払いを済ませて戻って来た。そして大した事がなくてよかったねー、と笑い合いながら、四人は連れだって病院を後にした。

やがて、掲示板に8の数字がポッと光った。
「鈴木さん、どうぞお入りください」
看護師がきょろきょろと待合室を見まわす。塔子はそっと立ち上がり、診察室へと入って行った。




こんにちは。しろ☆うさです

今日も最後までお読み下さり、ありがとうございました




スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿












トラックバック

この記事のトラックバックURL:

 |   |