FC2ブログ
<< ひとしずく 後書き 9 :: main :: ひとしずく 後書き 7 >>

ひとしずく 後書き 8

今回も、後書きの続きです。

まずは、55話目のこちらから→母の思い出 4

こちらは主人公の母親についての内容を書いています。主人公が学生の頃の話です。主人公の父親が単身赴任をしてから、徐々に母親の性格が変わっていく様子を表しています。

足枷が外れた人のように、自由を味わった主人公の母親は、やがて躁の状態と鬱の状態を繰り返すようになります。しかし、家族の誰もがそれに対して関知しません。皆、自分の人生に忙しく、そしてそれをさほど重要な事だとは思わず、主人公含め誰もが彼女を突き放すのです。

主人公の母親の躁鬱状態に関して、最後まで深くは追求しないまま小説は完結しています。不勉強なため書ききる力がなかった上に、それだけではない要因が数多くある……という設定なので、それ一つにスポットを当てる必要はないと思ったからです。
モラルハラスメント被害者であったがための、双極性障害。モラルハラスメント被害者であったがための、カサンドラ症候群。モラルハラスメント被害者であったがための、二次被害。モラルハラスメント被害者であったがための、摂食障害……etc.それらを全て小説内で書き表す事は私には不可能だったので、端折った次第です。

まぁ、全てが主人公の父親のせいだとは思えませんが。元来の性質や結婚前の環境など、根本的な原因は他にもたくさんあるはずだと思うので。キャラを善と悪で分けるのは簡単ですし、読み手側もどちらかに感情移入しやすいだろうとは思いますが、そんな安直な問題でもないような気がするし。そもそも、書き手側としては誰の味方でもなく、原因論もプロセスの上では必要かもしれませんが、そこだけに着目したり固執する考え方はおかしいのではないかと思っているので。
まぁ、だから何? って話ですが笑。

そして次は→母の入院生活 8

救急搬送で運ばれた病院を退院し、主人公の母親はリハビリテーション専門の病院へと辿り着きます。
入院手続きをしている中、担当の主治医に促され、主人公の母親は麻痺していない方の手で、署名をする……といった内容となっています。
特に記す事はないです。

次に→震える父 3

これは三部作でして、この回で完結しています。会う必要などどこにもないと思っていたのにもかかわらず、主人公は父親と会う約束をします。自分の身内に自分の子供達を会わせてみたい、という奇妙な感情が芽生えたのです。
実際に会ってみると、主人公の父親は主人公に特に注意を払わず、主人公の上の子供にひどく関心を寄せます。あからさまな孫への関心に、主人公は当惑するのですが、反面喜びの感情も生まれるのです。下の子が生まれたばかりで、慣れない二人の育児に疲労困憊していた主人公は、上の子を今までのように純粋に可愛がる事が出来なくなっていたところでした。そういった時期に父親と再会し、孫を手放しに誉められた事によって、主人公は再び上の子に対しての愛情を再認識します。
父親と娘が手を繋いで歩く姿を後ろから眺めながら、主人公はもう二度と父親に会う事はないだろうと感じています。

そして→母の入院生活 9

リハビリテーション専門病院に転院した当日、医師や看護師やリハビリのスタッフらとの会議が始まります。会議が終わり、皆持ち場へと戻って行き、最後に病院に常勤しているソーシャルワーカーと二人きりになります。彼から入院は三か月間だけと聞かされ、主人公は入院初日から母の次の居場所を考えなければならない事態に追い込まれます。

次は→答えを必要としない質問を繰り返す人

これは、一話読み切りです。モラハラに関しての内容です。かなりわかりやすく書けたかな? と勝手に思っています笑。
まぁ、モラハラする人にも人それぞれ色んなタイプがあるかと思いますが、主人公の旦那は題の通り、答えを必要としていないのにもかかわらず何故か質問を繰り返す癖? みたいなものがあるらしい笑。自分から訊いておいて、最後まで集中力が持たないという笑。その答えが自分の望む答えではなかったり、ただ単に内容に飽きたりした場合、彼は露骨にそれを態度で表します。真面目に応えている周りの人間が慇懃無礼なその態度にビックリしていていても、それには気付かず自分の感情を優先させます。
子供……というか、完全に幼児ですね。逆コナン。逆コナンですよ笑。

彼の世界では自分が唯一無二の王国の王様であるので、自分を飽きさせたり、自分の顔色を窺わない奴隷は要らないわけですよ。下僕達は、それが出来て当たり前だと勝手に思っているので、俺は悪くない、俺を不愉快にさせるお前達が悪い、となるわけです。

うん。いいよね、楽しそうで……半笑。大人の世界ではまかり通らないと思うけど。

お次は→母の入院生活 10

今までの病院とは違い、私物(タオルや着替えなど)をレンタルしない事にした主人公は、早く私物を揃えるようにと担当の看護師から言われます。車は主人公の旦那が日中使っている事から自転車でやって来た主人公は、母親の私物を揃えるにもどうしたらいいのかと悩みます。母親の家は遠方な上、主人公はそこに行った事もほとんどなく、その場所の記憶すら曖昧です。辿り着いたところで、そこが荒れ果てた場所であり、自分は生理的にどうしてもそこに入る事が出来ない事もわかっています。結局、病院の近くのスーパーを探してそこで一から揃える事を選びます。

最後、主人公の弟が上手い具合に現れ、主人公は助けられます。

そして次は→理由を知りたがらない人

こちらもモラハラに関しての内容なのですが、それに伴う共依存について触れています。これは読んで頂ければわかるかと思いますが、かなり強烈な共依存です。

主人公は、薄々自分にその傾向がある事をわかっています。しかし、それ以上に孤独に怯えています。この話はまだ主人公が結婚する前という設定ですが、既にこの頃から主人公には共依存の匂いがプンプンします。主人公は、一人になるのが怖いのです。ろくでもない男と共にいる方が、一人ぼっちになるよりマシだと思っているのです。歪んでますねー。一人の何が怖いのかよくわかりませんが、どうやら主人公の置かれた環境や生い立ちによって、それが他の共依存的な人達よりも更に大きく影響しているようです。
まぁ、人間、大なり小なり何らかの依存傾向はあるものだと思いますが、それにしてもこの主人公の場合、度が過ぎるように感じます。

主人公が自ら頭を下げてヨリを戻しに行くシーンがあるのですが、やーめーてー! 塔子ちゃん、やーめーてーー! と思いながら書いていました。

そしてこちら→母の入院生活 11

主人公の弟が手伝いにやって来てくれた事で、主人公は移動も買い出しも運搬も片付けも、一気にラクになります。なにより、精神的に一人ではない事に安堵感を抱きます。弟が来てくれてよかった、と主人公は感謝します。クールな弟は淡々としています。
全てがやっと終わり、帰ろうとすると、主人公の母親が泣きだします。別れた後、弟が主人公に、姉と母親の立場が逆転している事、そして自分だけはまだまだ子供だと思われているようだ、と呟きます。主人公は弟のその発言に同意します。そして弟の提案で、二人は近くのファミレスへと遅い昼食に向かいます。

弟の登場によって、主人公の張りつめていた心が和んでいきます。朝早くから退院手続き、転院手続きと忙しい一日を過ごし、前病院の看護師達からの悪意ある態度に悔しさを感じた事や、車椅子の嫌がらせによって無駄な出費を強いられた腹立たしさなども、弟の存在で徐々に立ち直っていきます。最後はこの主人公にしては珍しく? 笑顔や笑い声まで出てきます。母親は初めての場所に取り残されて泣いているのに、二人の子供達は意外と薄情で、頑張って全部処理したぞー、という達成感すら感じているのです。苦しい重圧から解き放たれ、爽快感すら感じているのです。

そして最後は63話目のこちら→正論を述べる人(からくり 1)

奇妙なタイトルの付け方をしています。続きものだけど、一回一回内容の違うシリーズがやりたいなぁと思っていた頃で、悩んだ末、こんな変な題の付け方をしています。でも、自分に文才がなく、しかもアイデアも思っていたほどたいして浮かばず笑、三話で適当に切り上げたシリーズものです。これで終わります! という宣言もなく、尻つぼみ状態で逃げるようにフェードアウトした、黒歴史? 的なシリーズです。出来栄えは三話全部あまりよくありません(いつもか)。

パッと見、何が問題なのかよくわからない内容がやりたいな~と思い、やり始めたわけですが、自分の頭で想像していたのと、実際書いてみた後の作品が全く違うというか……からくりっぽい仕掛けが隠れている物語にしたいのに、全然からくれてないというか。とにかく、自分にはそういう書き方は分不相応だったんだな、とわかった次第です。

内容は、主人公が結婚前の夫から受けるモラハラについてです。この主人公の旦那は、あたかも正論のように自論を述べ、主人公の考えや発言を全く信じようとはしません。間違っているのはいつも相手側の方であり、自分は正しいと信じ切っているのです。主人公はひどく礼儀知らずな婚約者だとみなされるのです。あ、微妙~~な感じで、姑からも嫌がらせされてますね笑。嫌がらせというより、サラッとした暴言? みたいな。

そして、からくった(変な日本語)のは、この姑も実は家族からモラハラを受けているのですが、本人がそれに全く気付いていない……という部分です。安直過ぎる? ホント、安直過ぎるからくりですよね。なんだか申し訳ない。ヘタ過ぎて、申し訳ないです。

では、今回はこれまで。



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村


にほんブログ村 介護ブログ 介護と育児へ
にほんブログ村


さて、今回も追記書いていきます……が、ネタが。ネタが、何も思い浮かばないー泣。

特に何っていう出来事もなく……平々凡々な毎日?だったから。まぁ、それが一番有難いのですけどね。

いやぁ~~、マジないけど、どうしようか。何か、ネタ、ネタ、ネタ……。

あっ。デカイ行事があったんだった! 息子の小学校の卒業式が。

お天気にも恵まれ(ちょっと寒かったけど)、なかなか感動的な良い式でした

二年前の娘の時はめちゃくちゃ強風の日で、皆寒さにガタガタ震えながらでしたが、今回は日射しもあって風もほとんどなく、穏やかな雰囲気でした。やっぱ、お天気に左右されるよねー。

新調したパンプス、もちろん履いていきましたよ笑。一緒に行ったママ友が隣りで足が痛いー!と言ってましたが、私はいつもと違って余裕で歩けました笑。買い直してやはり正解でしたね

これで、長かった「小学生の母」という肩書きも終わりか……。娘&息子、合わせて8年。なんだか永遠のように長かったような、あっという間だったような……。

子供達が幼稚園だった頃の方が長かったような気がするのは何故だろう。二人合わせて5年間通ったのですが、あの時期の方が長かったような。やはり、送迎のため親も一緒に毎日通っていたからですかね。小学生になると勝手に行って帰ってくるし、言うほど幼稚園ほども行事がないからでしょうか。

これらの時期を振り替えってみて、あんな事もこんな事もあったなぁ……となんとなく思い出すのですが、そんなに覚えているわけでもなく笑。子供達に関してはまぁまぁ記憶がよみがえるのですが、自分の事は特に……??? 仕事して、子育てして、あれしてこれして……。何てことない人生だったからか? 思い出してジーンとくるものは何もない笑。

ただ、当時の写真を見てみたら、自分、若っ! と思うくらい笑。8年でそれなりに老けたなー、と。まぁ、自分だけが老けたわけではなく、皆平等に8年歳を取っているわけですから別に構わないのですが。

残念ながら、あまり感動する質ではないので、やはり式では泣けなかったのですが(周りはホロリときていたようですが)、あれですね。最後の歌? で来ますね。在校生と卒業生が一緒に歌うあの演出で、ヤバイ……ちょっと鼻がツーンとしてきたぞ……状態に。鬼の目にも涙か? 生憎こぼれ落ちる事はなかったのですが、ジワッと来た瞬間は確かにありましたね。多分、思い出して泣くと言うより、歌の演出にやられた感がある笑。上の子の時も、同じところでヤバかった記憶が……。

来年の今頃は、娘の中学の卒業式か……。やっぱり早いな、時間が経つのって。この前生んだような気がするのに(←厚かましい)。

そんなこんな? の、卒業式でした。

……で、他にネタ……何もないのですがどうしましょう。

そういえば、本とか漫画については書いていなかったような。あ、今日から俺は! の事は一度熱く?語ってたな笑。

漫画はね、めちゃくちゃ持ってましたねー。藤子不二雄はもう、ドラえもんから怪物くんからハットリくんから、やたら集めてましたねー。

だから未だに、金曜の夜、息子とドラえもんのアニメを観ながら、だいたいポケットから出てくるモノの名称はわかる。オチも含めて。何の自慢にもなりませんが。

もっと大きくなってからも、漫画は買い続けましたね。別マとか、クッキーとか雑誌系が多かったです。読み終えたら友達に回してましたね。やはり友達も漫画好きが多くて、色んな漫画貸してもらっていましたよ。聖おにいさんとか、吉田戦車のぷりぷり県とか。あ、書いていたらまた読みたくなってきた笑。

最近は全く買わないし、読まなくなったなぁ、漫画。息子が集めているワ○ピースも、チラッと見てなんかもういいや……って真剣に読んでいない。なんだろう、自分の好みではないからか。お涙頂戴☆人情物語にそもそも興味がないからだろうか。推しキャラがいないからだろうか。

大人になって読み返してみて、うわぁっ……子供の時読んでいた印象と違うーーって強く思ったのが、あたしンち。

昔はアハハと笑って読めたのが、もうなんだか母が気の毒で笑えなくなってしまった

多分、昔は自分、みかんの立場で読んでいたと思うのですが、今は母の目線で読んでいるのでしょう。

冬、灯油が切れてベランダに出たお母さんが、お父さんに閉め出されるシーンがあるのですが……無理。見ていて胸が痛くなってくる

その他諸々、自分でやらんかいっ! とツッコミたくなるシーンがてんこ盛りで、段々お父さんにもみかんにも腹が立ってくるので読めなくなってしまった。自分の心が狭すぎるだけだろうか。

そういえば、先日卒業式の日に、漫画好きママ友にこれいいよ! と無料漫画のアプリを教えてもらった。今度、見てみようかな

漫画もそうですが、本も最近、全く読みません。多分、このブログを始めた辺りから、ほとんど読んでいないと思う。

もらい泣き……もらいゲロ……もらい文章? みたいな感じで。読むと文体が伝染るような気がして、なかなか読めなかった。文体もさることながら、内容とかも無意識に伝染りそうで。

それと他に、読みたいっていう欲求がなくなってしまったのもある。きっと自分はインプットとアウトプットを同時に行う事は出来ないどんくさいタイプなのだろうと思う。

子供の頃は、本が結構好きでした。特にあの、世界名作100選的なものを読むのが好きでしたね。色々読みましたよ。フランツ・カフカ、ヘルマン・ヘッセ、アルベール・カミュ、J・D・サリンジャー、フョードル・ドストエフスキー、サン=テグジュペリ、ギー・ド・モーパッサン、スコット・フィッツジェラルド、サマセット・モーム、アラン・シリトー、アーネスト・ヘミングウェイ、イワン・ツルゲーネフ、エドガー・アラン・ポー、レフ・トルストイ、ライナー・マリア・リルケ、トルーマン・カポーティ、シドニー=ガブリエル・コレット、フランソワーズ・サガン、L・M・モンゴメリetc.

今にして思うに、多分、中二病真っ只中で笑。自分探し? の真っ最中だったように思う。

一度読んで気に入ると、何年か経ってもう一度読み返したり、またその数年後もう一回読み返したり。結構同じ作品をしつこく読む癖みたいなものがありましたね。物覚えが悪いので、数年も経つと全部内容が飛んでしまっているので、毎回新鮮な気持ちで読めるのがいい笑。あー、そうそう。そうだったね、と。

ある本を読んで、作家が気に入ったら、しばらくその人が書いた他の作品を集めて読むのも楽しく。なので、10代、20代の頃は、こういう↑類の作家の本を集めてよく読んでいました。

世界名作って、安心感があります。名作って何年も何十年もヘタすりゃ何百年も残っているわけじゃないですか。そういうのって普遍的というか、絶対にハズレはないだろうという笑。まるで保険に入ったような安定感がいいんですよね。

もう死んでるっていうのも、凄く守られている感があって、いい。もうこれ以上新刊は出ないわけだし笑、駄作だったとしても、もう死んでいるわけだから腹の立ちようもないし。まるで額縁に納められた古典的な絵画を眺めているような、枠組みがちゃんとある世界? 広がりのない世界? が心地良いのです。

誰かわかってくれるでしょうか、この気持ち……。書いていて、自分でもあまりよくわかんないのですが笑。

では、そんな世界名作好き? だった自分の推しの名作でもちょっとご紹介……と思いましたが、名作! 名作だから!! 誰でも知ってるもんねぇ。わざわざここで書かなくても。でもまぁ、ちょっとだけ……。

10代、中二病真っ盛りの頃は、サマセット・モームの月と六ペンスが好きでしたね。これ、才能のない画家が、自分の人生の全てを捨てて絵を描くという内容なのですが(あ、ご存じですよね)、多分これ若かったからいいな、と思っていただけで、今となってはどうなんだろう。ぜーんぶを捨てて、自分の道だけを追求する話を、この歳で読んでもいいなと思えるのかどうか。その他、モームの短編はちょこちょこ読みましたが、だいたい皆南の島(タヒチとか)で自分の好きな事だけをしてくたばっていく話なんですね。今は読み返したいなーとは思いませんね。

サリンジャーも10代半ば、ハマりましたねー。ありがちですねー。当時めちゃくちゃハマって、ナインストーリーズから漏れた短編まで持っていましたね。こちらも今となっては読み返したい気が起こらないので全く手に取る事はありませんが。
特に好きだったのが、倒錯の森という中編小説でした。これってね、人間のサガ? みたいなものをうまく表していると思う。負の連鎖っていうの? うん。あれっておそらく共依存について書いているんだと思いますね。

何度も読み返した本のナンバーワン? は多分、カラマーゾフの兄弟だと思う。これも、ありがちですね。ドストエフスキーです。白痴とかね、他のも読みましたが、カラマーゾフほど何回も読みたくなる本はありませんでしたね。父親殺しの犯人って、結局誰だったと思います? 長男ドミトリイでもなければ、異母兄弟のスメルジャコフでもないと私は思っています。最初に読んだ時から、私はずっとあの人物が犯人だと思っていて、それ以後もやはり彼以外に犯人はありえないと思うのです。まぁただの自論なのでわざわざここで言うのもなんですが……多分、アレクセイですよ。主人公が殺したんですよ、父親を。私はそうとしか思えない。
あと、次男のイヴァン? でしたっけ? が、気が狂っているとはどうしても思えない。彼の発言や考えは他の登場人物と比べてまだ納得が出来るのですが、私の読みが間違っているのでしょうかね……。ペラい人間なもんで笑。

そういえば、ヘッセのシッダールタ。これって、仏陀の人生を書いているじゃないですか。自分、それまで宗教本を読んだ事がなかったので、ドイツ人(でしたっけ?)によって書かれた本で、初めて仏教を知るという笑。結構、面白かったよ。超ポピュラーな車輪の下から、湖畔のアトリエとか、荒野のおおかみとか、郷愁とか、デミアンとか、しばらくハマって読んでましたね。10代、中二病あるある?

20代前半くらいの頃、一時期あれに没頭しました。マーガレット・ミッチェルの、風と共に去りぬ。あの主人公、生きる事に貪欲? で、読んでいて結構楽しかった。別の作家が書いた続きも読みましたね。なんだろう、主人公スカーレットのあの強烈なバイタリティは。でもこの人、嫌いではない。共感出来る部分もある。でも実際、こんなタイプの人が身内にいたり、友達だったとしたら、無理かな笑。なんか、全部の気を吸われそう笑。

小説を読みたい欲求もなくなり、漫画も昔ほど情熱を注げず。最近はユル~イ系の漫画を時々読むくらい。それも、子供が買ってきたもの。子供達は今ニャアアアン!にハマってる。鴻池剛さんの。クスっと笑える猫との生活のお話です。ハウツー本とかドキュメンタリー系の本は元々あまり興味がなくほとんど読みません。あ、一時期アドラーを読んでいた事はあったなぁ。岸見一郎さんの、アドラー人生を生き抜く心理学、という本です。わかりやすい文章かと言われればそうでもないような感じですが、内容はわかりやすいと思います。これ、ちょうど「ひとしずく」を書いていた頃に珍しく読んでいたので、ちょっと思想が伝染しているかもしれない笑。この本に書かれている考え方って、私は納得、という感じでしたね。今現在辛い状況にいる方には酷な部分があるかもしれませんが。健全で前向きな考え方だと私は思いましたね。実践出来ているかどうかは別として笑。

ではまた次回に。次回は何のネタでいこうか……(*´~`*)



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 家族ブログ DV・家庭内モラハラへ
にほんブログ村
スポンサーサイト



 |   |