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vol.120 目覚め 9

彼の顔色を窺いながら生きる事を止めた。彼の気に入るように振舞うのを止めた。それは彼にだけではとどまらず、友達に対しても、取引先の人に対しても、義理の両親に対しても、ご近所の老人達に対しても、子供に対しても、子供の担任に対しても、子供の友達の親に対しても、ありとあらゆる種類の関わり合いのある人達に対して、一切止めた。一度止めてしまうと、何故今までそんな息苦しい生き方をわざわざ選び取ってきたのかと、塔子は半ば自分自身に呆れるのだった。そう生きてきたにはそれなりの理由や原因があるのだが、今となっては原因論さえ無用の長物だった。与えられた環境や、持って生まれた性質。理由ははっきりとわかっている。そうしなければ暮らせない状況であるという思い込み。同じ環境で同じ原因因子を持つ者が全員同じ病を発症しないのと同じように、その殆どは本人の思想の癖によって自ら作り出した現実に自ら納まっているだけだ。それで幸せならばいい。幸せを感じないのであれば、変えていくしかない。人ではなく、自分を。日々幸せではない状況の自分を作っているものは、他人様でもなければ親でもなく、政治でもなければ環境でもなく、それが最善であると思っている自分自身なのだから。その道しか残されていないと仕方なく思っている自分自身なのだから。

右だったか、左だったか。大きく傾いていた振り子が、逆の方向へと動き出した。振り幅の大きい振り子だった。片側に強い力で押さえつけられ固定されていたものが、不意に外れ真逆へと進みだした。その反動は大きかった。慈悲も情けもなかった。まるで幼い子供が周りを確認せず車道に飛び出していくような、無防備さ故の疾走感があった。真ん中に落ち着き、静まるには、一度違う方向に振り切る必要があった。後は勝手に均等に揺られ、自然の摂理でいつかはピッタリ中央に止まるのだろう。

彼にはたくさん言いたい事があった。私はあなたのお母さんでもなければ奴隷でもない。人は縦で生きている限り、上にいようが下にいようが絶対に幸福感を味わう事はない。責任は自分で取るものであって人に擦り付けるものではない。適度な反省は次に生かされる。自分を守るためだけに相手の粗を探し、他人の目を意識した被害者という役割を躍起になって演じる必要性などどこにもない。たくさんたくさん言いたい事はあったが、塔子は何も言わなかった。ただ、熱に浮かされたように、自分の事だけを考え続けた。最優先事項は母でもなければ彼でもなく、子供達でもなければ舅達でもなかった。塔子は生まれて初めて、まるで幼児のように自分自身の事だけを考えていた。好きでもなければ愛してもいない、自分自身の事だけを大切にし続けた。誰もが当たり前に育んでいる自己愛を、三十も過ぎたこの歳になって、ようやく一から育て直すのだった。それは実際、不思議な感覚であった。ともすれば、ただ傲慢、我儘にさえ思えた。それでも、蓄積された満たされなかった不完全燃焼な思いは、少しずつだが厄払いのように小さくなっていった。自分の幼稚とも取れる振る舞いを、誰が認めてくれなくても、自分だけが認めた。塔子だけは塔子の味方であり続けた。何かを出来ない自分がいても、何かのせいにしたりせずそのままの自分を受け入れた。本当は何だって出来る自分がいる事も、ちゃんと知っていた。この歳で周りでは誰一人いない、仕事介護育児をアクロバットのようにたった一人で乗り切った。この歳で喪主までした。それは誰が認めてくれなくても、自分の原動力となり自信に繋がった。微かに、ちょっとずつだが、塔子は自分を愛する気持ちが芽生え始めた。絶対不可欠となる、土台をやっと作り始めたのだった。

二人の歪んだ関係性を修復なり粉々に壊してしまうなりするのは、その次の段階であった。自分すら愛せない者が、人を愛せるわけがないからだ。その対象物が彼であっても、また別の何かであっても、そこに差異はない。自分を愛せなかった塔子は、当然のように他の何者も本当は愛してなどいなかった。錯覚は、いくらでもあった。それはしきたりや風習のような自分の意志とは関係のない流れ作業のような愛であった。まさしく、錯覚であった。自己愛の芽生えが第一ステップとするならば、人との関わり合いは第二段階であった。最初のステージをかなり苦戦して突破した塔子は、やっとの思いで次のステージの幕を開けた。ただし、今度は個人戦ではない。今までよりもっと複雑になるのだ。そこには自分の感情だけではなく、相手の感情や立場も絡んでくるからだ。

モラルハラスメントを行う者は戦わなくてもよい相手だ。まともにやり合う方が馬鹿をみる。命を落とす事もある。早急に逃げ出すのが正しい生き方だ。
それでも、塔子はその場所にいた。留まり続けた。自分を変えたところで、彼の性根は一向に変わらなかった。まるで昆虫を観察するように、塔子は見ない振りをしながら横目で彼を観察していたが、彼には何の変化もなかった。それは当たり前の話で、変化を望んでいる者が変化をするのであって、彼は全く変化など望んでおらず、そのままの自分でよいと思っているのだから、変わる事など永遠にないのだ。自らが望まない限り、変化は絶対に訪れないものだ。彼の自己愛は塔子とは逆に度が過ぎるほど過多であったが、本人がそれを自覚しない限り、それは一生その人から離れるものではないからだ。ただ彼が怒ろうが泣き落とそうが、塔子には何も響かなくなっていた。彼の一人芝居に付き合う気は毛頭なかった。

時限爆弾のスイッチは、いつも彼の手中にあった。塔子はそれをただただ恐れていたのだが、それすら怖くはなくなっていた。度々彼が口にする別れの言葉も、塔子の成長と共に恐れる気持ちが失せていった。彼が羽ばたきたいのなら、それすら受け入れようと思えるようになった。目に見えてわかる、これからの苦労も孤独も、やっと乗り越えられる自信がついたのだ。自分に出来ない事は何もないと思えるようになったのだった。結局のところ、既に塔子も彼も互いを全く愛してなどいないのだから、別れの寂しさに対して悩まなくて済むのが不幸中の幸いであった。塔子が離婚に二の足を踏んでいたのは、ただ単に生活環境の変化に対する恐れと、金銭面の問題とプライドだけであった。身が一つならサッと別れられるが、子供達を連れて当てもなくどこか違う場所に旅立たねばならない状況がひどく苦痛だったのだ。行く場所もない。貯金も大した額がない。持ち物といえば、二人の子供だけだ。それでも、塔子は覚悟がついた。本当に愛し合って一緒に生活している夫婦がこの世界にどのくらいの割合でいるのかわからないが、実際のところは馴れ合いやなし崩し的に一生を添い遂げる者の方が多いのではないか。それでも、塔子は荒野に旅立つ覚悟がついた。何度も襲って来るであろう孤独には、打ち勝っていくしか他あるまい。プライドなど、絵空事や綺麗事のようにそもそも最初から必要ない。第二ステップである他者との関わり合いは、彼を手放す事によって大きく前進するだろう。本当の意味での自立心が養われるまで、長い年月を要した。娘の沙耶は中学生に、息子の海斗は小学校の高学年になっていた。彼がいつ逃げ出しても構わぬように、塔子はそっと鳥籠の蓋を開けた。

離婚届に記入をし、判を付いた。後は、彼が書き込めばいいだけにしておく。それを箪笥の一番上の引き出しにしまうと、塔子は眠りについた。自分の決断が貰らしたいたずらなのか、塔子はその夜、夢を見た。離婚をしたい、と彼が塔子に言う夢だった。俺はもうお前の顔など見たくもない。俺はお前の事などもう好きでもなんでもない。俺の目の前から消えてくれ、と彼は言った。いいよ、と塔子は笑顔で応えた。私ももうあなたの顔など見たくもない。あなたの事など好きじゃない。ちょうど出て行くつもりだったの、ととびきりの微笑みを浮かべた。そう言いながら、何故か涙が溢れた。涙がひとしずく、ひとしずく、両の頬を伝った。何故だか、ある日を境にいなくなった父の顔が浮かんだ。死んで消えてしまった母の顔が浮かんだ。最後の砦であった彼とも、こうして今、別れようとしている。彼も自分を置いて、旅立とうとしている。いいよ、と塔子は泣きながらも笑顔で彼に手を振った。最後はちゃんと笑顔で終わりにしたかったのだが、涙は自動的に後から後から流れ出るのだった。これがきっと、二人にとって最善の道だから、いいんだよ。これでいいんだよ。今までありがとう、ありがとう。塔子は精一杯笑いながら、去っていく彼に手を振り続けた。目覚めると、実際に頬は涙で濡れていた。手のひらでそれを拭いながら、現実としか思えないリアルな夢に、まだ胸がキリキリと痛むのだった。出来たじゃないか。生々しいほど現実的だったが、それは所詮夢だ。でも、そこではちゃんと別れる事が出来たじゃないか。出来るのだ。おそらく、実際の別れでも、自分はやれるだろう。それでも、この殺伐とした心の重さは何だろう。このパサパサとした虚無感は一体、何なのだろう。これは、一時的なものなのか、それともこれから一生背負っていかなけばならないものなのか。何故、自分は夢の中で泣いていたのだろう。何故、あんなにも涙が後から後から零れ出たのだろう。愛してもいないのに。愛されてもいないのに。孤独に打ち勝つと心に決めたのに。親もいない、親族もいない、本当の意味での無援の子育てを心に誓ったのに。私にはまだ、未練があるというのか。一体、何に? 彼に? この生活に? 家族という名の外枠に? 家族という概念そのものに? その全てに? 清々しいほどの別れを味わいながら、塔子は自分を励まし続けた。大丈夫。出来る。自分はやれる。もう、しがみつくものを探さなくてもいい。契約や常識の上に成り立つ薄っぺらい感情すら乗り越えられる。しょっぱい涙の味を噛みしめながら、塔子は一人肩を震わせ続けた。

彼の旅立ちを認めてしまうと、心のどこかで余裕が生まれた。時限爆弾のスイッチは、いつの間にか彼の手から塔子の手中へとすり替わってしまったようであった。覚悟がつくと、余裕と自信が生まれる。それは塔子自身気付かない些細な言動で、彼にも伝わっていたのかもしれない。彼の態度に少しずつだが変化が現れた。自分が世界の中心だと思い込んでいるかのように傍若無人に振舞っていた彼の言葉や行動が軟化し始めた。塔子はそれを認めるでもなく、励ますでもなく、ただ状況が変化していくのを静かに眺めるだけだった。頑なに変化を拒んだ彼の振り子も動き出したのだ。その変化がたとえ塔子の望み通りにはならなくても、それは全く関係のない話だった。彼は自分で考え、自分の最善の道を模索しているのだから、塔子が口を挟む事ではないからだ。結果がどう転んでも、それは彼が自分で決めた事で、塔子はそれを受け入れる覚悟がついていた。彼は殻を自ら破ろうとし始めたのだ。それが失敗に終わっても、成功しても、塔子はどちらでも構わなかった。彼の変化が自分にどう影響を与えるのか、自分の将来がどう変わるのかなど、悩んだり恐れたり期待したりする必要性を感じなかった。今までだって、散々振り回されてきたのだ。これから彼がどう変化しようが、自由を求めて逃げ出そうが、塔子個人にはなんら関係のない事柄なのだ。家族としての機能など、当の昔に破綻しているのだから、今更影響を心配する気すら起こらなかった。

人に気を使ってもらわねば生きられない、昭和臭漂う古臭い思想を持つ幼児性の強い彼が、徐々に変わっていった。まず、離婚、離婚、と大騒ぎする事がなくなった。免罪符を振り回すようにいつも自己保身をしては言い訳ばかりを繰り返していたが、それも減っていった。塔子を責める理由をいつも無意識に探し続けていたが、それもピタリと止んだ。誰か他所の人の悪口を言っては、自己陶酔する醜い癖も治まってきた。威圧的な態度も影を潜めた。まるで自分が被害者であるかのような物言いをかなりの頻度でしていたが、それすら登場する機会が少しずつ減っていった。思いがけず、事態は良い方向へと進んでいた。だが、彼の改心がいつまで持つのか、それは誰にもわからないものだ。もしかすると、彼は一生改心したまま生を全うするのかもしれない。明日になれば何もかもが嫌になり、いつもの彼に戻っているかもしれない。彼が心底変わりたいと思って変えているのならいざ知らず、もし仮に無理をしているのなら、それは偽りでそう長く続くものではないからだ。塔子は感動を覚える事なく、彼のそういった変化を傍観していた。ともすると、彼は恐れに支配されてこうしているのではないか、と思う事すらあった。塔子と彼の立ち位置が完全に入れ替わってしまっただけで、実際にこの家からモラルハラスメントはなくなっていないのではないか、と疑う事すらあった。ただ、単純に役割が交代されただけなのなら、今こうして生活しているそのものが茶番劇であり、根本は何一つ変化を遂げてはいないのではないか。そういった漠然とした疑問も浮かんだ。答えはすぐに出るものではなかった。

物凄いスピードで逆方向へと進みだした二つの振り子が、一瞬、重なる瞬間があった。すれ違いざまに、一瞬だけだ。目が合ったかどうかもわからない。それはただの風だったのかもしれない。すれ違ったと思ったその瞬間には既に、振り子は互いの行く道を猛スピードで真逆に駆け抜けていったからだ。後は思い切り振りきるだけだ。ウィリー気味のバイクのように、高く高く振り切るだけだ。空が引っ繰り返るくらい仰け反り、時が止まったかのような静寂な時間を過ぎると、今度は急激に後ろ向きに進み始める。また、いつか、振り子がすれ違う。

思ってもいない横やりが入り、二つの振り子のその猛進を遮った。振り子は人の手によって強引にその動きを止められた。彼の母親が倒れ、あっけなくこの世を去ったのだ。70代前半であった。舅も彼も彼の姉も、嘆き悲しみ、涙に暮れた。塔子は淡々と通夜と葬儀に出た。前回の、あの何もかもを一人で背負わなければならなかった忙しさや辛さから比べると、今回は喪主ではない上に舅や義姉や彼よりも自分が断然年下である事から、まるでお客さんのように気が楽であった。自分がメインで一切合切取り仕切らなくてもよい、所詮他人事の葬儀ほど楽なものはない。塔子が泣かないのを、彼の父親が憎々し気に睨みつけた。お前のせいだ! と義父は塔子を指差して叫んだ。お前のせいで、母さんが成仏出来ないじゃないか! うちの娘も息子もちゃんと悲しんでいるのに、何故お前はそう一人涼し気な顔をしているんだ!? お前がそんなだから、母さんが死んでしまっただろう! 全部お前のせいだ! 全部お前のせいだ! 
まぁ、まぁ、お父さん……と彼と彼の姉に宥められながら、義父は隣室へと連れて行かれた。連れて行かれる際も、真っ赤な鬼のような顔をして、塔子を睨みつけていた。塔子は呆れながらも、どこかクスっと笑いたいような気持ちになった。舅ももう、70を超えているのだから、そんなに長くはないだろう。あの真っ赤な面をした老人の性根は、きっと焼くまであのままなのだろう。なんだか可哀想だ、と塔子は思った。70にもなろう者が、賢者に近づくどころか、寂しさもやるせなさも誰かに擦り付けなければ自分で処理する事すら出来ないのだ。こんな悲劇があろうか。義父によって彼の行く末を垣間見たような気がした。

葬儀が過ぎると、舅はもぬけの殻状態になってしまった。妻に先立たれた男ほど、惨めで弱いものはない。惨めさや弱さを隠すための衝立を失ったのだから、それが露見されても致し方ない。彼は残された父親のご機嫌伺に明け暮れた。塔子は塔子で、塔子ちゃんは何もなくて幸せでいいわねぇ。人が亡くなったらあれもこれも、こんなに手続きでやる事があるのよ、と不機嫌に零す義姉の戯言を静かに笑って聞き流していた。悲しんでいる暇なんてないのよ、と言う義姉の代わりにあれもこれもしてやろうという気はさらさらなかった。20代、30代の自分に出来た事が、もうすぐ50にもなろうかという義姉に出来ないはずがないのだ。彼も彼の姉も人生で初めてぶつかった壁に右往左往していた。果たしてそれが壁かどうかも怪しいものだったが、悲しみというただその一点においては、塔子も認めざるを得なかった。義母は、愛されていたのだろう。塔子は母を失った悲しみより、突如始まった別居による自分の将来の事しか考えていなかった。誰かを失った悲しみを乗り越える苦労など、なかった。あの当時、たくさんたくさん泣いたが、それは母を思っての涙ではなく、舅や姑から受けた見当違いの暴言の数々に涙していたのだ。大きな悲しみを背負った彼と彼の姉を気の毒だと塔子は思った。

逆の場合は元気でピンピンしているのに、何故男は妻に先立たれるとこんなにも弱るのだろうか。49日が過ぎた頃から、舅は目に見えてやせ細り、元気がなくなった。覇気もなくなり、ただぼうっと生きているだけの人になった。彼が病院に連れて行くと、初期の認知症と診断された。この世の終わりのような顔をして彼が塔子にそう告げると、塔子はうんうん、と頷いたきりでその後は何も言わなかった。今までの塔子なら、大変だね。じゃあ、引き取ろうか。私が面倒看るよ、と良い人を演じたかもしれなかったが、彼に対しても舅に対しても義姉に対しても、もう既に良い人を演じる必要はなかった。彼は苦しそうな表情をしながら、コソコソと自分の姉と連絡を取り合い、電話で揉める事が多くなっていった。揉めてる間にも、義父はどんどん弱っていき、ただの風邪を拗らせ、肺炎になって入院する事になった。それはなかなか治らず、治らないばかりか他にも一気に病魔が押し寄せ、舅は病院で寝たきりの状態になった。義姉は電話で塔子に、あなただけ蚊帳の外状態なのは許さない、と言った。週に何度かは着替えの洗濯や備品の補充などで通ってもらわねば困る、と言った。あぁ、いいですよ、と塔子は応じた。全然、構わないですよ、と。どちらかがそう言って来るのを待ってました、と塔子は言った。義姉は暫く黙り込み、塔子の意図を慮っていたようだが、何曜日はこれ、次はこれ、と指示を出し、電話を切った。

さぁ、復習だ。何も初めての事じゃない。介護の、復習だ。今度はあの頃よりも、じっくり、真剣に向き合える。自分が歳を取った分、出来る事も増えるだろう。もう、あの頃のように青く若く純粋ではない。同じ年頃の若い看護師達に、苛められる事もない。転院に事が進んだとしても、あの頃のように一人で行き場を探して彷徨い歩かなくてもいい。それらは皆、彼や彼の姉がすべき事であって、塔子一人が背負い込まなくていいのだ。治療を変える際に悩みに悩んだあの煩わしい決断も、自分は今回しなくてもいいのだ。薬が変わる度に往復四時間も掛けて病院まで判を付きに通わなくてもいい。子供達の預け先がなくて苦労をする事もない。彼らはもう大きくなり、自分で鍵を開けて留守番が出来る歳になったのだ。あぁ、素晴らしい! なんて素晴らしい介護なのだろう! 若い一人の小娘が全責任を負わなくて済む介護ほど、この世で楽な介護などない。そして、今度は復習だ。前回の介護はリアルにまだ覚えている。それらを一つ一つ思い出して、クリアしていけばいいだけの話だ。やれる。今回は、歳を取った分、100%の力を発揮して、それをやれる。自分なら、誰よりも上手に出来る。

愛してもいない人の介護をするのに、塔子は慣れきっていた。そんな事は、何の問題にもならなかった。互いに憎しみの対象でしかない相手の、介護をする。上等だ、と塔子は思った。舅はおそらく塔子が介入するのを嫌がるであろう。塔子はフッと笑みを漏らした。大切に、大切に、母の時よりも大切に、義父を看るのだ。丁寧に、丁寧に、彼よりも彼の姉よりも丁寧に、介護をするのだ。善意を蔑ろにしてきた者に、善意を持って、介護をするのだ。確かめるように介護の復習を、過去をなぞるようにそれ以上の介護をするのだ。
それが塔子にとって人生最後の最大の復讐だと誰にもわからせないほど、立派にやり抜くのだ。


*次回、「ひとしずく」 最終話です。



「目覚め」1~8



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いつも最後までお読みいただきありがとうございます

しろ☆うさです

今回は、「目覚め」の第9話です。

次回でいよいよこのお話、最終回?になります。書ききれるかなー。無理ならまだもう一回続くかも。

2014年の9月から始まったこの「ひとしずく」も、いよいよラスト。長かったよ~な、短かったよ~な……。なんだかんだで四年近く書いてたんだね

いつもお越し下さる方、時々覗きに来られる方、そしてランキングや拍手等を押して下さる方、ありがとうございます。いつも感謝しております。

しろ☆うさでした~~(*^▽^*)/


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