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vol.118 目覚め 7

最終決断はいつでも出来る。離婚の道を選ばなかった塔子にとって、その後の生活は日々観察だった。彼の行いの何に嫌な気持ちになっていたのか、彼の発言の何に傷ついていたのか。それらの全てを彼に提示した今、その後相手がどういった行動に出るかは、塔子の問題ではなく彼自身の問題だった。

ちょうどその頃、立て続けに彼の友人の数名が離婚したり、別居の道を辿った。彼らの話を聞いていると、面白いくらいに内容が酷似していた。彼らは、何も悪くないのだ。彼らは被害者であって、原因を作ったのは全て妻の方だと言う。妻側があれをしないから。妻側がこれをしてくれないから。妻側が自分に冷たくなったから。妻側が自分を捨てて出て行ったから。
原因は見事に相手の方にあるらしく、自分達には一切非がないらしい。原因を作ったのはいつも妻の方で、彼らには何の落ち度もなかったのだ。へぇ。そう。塔子は内心類は友を呼ぶと思いながらも、当たり障りのない返事をして何の関心も示さなかった。心の中では少し笑っていた。夫婦間の事など、正味のところは誰にもわかりはしないものだが、子気味いいほど自分達は何も悪くはない、自分達は被害者である、と信じて疑わない彼らの性根を、根本を、訝しく思った。

塔子は最近、自分が人一倍騎士精神というものに興味があり、それを実行してきた事を知った。男だとか女だとか、そういった事は関係ない。誰かが何かを守る精神というものが、塔子の真ん中に核のように絶対不滅にあり、それが当たり前だと思って生きてきたが、どうやらそれは万人に備わっているものではないらしい、という事実に三十も過ぎてようやく気付いたのである。自分の夫を含め、彼の友人達もそれを持っていない類の人種で、それは何も別に恥ずべき人生ではない事はおろか、そういった騎士精神を持たない者の方が漠然とした数として圧倒的に多いのだという事に気付いたのである。
そんな精神を持っていたところで、特に何のメリットもなければ逆に不都合もないのだが、成長の過程で環境と己の思考が絡み合って生まれたその偶然の産物を、塔子は大なり小なり誰しもが当たり前のように持っているものだとずっと思っていた。けれども、実際はそうではない。全く持ち合わせていない者だっているのだ。誰もが同じ経験をし、同じ道を辿るのではないから、当然といえば当然の事であるのに、それに気付いた塔子は暫し愕然とした。

塔子はマントを翻し、あてにならなくなった父の代わりに、母を、弟を守った。その心中は、初めて結婚し、妻をめとった若い男のような気持ちだった。これまでは身軽であったけれど、恋に恋していればそれでよかったのだけど、これからは一人前の人間として、妻子を食べさせていかなければならない。当時の塔子はそういった、初めて責任という重みを知った未来ある若く純真な新郎のような心持ちだった。自分が本当に結婚してからは、夫を、子供達を、そして母を守った。自分の盾が既に修復不可能なほどに傷んでいたところで、途中で闘いをやーめた、と投げ出す事は出来なかった。彼らは皆、塔子のマントに包まれ、安心しきっているのだ。剣が欠けてもう使えなくなっていたところで、彼らは塔子のマントの中に隠れているのだから、実際のところを知る由もない。ただなんとなく、今は順番的に自分がそういう闘いの先頭に立たされている番であって、いつか誰かがこの辛い役を代わってくれるに違いない、と塔子は思っていた。マントの中で眠りから覚めた時、いつか誰かが代わるよ、と言ってくれるのではないかと淡い期待をしていたのだ。本物のジェントルマンは今はただ眠っているだけで、まだその核が小さいだけで、その行いを恥ずべき行為だと知らないだけで、一度灯がつけば起き上がるものだと信じていたのだ。ところが現実はそんな甘いものではなく、そもそも彼らは騎士道精神など最初から持ち合わせてなどいなかったのだ。そして、それは何も恥ずかしい生き方でもなんでもなく、至極当然なのだと塔子は最近になってやっとわかってきたのだ。

持って生まれた性質もあれど、環境によって育まれた後付けの性質もあるならば、塔子の騎士精神は断然後天的なものだった。環境によってそうなるべくしてなったのだ。自分が完全なイネイブラーでプラケーターだった事と関連しているのかもしれない。おそらく、自分は無意識的にせよ騎士道精神を持たない種類の男というものを、腹の底から圧倒的に軽蔑しているのだ。蔑み、憎悪しているのだ。その心根を醜悪だと感じ、侮蔑しているのだ。彼らだって悩みを持ち、彼らなりの正義と判断で日々生活をしているのだろうが、そもそも一家の主になろうと覚悟した者は、自分本位な考え方を、弱者を見捨てる生き方そのものをすべきではない、と塔子は思っていたのだ。それは表立ってではなく、井戸の底の冷たい水のようにひっそりと隠されていた思考だった。塔子自身、自分の内にそういった思考がある事を、それが自分というものを創り出している大本である事に、長らく気付いてはいなかった。

父の裏切りによって刻まれた心の傷は、後に残された人生の過酷さからか、後々ジワジワと塔子を追い詰める類いのものだった。弟はまだ学生で、一人前ではなかった。まるで救世主のように煌びやかに現れた彼も、見た目は大人だが中身は幼児とさほど変わらなかった。父も、弟も、彼も、義父も、塔子の周りにいる男は誰も騎士精神など持ってはいなかった。塔子は意識する事なく、その事実をどこかで嘲笑っていたのだ。何も口に出さず、何も態度に出さず、自分でも気付いてはいない状態で、それを持たぬ者を見下していたのだ。奥底で塔子という人間を象っているその精神を大抵の人は何の関心も持ってはおらず、もっと別の掛け替えのないものでその隙間が埋まっているというのに、塔子だけがそれをまるで勲章のように後生大事に抱え込んでいたのだ。その精神は特に褒められたものではなく、まるで菓子を買った時にたまたま付いてきたおまけの玩具のような、なくても別段誰も困らないちっぽけなものだったというのに。

マントの影に隠れた男を、卑怯者だと思っていた。臆病者だと思っていた。塔子の後ろにまわり込み、肩を掴んで敵にグイッと差し出してから隠れる者が増えていくほど、塔子の中で被害者意識が芽生え始めた。だが、それは塔子の個人的な感想であって、彼らにとってそれは当たり前の行いであったのだ。それを恥ずかしいと思わない者がいても、ニュートラルな観点から捉えれば、様々な人種がいるのが世の摂理だ。思想も星の数ほどあり、考えもそれぞれ違う。違って、当然なのだ。塔子のマントに包まれた彼らは保身こそ全てであって、自己犠牲や博愛精神や騎士道精神などに何の興味もないのだ。確かに、彼らは一種の狡さを持っていた。その狡猾さは事実として確かにあった。それでも、そこから自分が被害者であるという意識を生み出したのは紛れもなく塔子自身なのだ。それは誰に植え付けられたものでもなく、正真正銘自分が創り出した意識であったのだ。

父の事がなければ、あるいは塔子はそういった精神を持たない人間になっていたかもしれない。しかし、それがあったからこそ、いつも彼に過度な期待をしていたのではないか。彼が持ち合わせていない人種だと薄々気付きながらも、いつかは自分のこの辛い人生を共に生きてくれるはずだと意識すらせず期待していたのではないか。夫婦なのだから、喜びも悲しみもお互いに半分ずつ分け合ってもらえるものだと期待していたのではないか。彼という個性を無意識に否定し、新たな父性の代替え品として期待していたのではないか。そして、彼はそれに気付いていたのかもしれない。塔子のそういった期待に気付き、それに応える意欲もなく、力もなく、見ない振りをしていた。彼のその態度に徐々に塔子は被害者意識を募らせたが、彼は当たり前の日常を普通に生きているだけだった。彼にとって人間とは狡い事もする存在であり、敵が現れれば真っ向から闘うのは愚か者のする事だと思っており、自分自身が何よりも一番大切な存在である事を、配偶者より娘より息子より何を差し置いても自分という存在が一番大切であるという姿勢を、隠そうともしなかった。塔子にとって、弱い自分をさらけ出すのは屈辱以外の何物でもなかったが、彼にとってそれは息を吸うように意識する事なく当たり前に行う動作の一つでしかなかったのだ。人は、弱くてもいいのだ。人は卑怯でも狡猾でもそれを許される環境下にあるのなら、何の不都合もありはしないのだ。そういう人間が大半を占めているのが、この社会だったのだ。

それに気付いた時、塔子は彼への期待を一切捨て去った。彼は父の代用品ではない事が、やっと理解出来たのだった。不気味なほどそっくりな彼ら二人の類似点も、やっと納得出来た。人生に失敗し、空中分解してしまった家族を取り戻そうと、よく似た新たな人材を見繕ってきてやり直さなくても構わなかったのだ。なんと自分は愚かな時間を費やしてきたのだろう。そしてなんと愚かな結婚をしてしまったのだろう。何の罪もない子供まで生んで。どれだけの年月を虚しく浪費してきたのだろう。そこには決して自分の望むものなどありはしないのに。
彼と出会ってから初めて、塔子は彼に対して申し訳ないと思った。彼のモラハラに苦しめられた長い年月も、そもそも種を蒔いていたのは、塔子自身だったのだ。彼の非人道的な振る舞いは到底許されるものではなかったが、事の始まりは自分の再現願望から来ていたのだ。塔子も充分に苦しんだが、彼の方も彼なりに苦しんでいたはずだ。

彼は、私の父の代わりをしなくてもよい存在である。彼は彼であって、他の何者でもない。塔子はそれを頭に叩き込んだ。自分を内観する旅は終わりを迎え、塔子は新たにまっさらな気持ちで彼と向き合う事にした。脆く、子供のように無責任で、悪気なく人を傷付け、傷付けずにはいられないという、父にそっくりな性質を持つ彼と。



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いつも最後までお読みくださり、ありがとうございます

しろ☆うさです

今回は「目覚め」シリーズの続きです。7話目になりました。

実はこの話は、書くつもりが最初からなかった部分が大半でして。なんだかんだ長くこの主人公と付き合ってきて、最近ずっと書きながら思っていたのですよ……この人ってどこか騎士っぽいとこあるよなぁ……って。

いい意味でもなく、悪い意味でもなく。

で、書いてみる事にしたのですが、書きながら、なるほどー。この人って本当はそういう人だったのねーって、主人公の気持ちがほんの少しわかったような気がしましたね。気のせいかもしれませんが(笑)。

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しろ☆うさでした~~(⌒0⌒)/~~



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