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vol.113 目覚め 4

迷いはあった。自分のしている事に完全な自信などなかった。どこかで間違いを犯している事を微かに感じていた。それでももう、船は進み始めた。船頭は、自分だ。これまでのように穴の空いた船の片隅で悲鳴をあげて傍観しているだけではいられない。道が間違っていても、嵐に襲われて沈んでも、それは自分の責任だ。誰かに擦り付ける事は出来ない。

それでも、いつも気になるのは子供達の存在だった。二人の争いに子供を巻き込む事を、塔子は申し訳なく思っていた。彼らの生活がガラリと変わってしまうかもしれないのだ。それは仕方のない事だと思うのだが、一方では自分の不甲斐なさを責める気持ちがあった。スポイルされきった環境にいた子供達が、果たしてこの大きな障害を乗り越える事が出来るのだろうか。そして、自分は彼らの戸惑いに深く寄り添える心の余裕や時間が持てるのであろうか。私は自分自身でいっぱいいっぱいになってしまうのではないだろうか。金銭的な問題もある。今までも一人で子育てしてきたようなものであるが、やはり本当の一人親になってしまうのはこれまでの生活とは大きく異なる事が生じるかもしれない。塔子の悩みは突き詰めて考えてみれば、子供を盾にしているようなものだった。結局は、自分に自信がないのだ。やってしまえば案外簡単に事は進むのかもしれないが、その一歩が踏み出せない。お金の事、子供の事、それらは本当に悩みの種であるが、もっと奥深くに潜む根本的な問題は、それらとは比べ物にならないほど巨大な壁で、下から見上げる塔子を完全に打ちのめすのだった。

今までも、孤独だった。二人でいて孤独なら、別れてしまっても大差はない。頭ではそうわかっているのだが、どこかで二の足を踏む自分がいるのだ。父が出て行った。母が死んだ。そして、今度は人生の伴侶ともさよならしようとしている。結局、自分には何も残らなかった。父は軽く私を捨てた。散々私を利用し、夢も希望も時間もお金も、たくさんの大切な物を私から奪い取った母は、もうこの世にはいない。私自身を大切にしてくれる人、私を愛してくれる人、それらはいつしか泡のように弾けてどこかへ消えてなくなってしまった。否、今までもそうだったではないか。父は私を愛した事などなかったではないか。母は私を共依存にし、利用するだけ利用していたではないか。彼らはいつも自分の事だけを熱心に考えて、子供の私の事など全く眼中にはなかったではないか。彼と別れたところで、これまでの状況となんら変わりはないではないか。

ただ、自分が箱にこだわっているだけなのはわかっていた。一見、綺麗に見えるが、実は中身が空っぽの箱。中にいるのは、自分一人きりだ。かつてはそこにも人がいたが、やがて一人減り、二人減り、気付けば一人になっていた。新たに一人加わり、二人加わり、いつしか失ったのと同じ数が補充されたが、それらにまとまりはなく、箱の中でお互いに全然違う方向を見ていた。それに違和感を感じていたのは塔子だけで、彼の方は万事上手くいっていると思っていた。その箱は他所から見れば理想通りの美しい外観をしていた。ところが実際開けてみれば、中は空洞と大差はない、お粗末なものだったのだ。それでも、雨風はしのげる。一家団らんの真似事も出来る。一人だけど、一人だと誰にも気付かれない。孤独だけど、孤独だと誰にも気付かれない。自分自身さえも騙されるほど、その箱は外面だけはよかったのだ。そういった形だけのもの、ただ形だけそこにあって中は空っぽのものさえも、塔子には大切だった。最後の砦だったのだ。今、自分はそれを自ら壊そうとしている。粉々に、跡形もなく、粉々に。そして、野ざらしになろうとしている。自分だけならいざ知らず、子供達まで巻き添えにして。果たしてそれが本当に正しい事なのだろうか。

そんなに、自分のプライドを守る事が大切なのか。死んだように生きて、奴隷のように心を無にして、これまでの通りの人生を歩めば、誰も傷付かずに済むのに。誰かの心から血が流れる様を見るのが恐ろしいが故に、それが無理難題であっても自分の手には負えなくても、父の場合も母の場合も彼の場合も、もぎ取るようにして引き受けてきたではないか。今まで出来た事を、何故今更止める必要があるのか。そんなに、我を通す事が大切なのか。

大切なのだ。これまでの三十数年、気付かぬふりをして見捨て続けた大切な何か。きっと周りの人々は当たり前のようにそれを育み一番に守ってきた何か。自分だけがそれに目もくれずに打ち捨てた何か。これからはそれを最優先させる。死にかけているそれを救い出し、誰が何と言おうと守る。間違っていてもいい。人に何と思われようと構わない。自分を信じる。それだけだ。

事態は急展開した。初めて彼の方から連絡が入り、これまでの行いを謝罪したのだった。
「今まで、ごめん。俺、変わるから。許して下さい」
塔子は複雑な気持ちでその言葉を聞いた。およそ十年の苦しみが、こんなちっぽけな一言で簡単に括られてしまうものなのか。これで全てがなかった事にされてしまうのか。本当にこの人は反省しているのか。これからの人生、何をどう変えようとしているのか。全てが謎に包まれていた。頭の片隅にある冷静な自分が警告を発していた。信じてはいけない。たくさんたくさん、勉強したではないか。これはモラハラの常套句だ。彼らは平気で嘘をつく。自分の身を守るためなら、彼らは嘘をつく事など朝飯前なのだ。嘘をついたり卑怯な事をしたり、普通の人なら躊躇したり後ろめたく思ってしまう場合でも、彼らは平常心を持って何も悪びれる事なく平気で行えるのだ。これは罠かもしれない。
でも、もし、彼が本心からそう言っているのなら? モラハラは一生治らないという事はわかっている。どの本を読んでも、どのサイトを見ても、書いてあった。でも、もし、彼が本気で謝罪しているのなら? 真剣に変わろうとしているのなら? 騙されてはいけないと知りつつも、塔子の心はぐらぐら揺らいだ。発芽したばかりの芽は、まだ脆く、ひとたび風が吹けば簡単に首をもたげる。なにより、人を疑って生きるより、信じたい気持ちの方が大きかった。いつもいつも騙されないように用心して生きるのも一つの手だが、そんな寂しい生き方を選びたくはなかった。それに、ここでわかった、と頷いてしまえば、自分はやっと楽になれるのだ。やっとこの長い苦しみから解放されるのだ。悩みからも、孤独からも、不安からも、恐怖からも。塔子は彼を許した。

選択が間違っていたかどうか。それはすぐに答えの出るものではなかった。三十代の塔子にとって、人生はまだまだ長く果てしないものだった。スタートラインに立ったばかりのひよっこのようなものだった。答えは一年後に明らかになるかもしれないし、あるいは十年、二十年、三十年後にわかるかもしれなかった。たとえ結果がどうであれ、決断したのは自分なのだから、自分に責任を持って生きようと思った。もう、これ以上の苦しみはないだろうから。平穏に動き出した新しい生活の中で、塔子は今までとは違う、どこか観察するような面持ちで彼を眺める事が多くなった。小学生だった時、夏休みに昆虫を捕まえて籠に閉じ込め毎日観察していた時期があった。今まさに塔子のしている事は、その昆虫観察の延長のような気がしていた。

義母から連絡が来た。「夫婦仲良く」、「私も若い頃は苦労をした」、などの老人にありがちなどうでもよい戯言が続いた。今までの塔子なら適当に受け流していたが、今回はそうしなかった。塔子は義母の空いている日を確かめ、話があるのでその日にそちらに伺う事、その時義父も必ず同席するようにと伝えて電話を切った。その夜、塔子は彼が帰って来ると、〇月〇日にあなたの実家に行くから、と伝えた。直接ではないが、子供伝いに聞いたあなたの両親に言われた暴言の真意を確かめたいから、とハッキリ伝えた。彼の目が泳ぎ始めた。
「いいよ。俺は行った方がいいの?」
「それはどちらでも。あなたが行きたいのなら行けばいいし、行きたくないのなら行かなくてもいいし」
塔子はそう言いながら、落ち着いて彼を観察していた。一体、彼はどうするつもりなのだろう?
「俺は、行く。行くけど、お前の味方はしない。俺は俺の両親が大切だから、絶対にお前の味方はしない。それでもいいか?」
「あなたの実家なんだから行きたいなら行けばいいじゃない。でも、私を庇おうとか両親の嫌がらせから守ってやろうとかは思わないんだ?」
「そういう気はない」
「わかりました」
塔子は彼の傍をすり抜けて自室に入った。答えは案外すぐにやって来るものなのだ。人なんか、急に変わるものじゃない。自分も含めて……。

地獄の蓋が、再び開いた。塔子は孤独な我が身を呪い、見る目のない馬鹿な自分を呪った。それでも、船は進み続けている。顔に降りかかるこの水は、嵐の最中の波飛沫なのか、自分の流した愚かな涙なのか。今はわからなくても、それでも、進み続けるしかない。この船の船頭は自分なのだから。


「目覚め」1~3



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しろ☆うさです

いつも最後まで読んで下さって、ありがとうございます。

今回は、「目覚め」シリーズの続きです。

うーん。今回は書きにくかった(笑)!

書いては消し、消しては書いて……。こんなに書きにくかったのって久し振りですね。でもズバッと言わずにニュアンスで? オブラートに包んで? なんとなくは表現できたかなぁ……自己満か(笑)?

今回、一気にたくさんの事を詰め込みました。内容は特に……たいして進んでいないのですが、言わんとする事をこんもり詰め込んだつもりです

いつも訪問して下さる方、時々覗いて下さる方、拍手やランキング等を押して下さる方、本当にありがとうございます

しろ☆うさでした~~.゚+.(・∀・)゚+.



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