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vol.112 豚に真珠

父方の祖母は塔子が二十二歳の頃に亡くなった。九十くらいまで生きた、大往生だった。塔子が高校生で、その祖母がまだ元気だった時、祖母が突然母に何かプレゼントがしたいと言い出した。
「いつも世話になっているからね。あんたに何も残してやるものがないし」
祖母はそう言い、塔子の父、つまり祖母にとっては自分の息子にいくらかのお金を手渡した。
「これで、二人でデパートへ行って何か買っておいで」
そんな事してもらわなくてもいいんですよ、と母は辞退したようだが、祖母は引き下がらなかった。
「いいんだよ。あんたには一番世話になっているんだから。そうだ、真珠がいい。真珠のネックレスを買っておいでよ。真珠ならこれから先使う事もあるだろうから」
頑として譲らない祖母の言葉に、母は大人しく従う事にした。年を取って、祖母はその当時は丸くなっていた。それまでの数々の確執が嘘のように、二人はうまく行っていた。祖母には数人の娘がいたが、彼女らは皆嫁に行き、子育てや嫁ぎ先の義理の親の世話や仕事などで忙しく、実家へ毎日顔を出す事はなくなっていた。母も弱ってしまった実母の面倒を看ていたが、姑の様子伺いも欠かさなかった。病院へ行きたいと言えば連れて行き、役所で何やら手続きがあると言われれば代わりにしてやり、何も用事がなくても週に何度かは必ず顔出しをしていた事から、徐々に祖母の気持ちが動いたらしい。亡くなる数年前には「あんたは実の娘達より、私によくしてくれた」と労いの言葉を口にするようになっていた。そんな時、その提案が来たのだった。

普段は東京へ単身赴任をしていた父が、帰って来ていた時だった。母はいそいそと準備をし、二人でデパートへ出掛けて行った。父と共に外出する機会もめっきり減っていたからか、母はどことなく嬉しそうな様子だった。いつもは着ない上等の服に袖を通している明るい笑顔の母を、塔子は手を振って見送った。
「お母さん、嬉しそうだったよね」
塔子が弟にそう言うと、弟もうんうん、と頷いた。
「久し振りだからじゃない? 二人で出掛けるのも」
「なんだか、デートみたいだよね」
塔子がクスクス笑うと、弟もフッと笑った。
「ウキウキしてんじゃない?」
二人は笑った後、塔子は近所に住む友達の家へ遊びに行き、弟は部活へと出掛けて行った。数時間後、一番最初に家へ戻ったのは塔子だった。家にはまだ誰も帰った様子がなく、塔子は鍵を開けて中へ入った。弟の部活は今日は練習試合だけだから、きっともうすぐ帰って来るはずだ。父と母は久し振りに二人でデパートへ行ったのだから、きっともっと遅くなるに違いない。お目当ての物を買い求めた後も、おそらくあれこれ見て回ったり、食事をしたりするだろう。塔子は一人きりの時間を満喫しようとした。何をしようか。溜まっている録画でも観る? 友達と貸し借りした本や雑誌や漫画を読む? それともちょっと昼寝でもしようか。ソファに座ってパラパラと雑誌をめくったところで、玄関のチャイムが鳴った。一体、誰だろう? インターフォンに映ったのは父と母の姿だった。えっ、もう帰って来たのか。塔子が鍵を外し、扉を開けると、そこには仏頂面の父と怒りで頬を真っ赤に染めた母の姿があった。
「もう帰って来たの? 早くない? 何かあった?」
二人は電車で行くと言って出掛けたので、この帰宅時間だと、デパートへ行って帰って来た往復の時間の方が長いくらいだった。父は塔子の問いに答えずにスッと中へ入って行った。母も何も言わず、ただ顔を真っ赤にしたまま靴を脱ぎ、玄関に立った。よく見ると涙を流していた。
「どうしたの? 何があったの?」
「……何もない」
「何もないって、泣いてるじゃない」
「……私、私が欲しいって言ったわけじゃない」
「えっ?」
「あなたの親が買ってあげるって言ったんじゃないっ! 私が買ってくれって何も頼んだわけじゃないっ!」
母は突然真っ赤な顔のまま玄関で叫んだ。塔子は面食らいながらも、まぁまぁ、と背中をさすった。
「取り合えず、中へ入ろう、ね?」
塔子は母の後ろに回り、リビングまで母の背中を押して行った。扉を開けるとそこには不貞腐れた顔の父が胡坐をかいて座っていた。
「何があったの? 出掛ける時はあんなに楽しそうだったのに。ねぇ、お父さん。喧嘩でもしたの?」
父は黙ったまま、ただ座っていた。塔子は父に訊くのを諦めて、母に向き直った。
「せっかく、お洒落して二人で出掛けたのに、何も喧嘩してこんなに早く帰って来なくても、仲良く楽しんで来たらいいのに……」
「……私も、そう思ってた。そのつもりだった」
母は父を見つめながらそう呟いた。
「……そのつもりだった。でも、この人は、この人は、私には真珠なんか必要ないって。贅沢だって、馬鹿にした」
「そういうつもりで言ったんじゃない」
それまで黙っていた父がぼそりと呟いた。
「でも、同じ意味じゃないっ! あなた、デパートで何を言ったか覚えてないの? 売り場の人に真珠を付けてもらった私を見てゲラゲラ笑って、豚に真珠だな、豚に真珠だなって言ったのよ!」
母はその場で大声を出して泣き崩れた。
「私が買ってくれって頼んだわけじゃない! あなたの、あなたの親がどうしてもって言ってくれたから行ったのに、どうして私がそんな事を言われなきゃならないの! どうしてデパートの売り場で、人が大勢いる中で、指さして笑わなければならないの? どうしてそんな恥をわざわざかかされなければならないの? 豚に真珠だなって、豚に真珠だなって、どうしてそんなひどい事を言われなければならないの!?」
塔子は何も言えず、ただ泣き続ける母の背を撫で続けた。高校生になったばかりの塔子は、うんざりした気持ちだった。それは父に対してもそうであったし、また母に対してもそうであった。子供の前でわざわざ揉め事を持ち出す母の子供っぽさに嫌気がさしたし、軽口のつもりであっただろう父の馬鹿みたいな振る舞いにも、心底嫌気がさした。どっちもどっちだ、と塔子は思っていた。

それから暫くして、それが原因では全くないが、とある事情により二人は離婚した。それから数年が過ぎて、あの当時を思い出してみると、あの時は見えなかったものが塔子には見えるようになっていた。結局は、積み重ねなのだ。それ一つは小さなたわいない事柄であっても、塵も積もれば山となるのだと。ほんの些細な日常の一コマに、その人の人となりが、人間性が滲み出るものなのだと。そこに、悪気は全くなかったのかもしれない。もしくは、受け取り側の方にも問題があったのかもしれない。それでも、情けない思いをわざわざさせる人間がこの世には存在するという事はわかった。状況を判断しない余計な一言を、さも得意気に吐く。本人はウイットに富んでいると思っている。皆はそれを聞いて、まぁ、オホホと笑ってやらなければならないタイプの人間がこの世には存在するという事がわかったのだ。父は、社会的地位があった。そして、社会的地位とその人の人間性というものは綺麗に比例するものではないという事がわかったのである。15の春の事だった。



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます。

今回は珍しく、一話読み切りです。

最近、全然一話読み切り書いてなかったなーと思って。この一年くらい。で、ちょっと書いてみました。

「豚に真珠」って……ねぇ……。どんな題っ!?って自分でも笑ってしまうのですが。いつも地味~なタイトルなので、たまには華やか?な題もいいか。

一話読み切り、最近はご無沙汰でしたが、過去にはちょくちょく書いてるんですよ。今回の「豚真」でちょうど40作目になります。

たとえば、「万華鏡」、「ふわふわ」、「初めての誕生日」、「犬も食わない」、「三つ巴」、「手ぶらのプロポーズ」、「答えを必要としない質問を繰り返す人」、「しっかり稼いでこいよな」、「建前はいつも本音の表側に立つ」、「行き交うシャトル」、「見知らぬ女医の叱咤」などなど……。

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