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vol.111 目覚め 3

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訪れたどのサイトを見ても、答えはただひとつ、逃げろ、だった。相手は精神の吸血鬼であり、それは絶対に変わる事はない、と。社会的地位は高く、善良な市民であり、温厚な人柄である。表面上はなんの欠点も見当たらない、むしろ良い人間にすら思える。しかし、彼らは意識的にしろ、無意識にしろ、虎視眈々と獲物を狙っているのだ。その存在がない限り、彼らは生きられないのだ。自分の地位や立場を、獲物という対象物がない限り、自分の力で構築していく事が出来ないのだ。彼らは決して改心したりはしない。間違いに気付く事はない。そもそも、自らの生き方に疑問を抱いたりもしない。逆に、多大なる自信を持って人生を謳歌している。

責任を取らない。いや、取れない。いつも誰かが代わりに処理してくれるからだ。相手は大きな諦めを持って身代わりになっている事にも気付かない。してもらって当たり前。させている意識すらない。全て出来ていて当たり前。思い通りにいかないと、相手を詰る。彼らの中ではそれは出来ていて当たり前なのだから、当然の振る舞いなのだろう。責任はいつも誰かが肩代わりしてくれるもの。幼少期には親が、大人になってからは配偶者が。彼らはそういった思考であるから、いつも世の中はスムーズに回っている。自分で出した排泄物をそのままにして、誰かがきっと流してくれると信じている。いつもそうであるから。

自分に降りかかった火の粉は必死に払いのける。それが自業自得であっても、自分で処理する事は出来ないからだ。払いのけるだけでは飽き足らず、その火の粉をわざわざ獲物に振りかけようとする。これだけ自分は大変だったんだと相手にわからせようとする。それがどれだけ陳腐な振る舞いであるかは考えない。責任は転嫁するものだと固く信じているからである。被害者が100%それに応じても、まだ満足出来ない。100%では足りないからだ。彼らはいつも満腹な状態に慣れているが故、更なるもの、プラスアルファを求めてくる。彼らは満腹ではあるが、自分が満腹な状態である事には気付いていない。自分の排泄物を流してもらうだけでは満足しない。

彼らはそれに気付いてはいないが、ひどく厚かましい。相手の人情や優しさやモラルを利用する事に申し訳ないと思う心や、有難いと思う感謝の念を、そもそも最初から持ち合わせていない。卑怯だという意識もない。彼らの中では当たり前の事なのだ。100%の肩代わりでは飽き足らず、120%で応じてもらって当然なのだ。厚かましいとは思わない。それが当たり前なのだから。自分の幸せには貪欲だが、人は幸せだろうが不幸だろうがどうでもいい。むしろ、ターゲットは不幸でなくてはならない。彼らは被害者が悲しそうにしているのを見るのが大好きだ。それを繰り返す事で、自分という存在を確かめているところがある。獲物はいつも悲しい存在でなくてはならない。そうでないと、自らの存在価値を見出す事が出来ないのだ。被害者は、いつも自問自答をしている者でなくてはならない。自分に自信がなく、足りないと言われれば全てを差し出してくる馬鹿者でなくてはならない。自分の出した排泄物を、綺麗に拭いてもらってから流してもらわないと気が済まないのだ。

彼の事を真剣に考えるうちに、塔子はまた自分自身の事を振り返った。これらは一人では出来ない事であるのが段々とわかってきた。つまり、モラルハラスメントは一人では成しえないのだ。相手がいてこそ、ターゲットとしての獲物がいてこその、モラルハラスメントなのだ。きっと、獲物は誰でもよかったわけじゃない。獲物には獲物に選ばれた何かしらの理由があるはずなのだ。塔子はその後、自分がACである事を自覚した。イネイブラーであり、またプラケーターである事も徐々にわかってきた。

この状態から逃げるも逃げないも、全て自己判断だ。それは、大きな決断だ。誰に決められるものではなく、自己責任で判断するものだ。塔子は決めかねていた。そして、最後の望みを託した。彼に連絡をするのだ。そして、本音で話し合いをするのだ。彼に嫌われるかもしれないとか、こういう事を言ったりすれば彼が傷付くかもしれないとか、そういう事は一切なしに。激高した彼に殺されても構わない。何の本音も言えず我慢して、全てはなかった事にして生きていく方が何倍も辛い。話し合ってわかる相手ではない、と数多くのサイトに書かれてあったが、それを踏まえても一度彼と真剣に向き合ってみよう。今まで隠して来た本音を、全てぶちまけてみようと決めた。もしかしたら、彼は意図的にそういう行為をしていたわけではなかったかもしれない。自分が環境によってACになってしまっていたように、彼もまた環境によって無意識に行っていたかもしれないからだ。

久し振りに会った彼は、少しやつれて見えた。やつれて見えるように意識しているのかもしれない。彼は自己憐憫を漂わせる事を恥だと思わないタイプの人間であるから、わざとそういったニュアンスを漂わせているのかもしれなかった。遠回しな嫌がらせだ。俺はお前に追い出されてから、こんなにやつれてしまったんだぞ、と言葉を発さなくとも匂わせているのだ。今までの塔子ならそのオーラにまんまと引っ掛かり、相手をよい気分にさせよう、喜ばせようと必死になるところだったが、もうそういう気持ちは起らなかった。
「元気?」
塔子が問いかけると、彼は力なく微笑んだ。なんの不足もない満タンな人生であるのに、相変わらず自分は不幸である、被害者であるという雰囲気を辺り一面に撒き散らしたひ弱な笑顔だった。塔子は彼のそういった態度に目もくれずに用件を話し始めた。
「離婚するか、しないか。決めたいの。別居してしばらく経つし、そういう事考える時間はあったでしょ」
本題をズバッと切り出すと、彼はたじろいだ。落ち着きなくコーヒーカップの淵を触り始めた。塔子は彼のそういったしぐさを、何の感動もなくじっと見つめた。
「……仕事が、忙しかったからなぁ、毎日」
「うん。私も毎日忙しかったよ」
あなたはそれひとつだけして実家に帰って悠々としていればよかったけど、私は子育ても親の死後の後処理も、その他諸々全部自分一人で黙々としていましたよ、実家という味方もなく、何のギャラリーも称賛も必要としませんでしたよ、と塔子が淡々と言うと、彼は不思議そうな顔をした。内容が理解出来ていない表情だった。
「実家には帰らなかったんだ。なんとなく。だからずっと一人でいたよ。大変だった」
「あ、そう。別にあなたが大変だった話を聞く気はないから。そういう事を聞くために会ってるわけじゃないから。冷たいようだけど、私はもうこの先二度とあなたの苦労話とやらを聞く気はないの。私がそういう話題をすると、あなたは一度もまともに聞いてくれた事はなかったよね。受け止める器はないのに、自分は受け止めてほしいなんて、小学生レベルだよね。いい歳した大人が厚かましいにも程があると思う」
「……っ」
彼はハッとした表情を浮かべ、一度塔子を凝視した後、力なく項垂れた。
「と、思うようになったの、最近。私はね。あなたがどう思おうとあなたの意見だからそれはそれでいいけど。あなたの意見は意見で尊重するけど、同調しているわけじゃない。だからもう、私はあなたの言いなりにはならないし、あなたの尻拭いをする気もないし、自分の心を殺してまでもあなたを幸せにするつもりはないの。わかる?」
「……それって、離婚したいって事だろ?」
「そうは言ってない」
「そういう意味だろうっ! 同じ意味だろうっ!」
「あなたは? 私じゃなくて、あなたは? どう思うの?」
「……俺は……俺は……」
彼は頭を抱え込んだ。コーヒーカップがガチャンと音を立てた。決められないのだ。彼は決められないのだ。何も離婚に限らず、これまでの人生、何かを自分一人で決断した事が一度もないのだ。それをすると、誰かに責任を擦り付けられなくなる事を知っていたからだ。彼は怖いのだ。決断をするよりも、その後誰のせいにも出来ない状況に陥る事が怖いのだ。
「……俺は、決める資格がない、と思う……」
「へぇ。どうしてそう思うの?」
「……出て行けって言ったのはお前だから。きっかけを作ったのはお前だから」
「そう、私だよね。じゃ、なんでそう言われたか、わかる?」
「……わからない……」
「……本気でそれ、言ってる?」
「……うん」
「あのさ、こういう事はあまり言いたくないんだけど、罪の意識がなければ何をしてもいいかっていうのは違うと思うよ。人を殺しておいて、そういうつもりじゃなかったんだーって言っても、殺した事実は変わらないよね。あなたは自覚がなかったとしても、だからといって何をしてもいい事にはならないの。自覚があったにしろ、無意識だったにしろ、人の心を殺してしまった事実は変わらない」
「……うん」
「……多分、一度にバーッと言われても、このおよそ10年間分の思いはきっと伝わらないと思うし、私も抜け落ちる事がいっぱいあると思うから」
塔子は手元の鞄から封筒を出した。
「これ。今までの事、思い出せる限り、全部書いてきた。これを読んでもらえば、私がどう思っていたかがわかると思う。読むも読まないもあなたの自由です。これを読んで離婚したいなって思うのも、したくないなって思うのも、あなたの自由です。私の意見は読んでもらってあなたの意見を聞くまで保留にしたいです。ズルいかもしれないけど、見極めたいところがあるからです。何年の何月っていう細かい描写は、いざ離婚になった時にこれをこのまま弁護士に証拠として提出するためです。それはコピーで、原本は私が持っています。今日はわざわざ来てくれてありがとうございました」
塔子は立ち上がって軽く一礼をした。そして振り返りもせずにその場を立ち去った。彼をまだ愛しているのか、もう愛していないのか。そういう次元はもうすでに終わっていた。彼が一人前の男としてここで成長するのか、否か。彼は根っからのモラハラ加害者なのか、否か。もう相手に振り回されず、冷静に判断する時が来たのだ。

バカな事をしているのは百も承知だ。聡明な人は、逃げるだろう。逃げるが勝ちだ。逃げるのは、どちらかに偏っていたものを真っすぐに戻す事だ。私のしている事は、ただ逆の方向に強引に曲げているだけに過ぎない。それでも。それでも私はこの道を選んだ。まだ、あんな話の通じない男にしがみついている自分に笑った。一縷の望みに賭けている自分を笑った。


「目覚め」1~2


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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

今回も「目覚め」の続きです。3話目になりました。

とうとう、離婚の話し合い?になりましたねー。内容。

下書きがないから当初想像していたのとは違う感じになっちゃってるんですけど……(笑)。ま、これはこれでいいか、と思ってます。

でも、ぶっつけ本番だと次回が困るのよね(笑)。どーいう話にしよっかなって(笑)。

ま、月一しか更新してないし(笑)。それまでに考えとくー(笑)。

いつもお越し下さる方、時々覗きに来て下さる方、拍手やランキング等を押して下さる方、いつも感謝しています。ありがとうございます

しろ☆うさでした~~(=∀=)


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