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vol.11 紅茶とカーペット

塔子が彼と暮らし始めて、一週間が過ぎた。
その小さな賃貸マンションで暮らす事は、彼の母親が決めた。塔子になんの相談もなしに話は勝手に進められていたため、それはあまりにもおかしな話ではないか、と塔子は彼と彼の母親に詰めよった。が、まるで話は噛み合わなかった。
「誰でも、最初はこういう所からスタートするものなのよ。私も結婚した時は、こういう所に住んでいたのよ」

塔子は、そのマンションが嫌なわけではなかった。実際そこには6年あまり住む事になるのだが、住めば住むほどアラは見えた。が、それは結果論だ。
それまでの人生、塔子は自分の事は、自分で判断し、自分で決断してきた。どうしようもない運命の流れで、意に介さない出来事は、それまでにももちろん多々あった。しかし、決めたのは自分だ。親は自分で選べないのだし、親の不手際に振り回されても、それはそれでなんとか納得して生きてきた。でも、これから初めての結婚生活が始まるにあたって、なぜ自分の住む場所を人に決めてもらわねばならないのか、塔子には理解し難かった。
彼は自分の母親の意見に反論する事はおろか、自分で物事を決めなくて済むという安楽さに大層喜んだ。
「ここ、おふくろの友達が経営しているマンションなんだ。空きが出て困ってるらしいんだよ。人助けが出来て、本当によかったよ」
彼は自分の母親を、誇らしく思っているようだった。塔子はもう、何も言えなかった。

入籍をした日に、二人でそこに暮らし始めた。暮らし始めて一週間後、結婚式をした。小さな結婚式だ。
彼は身内や友達をたくさん呼んで、ワイワイと派手に式をしたかったようだが、塔子には呼べる身内が母と父と弟夫婦しかいなかった。父も、来るかどうかなんて、わからない。来るか来ないかわからない人の親族は、もちろん来るはずもない。結果、式は小規模にする事で、話はまとまった。肉親と兄弟と、数人の友達を招いてのホームパーティのような形式を選んだ。
内容が整ってからも、彼は始終、塔子に愚痴をこぼした。あーあ。もっと立派な式がしたかったなぁ。オレ、自分の結婚式には理想があったんだよね。ウェディングドレスを着た花嫁が、父親に付き添われて入場して来て、それをオレが受け取るの。お前の親父、来ないって言うからさ、そういうオレの夢は叶わないんだね。
塔子は唇を噛んだ。それは、塔子自身の落ち度ではないのだ。しかし、面と向かって本当に残念だよ、と言われると、なんだか自分と自分の家族がとてつもなく申し訳ない事をしているような気もした。

当日は、雨だった。目覚めた時から、彼の機嫌は悪かった。雨が降っていたからだ。
「全く。オレは晴れ男なんだぞ。どこかの誰かさんが雨なんか降らすから、一生に一度の晴れの舞台が台無しだ」
彼いわく、塔子は雨女らしい。塔子は始め、冗談を言っているのだと思って笑った。しかし、彼の顔は真剣そのもので、憎々しげに塔子を睨みつけた。塔子はびっくりして、思わず、ごめん、と言いそうになった。天気の事を塔子に当たったところで、どうしようもない。そもそも、それは塔子の知った事ではない。しかし、思わず詫びてしまいそうなほど、彼は不機嫌な態度を取り続けた。
「あーあ。なんでオレがお前のおふくろさんを迎えに行って、式場まで運ばなきゃならないんだよ。ったく。オレは自分の家族だけで式場に行きたかったんだよ。セレモニーって、そういうもんだろ? お前とお前の母親は、自分達で行きゃあいいんだよ」
「……でも、もう迎えに行くって言ってしまったし、式場まで電車で行くのは病み上がりのお母さんには無理だし、弟夫婦の家は反対方向だし……」
「はぁ~。もう、いいよ」
塔子の頭の中は、真っ白になってしまった。後、数時間後には、来てくれた母や弟夫婦や友達の前で、この人と結婚式を挙げるのだ。朝食にと淹れていた紅茶を持つ手が震えた。
私は、人生の選択を、間違えたの? 紅茶のカップがカチカチと揺れる。私は、この人と本当にみんなの前で結婚式を挙げてもいいの? 挙げなければならないの? 招待状はすでに届けられている。今、この瞬間にも、みな祝儀の用意をし、式場へ向かう準備をしている。塔子の手から、カップが滑り落ちる。
「なにしてんだよっ!」
ハッと気が付くと、床に敷かれたカーペットに、紅茶を零していた。それはちょうど一週間前に届いたばかりのものだった。
「ったく! せっかくオレの姉貴が買ってくれたのに! なにしてくれるんだよっ!」
「ごめん……」
塔子の目から、涙が零れた。一度流れてしまうと、涙は後から後から零れ落ちる。塔子にはそれを止める事が出来なかった。あーあ。あーあ。彼はブツブツと文句を言いながら、カーペットを拭き続けた。

その後、塔子と彼は、塔子の母親を迎えに行った。泣き腫らした顔で、母を車に乗せた。母は塔子の顔を見て、顔、腫らしてどうしたの? 泣いたの? 喧嘩でもした? と尋ねた。
「ははは。ちょっとね、朝、塔子さんと揉めちゃって。大した事ないですよ。ただの、痴話喧嘩ですよ」
彼は前を向いたまま、塔子の母親にそう言った。とても明るい声だった。

その数時間後、泣き疲れてパンパンに浮腫んだ顔で、塔子はウエディングドレスを着ていた。
塔子の友達は皆、それは幸せの涙だと思っていた。
塔子は母の前で、弟の前で、友達の前で、神の前で、彼と夫婦になる、と誓いを立てた。




しろ☆うさです いつもありがとうございます

本日は結婚式のおはなしです。ひっどいおはなしです(笑)。



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