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vol.107 根なし草 9

長くそれを持つ事は愛情と比例するのか、塔子にはよくわからなかった。しかし、塔子は早くそれを収まるべき場所へと移動させた。先日契約してきた寺が管理している永代供養の地へと、綺麗な箱に包まれた母を連れて出向いた。まだ、母が死んで数日後の事であった。冷たい娘だと後ろ指を指されても、一向に構わなかった。やるべき事はまだまだ山のようにあるのだし、一つ一つを順番に片付けていくような心持ちだった。

そもそも、自分は母に対して愛情などあったのであろうか? それについて深くは考えないできた。ただ、母の要求を聞き、要介護5になって寝たきりになってからは、病院側の要求を聞き、そうこうしている間にこんな状態になってしまった。猛ダッシュで走り続けていると、ふと気付いたらこんなところにいた、といった具合だ。それが自分の望んだ場所であっても、なかったとしても、ただあまりに早いスピードで景色はビュンビュンと後ろに過ぎ去り、それを動かしているのは確かに自分の足であっても、それすら無意識という有り様だったのだ。望んだ結果であろうが、望まなかった結果であろうが、そんな事は後付けだ。ただ求められるがままに動き、尽くした。それだけだった。

彼と子供達も一緒に付いて来た。事前に管理事務所にはこれから行くと連絡を入れておいた。彼の運転に揺られ、隣りで母を抱っこするように抱え込み、山道を登った。彼は始終無言だった。塔子はそれに薄気味の悪い違和感のようなものをずっと感じていた。何故、彼は何も言わないのだろう。こういう状況の場合、普通の夫婦ならどういう雰囲気になるのだろう。何故、私は慰めの言葉一つ掛けてもらえないのだろう。いや、実際に慰めの言葉や労わりの言葉が欲しいわけじゃない。ただ、社交辞令として、普通の夫婦間の流れとして、他の人達はどうなのだろう、とふと思うのだ。塔子に一切気遣いのない、その態度を奇妙に思うのだ。お前は贅沢だ、と結婚した頃、よく彼に言われた。問題が起きるとすぐに話し合いで解決しようとする塔子をせせら笑い、お前は蛇のようにしつこい女だといって話合う事すら不可能だった。その関係のまま数年が過ぎると、塔子の感覚は完全に麻痺してしまい、それが当たり前になってしまった。悪いのはいつも塔子。我慢が足りないのはいつも塔子。我儘で贅沢で甘ったれなのはいつも塔子。二人の中でそういう図式が完璧な形で出来上がってしまっていたのだ。塔子はそれに違和感や不快感を感じながらも、心の中でそれを全否定する気持ちもなかった。もしかして、そうなのかもしれない、と心のどこかで彼の言葉に賛同している自分がいたのだ。そう。全て自分が悪いのかもしれない。50代の若さで半身不随になってしまった母親を持つ、自分が悪いのかもしれない。現に彼の両親はピンピンしている。片親なのに結婚してもらった事を、有難く思わなければならないのかもしれない。我慢しているのはいつも彼の方で、実際自分は彼の足を引っ張っているだけなのかもしれない。そういった自己否定感が本来一番の敵である事にも気付かず、塔子は何年も何年もそういった違和感の中で暮らしていた。優しさを求める自分が甘いのだ、と自らを罰しながら、ただただ猛スピードで走り続けた。そういう生き方しか知らなかった。

思えば、彼には何から何まで塔子の全てを否定され続けた。趣味。友達。観たいテレビ番組。読みたい本。聴きたい音楽。部屋のインテリア。考え方。ファッション。風呂水の使い方。子供に注意する時の声のトーン。どれを取っても必ずなにかしらの否定の匂いを漂わせた。嘲笑。嘲り。無視。違和感を感じながらも、長い年月を重ねれば、それはまるで洗脳のように塔子自身に纏わりつき、染みつき、自己不信という悪魔の道へと塔子をじわじわと追いやるのに充分であったのだ。

事前に連絡を入れておいたので、到着してからの流れはスムーズだった。スムーズで、しかもあっけないくらい簡単なものだった。今日から暫く、母にはここで眠ってもらう。本当に納骨してしまうまで、一年の猶予がある。それまではここで静かに眠ってもらうのだ。広い墓地を、子供達は駆け回った。散歩にはよいコースだ。なんとなく離れがたく、美しく整備された墓地を歩いていると、彼の声がした。
「終わったんだろ? さっさと帰るぞ」
彼は後ろを振り向きもせず、一人で先に駐車場へと歩き出した。塔子は子供達を呼び、慌てて彼の後を追った。何故、私はいつも彼の後を必死で追わなければならないのだろう? ふとそう疑問に感じた。別れの余韻すら、私には味わう資格がないのか。惨めな気持ちが奥底から湧きあがり、塔子の全身を包んだ。帰りの車でも、彼は無言だった。
「あー。疲れた」
家に帰ると彼はどさっとソファに座った。一体、何に疲れたというのだろう。彼が何かしたのだろうか。彼が何をした事があるのだろうか。結婚してからこの9年、彼が何かした事がただの一度でもあったのだろうか。
「早く、ご飯」
「あ……うん」
塔子は喪服を脱いで慌ててキッチンに行き、晩ご飯の支度を始めた。いつもいつも、急かされるのだ。一体、何故こんなに急かされねばならないのかというほど、急かされるのだ。それも当たり前になっていた。野菜を洗って、包丁を出して切る。リビングで子供達がはしゃぐ声がする。テレビを観て大笑いしている彼の声が聞こえる。その瞬間、目の前のスイッチがカチッと嵌る音がした。いつも斜めを向いていた塔子の世界が、突然真っ直ぐになった瞬間だった。塔子は包丁をまな板の上に置き、リビングへと向かった。
「出て行って」
塔子は静かに彼に向かって呟いた。彼は塔子を見ようともせず、顔は画面に向いていた。
「出て行って」
もう一度塔子がそう言うと、彼はえっ?と笑い顔のまま振り返った。
「出て行ってって言ってるの! さっきから何度も言ってるの! もう無理なの! あなたと一緒にいるのはもう無理なの!」
気付けば声を限りにそう叫んでいた。彼の笑顔が張り着き、段々曇っていくのを冷静に見ていた。涙が後から後から自分の両目から流れていくのを感じた。自分の口が勝手に何かを叫んでいる。それはちゃんとした言葉で、ちゃんとした文章となり自分の口から出て行くのだが、何を言っているのか内容はわからない。ただ、腹の底からふつふつと沸き上がった思いが、9年間分の思いが、何の淀みもなくすらすらと自分の口から飛び出していくのを冷静に見ていた。彼の顔が岩のように硬くなっていくのと同時に、子供達の顔からも笑顔が消えていくのを冷静に見ていた。

彼が荷物をまとめている。初めての反撃にびっくりしたのか、彼はいやに素直だった。飼い犬に手を噛まれ、激昂してくるかと身構えていた塔子が拍子抜けするほどあっけなく、彼は悲壮感たっぷりの表情で、背中に自己憐憫を漂わせ、近所にある彼の実家へと去って行った。終わりだ。終わったのだ。私は全てを失ったのだ。父を失い、母を失い、そして今度は人生の伴侶すら失ってしまったのだ。もう自分には何もない。何もないのだ。塔子はその場にくず折れ、声を限りに泣いた。空っぽになった自分のどこにそんな水分があったのかと思うほど、涙はとめどなく流れた。背中で何かの気配がする。背を丸め泣いている塔子を子供達が撫でているのだった。お願い、触らないで、と塔子は心の中で叫んだ。ありがとう、ありがとうね、と口は勝手に子供達に向かって動いているのだが、実際は誰にも、子供であっても、誰にも触ってもらいたくはなかった。あぁ、一人じゃない。一人ぼっちじゃない。私にはまだ幼い子供達がいる。そう思うと塔子は勇気や希望どころか、絶望の淵へと立たされるような、じりじりと死神に首を絞められているような気がするのだった。私は誰かを守りたいんじゃない。もう、誰の事も守りたくなんかない。これまで散々、守らなくてもいい人をずっとずっと自分を殺してでも守り続けてきたじゃないか。私は誰の事も、もう守りたくなんかない。誰にも守ってもらえなかったのに。誰にも守ってもらった事なんてなかったのに……!

その日から、塔子と彼の別居生活が始まった。9年前、やっと根を張る場所を見つけた塔子は、再び根なし草へとなったのだった。


「根なし草」1~8



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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

今回のおはなしも、「根なし草」の続きです。今回で9話目になりました。

これでこのシリーズも終わりかな……と思っていたけど、またまた書ききれなかった(笑)。なので、次回でラストかな。根なし草に関しては。

まだわからないけど(笑)。
 
で、内容に関してなんですけど、あのー……これ、一応小説なので、書いている本人のテンションとか性格とか日常とかとはえらく掛け離れているというか……つまり、私の考えと主人公の考えとは全く違うじゃないですか? なので、主人公の気持ちに成りきるのがしんどいというか……理解出来ない部分もあるというか……うん。何が言いたい?って感じですが。ま、主人公の言いたい事=自分の言いたい事ではないって感じなんですよ。どーでもいー話ですが(笑)。

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しろ☆うさでした~~ヾ(o´∀`o)ノ



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