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vol.106 根なし草 8

喪服を着て、彼の運転する車に乗り込む。後ろの席には子供達が座っている。長女の沙耶は小学3年生に、海斗は1年生になっていた。
梅雨の時期だが、その日もよく晴れていた。車は母の住む町にある斎場へと向かっていた。弟夫婦も子供達を連れてやって来る事になっていた。現地で落ち合うのだ。車の中で、子供達ははしゃいでいた。久し振りにいとこ達に会えるのが嬉しいようだった。彼らはまだ8歳と6歳と若く、祖母が死んだ事がピンと来ていないようだった。入院、退院を昔から繰り返していた祖母に会う機会は殆どなく、親しみも悲しみも特に感じてはいないようだった。彼らは純粋に小学校を休める事が嬉しいようであった。非日常的なお出かけ。時々会ういとこに会える。子供達は始終笑顔だった。

火葬場に着くと、子供達は弟の子供達に駆け寄り、仲良く四人でお喋りをし始めた。持参した漫画を見せ合ったり、集めているキラキラシールをお互いに交換したりしていた。葬儀社の男がそっと塔子の傍に近寄り、最後の別れを切り出した。塔子は子供達を呼ぼうかどうしようか、暫く迷ったが、結局はそのまま待合室で遊ばせておく事にした。弟もそれでいい、と呟いた。彼らは祖母との思い出などあまりなく、仮に少しはあったとしても、さほど興味もなければ印象にも残っていないようだった。塔子の子供達にとって、祖母とは近所に住む父方の祖母である。月に何度も会って、一緒にお出かけしたり、ご飯を食べたり、なにやらプレゼントを買ってくれる、彼の方のおばあちゃんが、二人にとっての祖母であるのだ。弟の子供達とて同じ事だ。義妹の両親が近所に住んでいて、子供達はそこにべったりだ。彼ら四人にとって、本当のおばあちゃんは、まだまだ元気に生きている。死んだのは、殆ど記憶にも残っていない方の、名ばかりのおばあちゃんなのだ。塔子と弟はお互いの配偶者に子供達を見ていてもらい、そっと最後の別れをした。特に声を掛ける言葉も思いつかず、ただただじっと顔を眺めるのみであった。その後、場の人に呼ばれ、閉められたお棺は炉の中へと入っていった。最後のお見送りをしていても、塔子を含め誰も泣いている者などいなかった。結局、本当に伯母達は来なかった。火の入る音が辺りを包む。塔子、弟夫婦が合掌すると、それにならって子供達も手を合わせた。目を瞑り、神妙な顔をして手を合わせる四人の子供達の姿は愛らしかった。

二時間の猶予が出来た。待合室に戻ると、他の団体が来ていた。彼らは大勢で椅子に座って喋り、数人の子供達は走り回っていた。居心地の悪さを感じた塔子は、二時間も時間がある事だし、どこか別の場所へ行こうと言った。弟夫婦も居心地の悪さを感じていたのか、それに賛同した。
「でも、どこへ行きます? この服装でファミレスとかって入れるでしょうかね?」
義妹は自分の喪服を見つめながら言った。
「うーん。別に入ってもいいだろうけど、それもなんだか落ち着かないよな」
弟は首を傾げた。
「……あのさ、もしよかったら、うちに来ない? 遠いとはいえ、ここからだと30分も掛からないし。そんなにゆっくり出来ないけど、お茶くらいなら出来るしね」
「いいねー」
「いいんですか。有難いです。子供達もその間気兼ねなく遊ばせられますね」
弟夫婦は喜んだ。塔子は彼の方を振り返っていい?と尋ねた。彼は無言で頷いた。
「じゃ、行こう」
二手に分かれて車に乗り込み、塔子の自宅へと向かった。弟達と別れ、密室になった途端、彼は怒りを顕わにした。
「なんで、あの場でじっとしていないんだ!? わざわざ家に来る事はないだろう!!」
「……えっ……? でも、居心地悪くなかった?」
「オレは、居心地なんてどうでもいいんだよ! なんで勝手な事ばかりするんだ!!」
クラクションを派手に鳴らし、乱暴に前方の車両を追い越しながら、彼の怒りは収まらなかった。後ろで子供達が固まっていた。
「こんな無駄な事を、オレにさせやがって……!」
彼はそう言い放つと、それきり無言になった。家に着いてからも、始終無言だった。リビングのソファにどかっと座って腕を組み、自分は怒っている、という態度を隠そうともしなかった。弟夫婦とその子供達が家に到着しても、彼は一言も言葉を交わさなかった。彼らもいつもの事だという風に、その態度に対して何も言わず、気にしないフリをしていた。彼はいつもいつもこんな風なのだ。年に一度か二度しか顔を合わせない間柄であるが、彼は塔子の身内に歩み寄ろうとはせず、いつも壁を作っていた。結婚して9年になるが、彼はずっとそのスタンスだった。自分が弟夫婦の家にお邪魔している時でさえ、彼はいつもそのスタンスであった。

お茶を飲んでいる間、子供達は二階の子供部屋で大騒ぎをして遊んでいた。塔子が彼にお茶を勧めても、いらない、の一点張りだった。塔子は放っておいて、弟夫婦と三人で飲んだ。ふと、本当にふと、先日見た夢の光景が脳裡に広がった。あの黒い大きな犬は死んだ。あの犬の最後を見守っていたのは、自分と弟と、そして顔の見えない誰かだった。きっと、あれは彼ではなかったのだ。あれは、子供達の内の誰かでもなく、伯母や伯父でもなく、おそらくあれは……。
「おい。そろそろ出ないと間に合わないぞ」
彼が不意にソファから立ち上がり、玄関に向かった。塔子は時計を見て訝しがった。まだ時間はある。それでも、彼が行くと言ったなら、その時が時間なのだ。塔子は諦めて立ち上がった。二階で遊ぶ子供達を呼び、また二手に分かれて車に乗った。車の中はしん、としていた。塔子も彼も、一言も言葉を交わさなかった。両親の重い沈黙を感じ取ったのか、子供達も無言だった。結局到着するまで、四人は一度も喋る事はなかった。

待合室に入って暫く待つと、係の人が呼びに来た。先程の場所に移動すると、扉が開いて、中から骨だけになった母が出て来た。子供達のハッと息を飲む音が聞こえた。塔子はまだ温かい骨を、骨壷に入れた。
「こうやって、拾ってこの中へ入れるの。やってみる?」
四人も子供がいれば、うん! やる! と意気揚々と身を乗り出す子もいれば、無言で骨を見続ける子、ぼうっと放心状態の子、様々であった。塔子は淡々と骨を拾った。
「ほら、これが喉仏。本当に仏様みたいな形をしているでしょ?」
自分でそう言いながら、この言葉を遥か昔、どこかで聞いた事があるような気がした。そうだ。あれはひいおばあちゃんが死んだ時だ。自分はその時今の子供達くらいの年齢で、生まれて初めて人の死を目にしたのだ。そして、その時喉仏の話をしたのは、まぎれもなく母だった。あぁ。時代は回っている。回っているのだ。

「沙耶ね、あの箱、プレゼントだと思ってたの」
骨を拾いながら、長女の沙耶がクスッと笑いながら塔子を見上げた。
「ん? 何の事?」
「おばあちゃんが入ってたんだね。だから皆で手を合わせてたんだね。今、わかったよ」
「えっ? 棺桶の中にプレゼントが入っていると思ってたの?」
「そう。おばあちゃんはどこか別の場所にいて、おばあちゃんに渡すプレゼントが箱に入っていると思ってたんだ。なんで皆プレゼントに手を合わせるのかなーって不思議だったんだぁ」
「で、今骨になって出て来て、やっと意味がわかったんだね」
「うん。びっくりしたぁ。人って死んじゃうと、焼かれて骨だけになっちゃうんだね。ホカホカの」
「そうだね」
沙耶の素直な発言に、塔子はそっと微笑んだ。やはり、最後の別れをさせておけばよかったかな、とチラと思ったが、もう遅い。
「人間の形してるね。ちっちゃな人間みたい」
沙耶は喉仏を見つめながら、そう言った。

弟夫婦とその子供達と別れ、車に乗り込んだ。先程とは違い、腕の中には骨壷がある。それを抱えながら、塔子は無言だった。彼も無言だった。骨壷を落としてしまいそうなほど、彼は帰り道を飛ばした。気遣う言葉も何もなく、ただ煙たがられている事だけを感じていた。人一人死んでも、こうなんだな。ここで気持ちに寄りそわなければ、一体夫婦でいる意味ってどこにあるのだろう。この腕の中にある、60年灯り続けた光が消えた重みを持ってしても、彼は変わらないのだ。きっと、これからもこのままなのだ。塔子は頭を抱え込んで叫び出したくなったが、腕には骨壷があるので頭を抱える事すら出来ない。身じろぎもせず前方を向く塔子を乗せて、静かな車内は移動を続けた。


「根なし草」1~7


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しろ☆うさです

いつも最後までお読み下さりありがとうございます

今回のおはなしも「根なし草」の続きです。8話目となりました。

次くらいで終わるかな? このシリーズ。10くらいまでいくかな? どうでしょう。

ところで! またまた更新が遅れてスポンサーサイトが出ていたようで……申し訳ない

今回はなかなか書けなくて。時間がないのもありますが、なんだか内容がね~書いては消して、を何度も繰り返していたので。そのわりに中身そんなに……ですが(笑)。

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しろ☆うさでした~~∠( ^ o ^ ┐)┐



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