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vol.105 根なし草 7

それから暫くして、葬儀社の人がやって来た。彼らは母に手を合わせ、テキパキと亡骸を車に運んだ。塔子と弟と弟の奥さんは、世話になった医師や看護師達に、最後の別れを告げた。医師は神妙な表情を浮かべ、看護師の中の何人かは目に涙を浮かべていた。お礼を述べて車に乗り込むと、彼らは車が遠ざかるまで見送っていた。もう、ここに来る事はないのだ。おそらく、永久に。山の中にひっそりと佇んでいた大きな病院が、木々の緑に囲まれて見えなくなっていく。目印の看板がなければ、そんなものがこの中にある事すら誰も気付かないかもしれない。けれど、それは確かにあるのだ。あったのだ。ここに転院してからは毎日来る必要がなくなったので、以前ほどは通わなくなってはいたが、それでもここ数年の間、度々ここを訪れていたのだ。純粋に母に会いに来る事もあれば、治療が変わる度に説明を聞きに来て、資料に判を付きに来たのだ。往復四時間の道中は、まるで旅のようだった。それも、今日で幕を閉じたのだ。

車は母の住む街へと目指した。塔子も弟も一度も住んだ事のない街だ。母は以前、塔子の暮らす街に住んではいたのだが、ちょうど塔子の最初の子供が生まれた時に、まるで逃げるようにしてその街を離れたのであった。近所に住んでいては、孫の面倒をみなければならないとでも思ったのだろう。それはもうわかりやすく、悪びれるでもなく、あっけらかんとしたものだった。やがて長い長い道中を経て、車はとある会館へと辿り着いた。
「こちらで暫くお待ち下さい」
案内されたロビーのソファに、三人は腰を降ろした。クーラーがよく効いていた。塔子達の前に、お茶が出された。三人は黙ってそれを飲んだ。暫く待つと、先程母を迎えに来た男性が再び現われ、塔子達の目の前に座った。彼は書類を出し、淡々とプランの説明を始めた。塔子はそれで構わないと告げ、弟に目をやった。弟も頷いた。塔子は必要な書類に記入し、男に渡した。彼はその書類を眺めたり、カレンダーを眺めたりしながら、火葬場に連絡を取り始めた。日時は決まり、火葬場の場所を記した書類を手渡され、三人は母のいる部屋へと案内された。

部屋の中はとても涼しかった。母は棺桶の中で眠っていた。線香の匂いがし、ろうそくの火が揺れていた。
「どなたか、お見えになられますか?」
「……あ、忘れてました。伯母に連絡を取ってみます。もしかして、今から来るかもしれません」
「わかりました。ここでは一晩中ご遺族の代わりにこちらがご遺体を看る事も出来ますが、どうしますか?」
「では、お任せします」
冷たい娘と思われようが、そんな事を構っている余裕はなかった。実際、火葬までの日にちは、火葬場の都合で中一日空いてしまったのだ。自宅へ連れて帰るにも彼の事を思うと、とてもそんな気にはなれないのだった。そもそも、母は塔子の家に暮らした事もなければ、来た事も殆どない。母とて是が非にも娘の家に来たいとは思っていないだろう。
「では、お帰りの際は声を掛けて下さい」
年配のその男が立ち去ると、三人は順に母の前に座り、線香を立て、手を合わせた。ふと見ると、ろうそくが本物ではない事に気付く。コンセントが付いていて、まるで本物のように揺らめきながら灯っているのだ。という事は、線香だけ絶やさず見ていればいいのだな、と塔子は思った。弟と義理の妹に指さすと、二人もふん、ふん、なるほど、という顔をした。便利な世の中になっているね、と三人は口ぐちに呟いた。

彼と伯母に連絡を取ると、する事もなく、三人は他愛のない話をした。義妹が途中で飲み物を買いに出て行った。弟と二人になると、塔子は声を掛けた。
「ここは見ておくから、もういいよ、帰っても。私も伯母さんが来たら帰るし」
「いや。お姉ちゃんが帰るまでは一緒にいるよ」
「今度会うのは火葬の日だけど、大丈夫? 場所の紙、コピーしようか?」
「大丈夫。さっき見て覚えたから」
義妹がお茶やジュースなどを買って戻ってきた。
「子供達、大丈夫? もうする事もないし、帰ってもいいんだよ?」
塔子がそう声を掛けると、義妹は大丈夫です、と微笑んだ。
「実家に子供達を預かってもらうので、大丈夫です。学校が終わったらおばあちゃんの家に行くのよって言っておいたので」
「そう? 本当に気にしなくてもいいからね」
義妹はにっこり微笑みながらお義姉さんこそ、気にしなくてもいいんですよ、と呟いてお茶を塔子と弟に配った。
「それより、外はびっくりするくらい暑いですよ」
「今年一番の暑さなんだってね」
「まだ、梅雨も明けてないのに。なんだか、部屋の中、クーラーが効きすぎて寒いくらいですね。ちょっと、緩めてもいいですか?」
「あぁ……。私もさっきそう思ったんだけど、緩めちゃいけないのかも。……ほら、こんなに暑い日だし。お母さんがいるし……」
「あっ! なるほど、そうですね。ごめんなさい、気が付かなくて、私」
「何も選りによってわざわざこんな暑い日に逝かなくてもねぇ……」
塔子はそう言いながら、ふと昔母が言っていた言葉を思い出した。人は、生まれた季節と真逆の季節に死ぬのだ、と確かに母はそう言っていた。他の人のは知らないが、母に限って言えば、それは本当に当たっていた事になる。

一時間ほどして、伯母が伯父を引き連れて到着した。久し振りに会う伯母は血色もよく、母の姉だがまるで妹のように若く見えた。
「私より先に逝ってしまうなんて……っ!」
母に被せていた布を取ると、伯母はわあぁっと大声で泣き始めた。静かだった部屋に、伯母の泣き声がこだました。ひとしきり済むと、伯母は不意に冷静になり、母と疎遠だった事を詫び、これまでの経緯を尋ねた。塔子は長い長い話をする気にもなれず、適当にかいつまんで聞かせた。
「私もねぇ。足の調子が悪くって。そんなに元気でもないのよ。東京の兄さんに連絡を取ったんだけど、向こうも今入院中で、とても来れそうにないんですって」
「そうですか」
「まぁ、塔子ちゃん、しっかりしてるから、全部任せておけば大丈夫よね。伯母さんがどうこうしなくても。私もほら、足の調子が悪いしね」
「葬儀は明後日で、身内だけの簡単なもので済まそうと思ってるんです」
「でも私、この足だからねぇ……困ったわ」
「……私達だけで、お見送りするから大丈夫ですよ」
「そう? じゃあ、申し訳ないけど、お任せしようかな。また、何かあったら、連絡ちょうだいね。私もするし」
伯母はそう言い残し、早々に帰って行った。伯母は、相変わらず伯母だった。何も変わってはいない。これから先、塔子から連絡する事なんて何もないだろう。そして伯母からもきっと連絡は来ないのだ。おそらく、今日この日を限りに。永遠に。

遠ざかる伯母達に手を振る。母がどこで眠る事になるのか、その場所さえ聞かなかったな、あの人達。塔子はふっと笑った。手を振る塔子の視線の先から、伯母達が消えていく。それと入れ替わりに、彼がゆっくりとこちらに近付いて来るのが見える。ようやく、来たのだ。
「なんだ、元気そうじゃん」
彼は塔子に近付き、開口一番、そう言った。
「もっとこう……泣いて泣いて大変なのかなーって思ってた。なんだ、全然平気そうじゃん」
何と答えてよいのかわからず、塔子は曖昧に頷いた。弟と、弟の奥さんと一緒にいたこの数時間とは明らかに違う、何か異物が侵入して来たような、とてつもなく次元の違う何かが紛れ込み、場の空気をかき乱されるような気配に襲われた。

今、一つの時代は過ぎ去った。それはその年一番暑い日に終わり、新たな戦いのステージへの幕開けとなった。


「根なし草」シリーズ



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いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます

しろ☆うさです

今回は「根なし草」の続きです。7話目になります。

今回でこのシリーズ終わらそうかなーと思っていたのですが、まだ無理だった

なかなかね、きちっと思い通りにはいかんね。

このシリーズが終わると、新しいシリーズへ突入ですが、これまで以上にドロドロ?というか、重い?というか。しばらくはそういうオーラに包まれた嫌な話が続くと思う(笑)。

主人公の心情も、徐々に変わっていく事でしょう。いい子ちゃんじゃなくなっていくというか。主人公も成長していかないといけないからね。

今まで、この主人公、成長とか全くないからね(笑)。

これから、するのかね(笑)?

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しろ☆うさでした~~(´ω`人)



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