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vol.103 根なし草 5

その電話が来たのは、まだ夜も明けない早朝の事だった。
その時に限って、塔子は深い眠りについていた。皮肉なもので、この数日間、眠れない日々が続いていたのだ。気を緩めてはいけないと自らに言い聞かせてでもいるように、気を休めるのが何故だか恐ろしかったのだ。病院からは何度も電話が入った。母が長くはないのだ。眠れない日々が続く中で、それは一瞬の気の緩みだった。塔子は完全に眠りに落ちていたのだ。

不思議な夢を見ていた。
小雨の降る中、一人歩いていた。薄暗い夕方だった。アスファルトの窪みには、既に水溜りが出来上がっていた。どこを目指しているのかわからぬまま、塔子は歩みを進めていた。ふと気が付くと、前方に大きな水溜りがある。中に何かがいる。近寄って覗いてみると、そこには溺れた母が浮かんでいた。目は半開きになり、口もぽっかりと開いている。顔は異様に白く、半開きの目は虚空を眺めていた。まるで死んでいるようであったが、母は確かに生きていた。塔子は必死になって母を水溜りから引きずり出し、肩に背負って歩きだした。
場面は変わり、塔子は見知ってはいるが、普段あまり行かない公園の中にいた。既に雨は上がっていたが、空は一面灰色のままだった。塔子は公園の広場に座っていた。目の前には真っ黒な犬がいる。犬は横たわり、荒い息をしている。あぁ。この犬はもうすぐ死ぬのだな、と何故か塔子はそう思った。ふと、その犬の臨終を見つめているのが、自分一人ではない事に気付き、塔子は顔を上げた。自分の正面には弟がいる。そして、もう一人、誰かが犬を見ている。そのもう一人が誰なのかはわからない。三人に囲まれた黒い犬は、今、静かに死んでいくのだ。

「おい、起きろ」
不意に彼に起こされ、塔子は我に返った。眠れない日々が続き、うっかり眠ってしまっていた自分に気付き、飛び起きた。
「病院から、電話だぞ」
彼の言葉に、塔子は確信した。リビングへと入り、恐る恐る受話器に手を伸ばした。
「はい。鈴木です」
「こちら○○病院です。お母様、危篤状態になられました。今すぐこちらに来て下さいますか?」
「わかりました。すぐお伺いします」
塔子は電話を切り、時計を見た。4時半。まだ外は薄暗い。今から出掛けて、バスや電車はあるだろうか。それより、何時に帰れるかわからないから、子供達の居場所を確保しなければ。塔子が焦っていると、彼がのんびり部屋から出て来た。パジャマから服に着替えていた。
「お母さん、危篤だって」
塔子が彼にそう言うと、彼はそっかぁ~と間延びした返事をした。
「じゃ、オレ、もう目が覚めちゃったし、今から仕事に行って来るよ」
塔子は我が耳を疑った。
「えっ? 何言ってるの? 今から私、病院へ行かなきゃいけないんだよ? お母さん、持ち直したところで、今日は何時に帰れるかわからないよ。子供達、どうするの?」
「え~~。そんな事、オレに訊かれても……」
彼はそう言いながら、塔子を押しのけて玄関へと向かい、靴を履き始めた。塔子は慌てて、彼の袖を掴んだ。
「ちょっと! しっかりしてよ! 仕事に行くのは構わないけど、子供達、どうするの?」
「はぁ~~。わかったよ、煩いなぁ。じゃ、今からオレの実家に連れて行ってやるから、起こせよ」
塔子は慌てて子供達を起し、手荷物の準備を済ませ、三人を送り出した。バタバタしていてまるで気が付かなかったが、彼は危篤と聞いても一度も大丈夫か?という心配の言葉もなければ、オレも一緒に行くよという気遣いの言葉もなかった。嵐のように過ぎ去った後で、今更ながらに不信に思った。だが、それをじっくり考えている暇はない。塔子は弟に電話を掛けた。
「お母さん、危篤だって」
「わかった。今から行くよ。車で行くから、そっちに寄ってから行くようにするよ」
「でも、遠回りになるよ」
「だって、まだ電車とか動いてないでしょ。とにかく落ち着いて。焦ったって二時間以上は掛かるんだし、間に合わないなら間に合わないで仕方ないよ。それより、子供達はどうするの。連れていくの?」
「ううん。向こうの実家に連れて行った。預かってもらう。まだ行ってみないと状況もわからないし」
「じゃ、小学校に休みの連絡を入れないと。まだ誰もいないだろうから、暫くしてから掛けて」
弟の現実的な言葉に、塔子は次第に落ち着きを取り戻した。
「うん……。うん、そうだね。後で電話を掛ける」
「これから用意して、すぐに出るよ。取り敢えず、お姉ちゃんもゆっくり落ち着いて準備して。高速で行くから一時間ちょっとでそっちに着くと思う。また近付いたら電話するから」
「うん。どうもありがとう」
受話器を置いて、塔子はふぅーっと長い息を吐いた。頭が真っ白だったのが、弟の言葉で徐々に現実に戻ってきた。そうだ。タクシーを飛ばしたって結局は二時間は掛かるのだ。その二時間の間に母が逝ってしまったとしても、これはどうしようもない事なのだ。運命を受け入れよう。塔子は大人しく弟を待つ事にした。身の回りの準備を済ませ、学校へ連絡を入れる。余った時間で洗濯物を干した。ちょうど干し終えたところで連絡が入り、塔子は弟と合流した。
「遅くなってごめん。乗って」
「うん。ありがとう」
「やれるだけの事は充分したから。間に合わなくても、自分を責める事はないと思う」
「うん……。そうだね……」
弟の言葉が有難かった。梅雨の中休みなのか、太陽が車内を容赦なく熱した。クーラーを掛けていても、気温はどんどん上がっていった。
「今日は暑くなりそうだね」
「ほんと。向こうはどうだろう。山奥だから涼しいかな」
塔子と弟は何気ない話をポツポツとした。殊更、母の話題には触れないようにした。
「会わない時は何カ月も会わないのにね」
やがて弟がクスッと笑いながらそう言った。
「ほんと、そうだね。会うとなると続くよね」
つい先日、弟とは会ったばかりだった。一緒に、母の墓地の契約をしてきたばかりなのだ。
「やっぱり、ああいうのってさ。生前にしない方がよかったのかな。契約したばかりで危篤の連絡が来るなんて」
塔子が苦笑いでそう言うと、弟は真顔で違うだろ、と言った。
「逆に、よかったんだよ。行き先がない方が不安だろ。ちゃんとしておいた方がよかったんだよ」
「でも、タイミング、良すぎない?」
「まぁ、確かに」
二人は同時にフッと笑った。笑うしかなかった。

梅雨の晴れ間の陽射しは強く、その日一日が暑くなりそうな気配を投げかけていた。ほぼ誰もいない道路を走り抜け、二人は病院へと急いだ。やがて緑の木々が鬱蒼とした山々を越え、目指す病院が見えてきた。


「根なし草」1,2,3,4



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いつも最後までお読み下さり、ありがとうございます。

しろ☆うさです

今回は久し振りに、「根なし草」シリーズの続きです。

これ、ほんとに書くのめちゃくちゃ久し振りで(笑)。

2014年に1回目を書いて、最後の4話目を書いたのが2015年の2月なんですよね。

そこからずーーっと放置されていたわけですよ

およそ二年振りの「根なし草」。いかがでしたでしょうか。しばらくこのおはなし、続きます。

「根なし草」シリーズ 1~4

↑内容、思い出せない方は、こちらから行けます

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しろ☆うさでした~~(^∇^)ノ



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