FC2ブログ
<< vol.102 母の入院生活 34 :: main :: vol.100 母の入院生活 33 >>

vol.101 万華鏡

あれは何年前の事だろうか。
塔子と弟は、ある日母に連れられて、突然山へとハイキングに行く事になった。最寄の駅から電車に乗れば、数駅で目当ての駅に着く。通勤時間以外は人も疎らな電車も、殊、紅葉の季節になると大勢の観光客でごった返す。山といっても舗装されたアスファルトの道が頂上まで続いている簡単なハイキングコースで、塔子達は観光客と共にその道を歩いた。登り始めは出店も多く、名物の珍菓などを売る店がずらりと並ぶ。中には古き良き玩具などを並べる露店もあり、覗いてみれば竹トンボやダルマ落としやコマ、それにピカピカと輝く大きな指輪などが並んでいた。ルビー。エメラルド。サファイヤ。もちろんプラスチック製の玩具の指輪であるが、幼い塔子の目には本物と偽物の区別などつかない。否、それが玩具だとはわかってはいるが、子供にとって重要なのはそれが本物かまがい物かと分ける事ではなく、ただ純粋にその玩具の惚れ惚れする美しさのみであった。その光に吸い寄せられるかのように、塔子は玩具屋へと近付いた。間近でその美しさを鑑賞していると、母と弟が塔子がいない事に気付いて近寄って来た。

「あぁ! これ、懐かしい!」
母が巻物のような物を指差して言った。
「知ってる? これ、万華鏡っていうのよ」
5、6個ほど並べられていたその巻物のような物の一つを取り上げ、母が塔子に手渡した。
「この穴から、中を覗いてごらん」
母に言われるがまま、塔子は中を覗いてみた。中には不思議な形をした模様が広がっている。
「明るい方に向けた方が綺麗よ。それをゆっくり回して……」
塔子は手首を曲げ、ゆっくりと万華鏡を動かしてみた。形が変わる! 先程までは小さな花のように見えた形が、いきなり大きく広がり、まるで雪の結晶のような複雑な模様を作っている。塔子は夢中になって万華鏡を回し続けた。気に入った形が出来上がってうっとりと見入っていても、ちょっとでも動いてしまえばそれは消えてしまう。もう二度と同じ模様は出て来なかった。

「買ってあげようか。どれがいい?」
母の言葉に、塔子はハッとして万華鏡から目を離した。母がニコニコしながら塔子を見ている。
「えっ。いいの?」
「いいよ。綺麗でしょ、それ。中のビーズも表地も微妙に全部違うから、気に入った物を選べばいいよ」
母の言葉に塔子は天にも昇る気持ちになった。確かに、全てが赤い生地で覆われているが、模様は全部違う。大体が花模様であるが、花の色や形、デザインなどが少しずつ違った。中を覗いてみても、確かにちょっとずつ色が違う。塔子は散々迷って、気に入りの物を一つ選んだ。弟はだるま落としを買ってもらった。

「ありがとう」
塔子は母に礼を言って、買ってもらったばかりの万華鏡を抱きしめるようにして歩いた。嬉しくて嬉しくてならなかった。時折袋から出して、内緒でそっと中を覗いてみた。そこには期待通りの伸びやかで繊細な形が現われる事もあれば、くしゅっと縮こまった期待外れの形が現われる事もあった。徐々に道の勾配が急になるにつれ、三人は疲れてきた。頂上まで、まだ半分はあるはずだ。
「ちょっと早いけど、休憩にしよう」
母はそう言い、脇道から下へ降りて行った。塔子と弟が続くと、綺麗な小川が流れている一角にちょうど休憩にはよさそうな場所があった。川沿いの大きな石を少し動かして地面を平坦にすると、母がその上に敷物を広げた。塔子と弟が靴を脱いでその上に座ると、母は手提げ鞄から重箱を取り出した。
「お昼ご飯にはまだ早いけどね」
そう言いながら母が蓋を開けると、中にはおにぎりや卵焼き、唐揚げやウィンナーなどがぎっしりと並んでいた。
「わー!」
塔子と弟は歓声を上げ、パチパチと拍手をした。美味しそうな弁当を前に、塔子も弟も疲れが吹き飛び、笑顔になった。
「川で手を洗っておいで」
母の言葉に、塔子は弟と共に川に駆けだした。さらさらと流れる小川は清く、手に触れるときりりと冷たかった。遅れてタオルを持った母が近付いてきた。
「冷たいね」
母が手を洗いながら塔子に向かって笑った。
「でも、気持ちいいよ」
塔子が言うと、弟もうん、うん、と頷いた。三人は元の場所に戻り、少し早めのお昼ごはんを食べた。外で食べるおにぎりは美味しく、空は青く澄み渡り、小川のせせらぎは夢のように心地良かった。三人は皆、笑顔だった。気持ちが満ち足りていた。食事を終え、暫くそこで休憩すると、三人は再び頂上を目指して歩き出した。

残り半分の道は急な坂道だった。道幅は段々狭くなった。それでも塔子は楽しい気持ちで歩く事が出来た。なにしろお腹は満たされていたし、手には万華鏡がある。何も怖いものはなかった。やがて頂上に着くと、そこには神社があった。三人はお参りをして、眼下に広がる素晴らしい風景を眺めた。これだけの距離を登ってきたのか。街並みは遠く、まるで小人の国を見下ろしているような気分になった。弟がやっほー、と叫んだ。

それは幼い塔子にとって、最高の一日だった。全てが完璧であった。それから何日か過ぎても、塔子はその日の楽しさが忘れられずにいた。万華鏡を手に取り、あの日の事を思い出すのだ。三週間ほど過ぎた頃、塔子は母にもう一度山へ行こう、と誘ってみた。あの日の楽しさを再現してみたかったのだ。母は気がのらないのか、浮かない顔をした。それでも塔子は諦めず、何度も行こうと言った。母は根負けしたのか、渋々頷いた。

たった三週間で、山は様変わりしていた。観光客はいるにはいるが、前ほどの賑わいはない。空気も風もガラッと変わっていた。それはキンと冷たく、山から吹き下ろす北風は強いものになっていた。寒さで震えながら、楽しい会話もなくただ黙々と三人は山を登った。塔子の急な提案で弁当すら作る暇がなかった。目についた定食屋で、途中昼食を食べた。温かいそばだったが、あの日の冷たいおにぎりほどの美味しさは感じられなかった。母はずっと無言だった。山登りに嫌気がさしていたのか、塔子の我儘に怒っていたのか、それとは関係ない他に何か気になる事が出来たのか、原因はわからない。ただ、母が不機嫌な事だけはわかった。店を出た後も母は黙って前を歩いた。塔子はその背中を見つめながら歩いた。弟もおとなしかった。母の背を見つめながら、塔子はある事に気付いた。そうか。あの日、楽しく、完璧な一日だと感じたのは、母が笑っていたからだ。母が、母自身が楽しそうにしていたからだ。確かにあの日は晴れていて、もっと空気も暖かく穏やかだった。こんなに寒くはなく、灰色の空でもなかった。それでも、もし、あの日がこんなに風が強く寒かったとしても、空が灰色であったとしても、母が笑っていてくれたならば、それは最高の一日であったはずなのだ。

母の背を見つめながら歩く。ずっとそれだけを見ながら、歩く。寒く会話もないモノクロームの風景の中で、塔子は幼いながらに心に誓った。もう二度と、楽しさをもう一度繰り返すのは止めようと。それはその時に完結してしまうもので、繰り返したりはしないものなのだと。逆に、美しかった最高の思い出を、悲しい思い出に変えてしまうものなのだと。楽しかった山の思い出を自分の不注意で陰気なものに塗り替えてしまった事を、塔子は深く悔やんだ。家に帰り、万華鏡を手にとってみても、あの日の煌めきは二度とは戻らなかった。


一話読み切り



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村


しろ☆うさです

いつもお越し下さり、ありがとうございます

今回は久し振りに一話読み切りを書きました。もう、随分と長い間書いてなかったよねー。前回は5月に書いていますね。「まだ早すぎる2」をね。長い放置だなー(笑)。

いやぁ~~今回も普通に「入院生活」の続きを書こうと思っていたのですが、ふと珍しくネタが浮かんだので(笑)。書いてみました。

同じおはなしばかりじゃ飽きちゃうでしょ(笑)? ちょっと箸休め的な感じで……(笑)。

次回は多分、また元に戻ると思います。

いつもお越し下さる方、時々覗きに来て下さる方、ランキング等を押して下さる方、いつもありがとうございます。心から感謝しています

しろ☆うさでした~~|v・`)ノ|Ю



↑↓いつもありがとうございます
にほんブログ村 家族ブログ DV・家庭内モラハラへ
にほんブログ村


スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿












トラックバック

この記事のトラックバックURL:

 |   |