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vol.100 母の入院生活 33

介護タクシーはゆっくりと、だが確実に母の次の行き先へと進んでいった。見慣れた景色が段々と遠退く。母はしばらく神妙な顔をしていたが、やがて目を閉じて眠り始めた。今まで、何度介護タクシーを使って、母は移動した事だろう。面談の度に手配をし、行き帰りを車中で過ごした。そして結果は落ち続けた。でも、やっとそんな日々も今日でおさらばだ。ついに次の行き先を見つける事が出来たのだ。今までの近距離移動と違って、今回は長旅になる。眠っているうちに着いてしまった方がいい。塔子は母の寝顔を眺めながらぼんやりとそう思った。

「かなり遠い移動ですね」
タクシーの運転手が不意に声を掛けてきた。
「こんな長距離移動、この仕事を始めてから、初めてだな」
「そうですか」
塔子はそう言いながら、運転手を窺った。今回の運転手は、かなり若い。今までは初老の人が多かったのだが、今日来た人は塔子と同じ30代くらいの男だった。
「色々回ったけど、落とされたクチ?」
「そう。落とされたクチ」
くだけた彼の口調に、塔子はふっと笑った。軽口を叩いても、どこか憎めないような雰囲気を持つ人だ。
「まぁ、よかったじゃん。行き先が決まって」
男はのんびりと運転しながら、不意に後ろを振り返って母の顔を一瞬見た。
「お母さん?」
「そうです」
「いくつ?」
「まだ、50代なんですけど。半身不随で、動けなくなっちゃって」
「そうなんだぁ。オレの親より全然若いのに。オレの親なんて、まだまだピンピンしてるよ。最近、全然会ってないけど。オレ、一年くらい前にこっちに来たばかりなんだよね。生まれも育ちも東京なの」
「へぇ。そうですか」
「気ままでいいよ。独り暮らしも。あっ! あの店!」
男は一軒の大手チェーン店のうどん屋を指差した。
「あの店、オレの家の近所にもあるんだけどさ。よく行くんだ。結構美味しいよ。知ってる?」
「あー……行った事ありますよ」
「オレ、多分、全種類網羅してるから」
男はそう言ってハハハと笑った。屈託のない人柄に、徐々に塔子の緊張は解れた。目的地までの長時間があっと言う間に感じるほど、運転手と塔子の会話は弾んだ。男は東京での話を語り、塔子は子供達の事を語った。男が失敗談を語れば、塔子もまた自らの失敗談を語った。二人は声をあげて笑った。

こんなに笑ったのは、一体何年振りだろう? ふと塔子はそう思った。これを言えば怒られるんじゃないか。これを言えば不機嫌になるんじゃないか。これを言えば馬鹿にされるのではないか。いつの間にか、ビクビクと予想を立てながら彼や彼の両親と会話をするのが当たり前になっていた塔子に、その運転手との会話は新鮮だった。まるで、目の前の霧が一気に晴れたような爽やかさであった。そうだ。いつかの自分は、こんなだった。必要以上に相手の反応を気にせず、自然に会話をしていた事もあったのだ。それは、一体どのくらい前の話だろうか。彼と結婚する前? 否、彼と出会う前? 両親が離婚する前? 母がお金の無心をする前? 父が再婚する前? 母が塔子や弟を裏切って内緒で恋人を作っていた前?

答えは出なかった。そもそも、それに答えなどなかった。きっと、少しずつそれは塔子に近付き、すっぽりと塔子自身を包み、すっかり塔子の一部として共に成長してきたのであろう。それはもう予め塔子に備わっていたものだったかもしれない。

やがて風景は様変わりし、三人を乗せた車は薄暗い山中を走り始めた。冬枯れた侘しい木々の枝。薄灰色の空。行き交う人などどこにもいない殺風景な道路。沈み込みそうになる景色とは対照的に、車内は明るい雰囲気に包まれていた。二人の笑い声が響いても、母はずっと眠っていた。目を閉じていただけなのかもしれないが、塔子はあえて確認をしなかった。眠っているなら、眠っている方がいい。目覚めたら、そこは新天地だ。

最後の急な登りを、タクシーはゆっくりと慎重に上った。無駄に広いエントランスの前で車を停め、塔子は礼を言ってタクシー代を払った。男は領収書を渡し、母を車から下ろして移し替える車椅子を探しに行った。塔子は車椅子を押しながら、ロビーの中へと入った。
「本日、入院する事になった田中と申しますが」
塔子が受け付けに声を掛けると、前にもいた事務の初老の男が紙を持ってやって来た。塔子に記入の指示をした後、内線でどこかに連絡をした。やがてタクシーの運転手が病院の車椅子を持ってやって来て、母を移し替えてくれた。
「じゃあ。僕はこれで」
男は笑顔でそう告げた。
「ありがとうございました。いっぱいおしゃべり出来て、楽しかったです」
「あっと言う間だったよね。帰りが辛いなー。一人だと、退屈なんだよね」
男はそう言って笑いながら、軽く手を振って去って行った。
「鈴木さん。お待たせしました」
背後から名前を呼ばれ、振り返るとそこには面談をした時にいた徳井が立っていた。
「あ、徳井さん」
「お疲れ様でした。遠かったでしょう。まずはお母様の病室に案内しますね。それからドクターや担当の看護師との打ち合わせがあります。その後、事務室に移って頂いて、入院手続きとなりますがよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「では、行きましょう」
徳井が先頭に立ち、その後を車椅子を押しながら塔子が続いた。たくさんのソファが並んではいるが人っこ一人いないロビーを抜けると、やがて左手に中庭が見える。長く広い廊下を歩いて行くと、やがてアコーディオン型の大きなドアが見えた。それはロック式になっている。徳井はそれを外し、塔子に振り返った。
「ここは、途中で何度かこのような形式のドアがあります。このロックを外せば簡単に開きますが、通った後は必ずまた閉めてロックを掛けて下さい」
「……わかりました」
簡単なロックだった。してもしなくてもよいような安易な作りであった。ドアの横には掲示板が掛けられ、徳井の言った内容そのままの注意書きがしてあった。
「ここは、認知症の方専用の病棟もありますから。面倒ですが、お願いします」
塔子と母を通しながら、徳井はそう言った。なるほど。そういう理由なのか、と塔子は納得した。自分の親のように全く身動きが取れない人ばかりではないのだ。逆パターンもあるのだ。つまり、認知症であっても、体は丈夫でどこへでも自由に行き来が出来てしまうのだ。誤って、うっかり外へ出てしまう危険性も、確かにあるだろう。ロックを掛け、しばらく歩くと、再び同じような蛇腹のドアが廊下の途中に付けられていた。三人はそこも通り過ぎ、ロックを掛けた。そこを通り過ぎると、認知症専用病棟があった。談話室らしい広い空間の横の廊下を歩いて行く最中、皆同じスウェット素材のパジャマを着た人々が、一斉に塔子の方へ視線を向けた。なんだかいたたまれないような気分になり、塔子は足早にその場を通り抜けた。

「ここで三階に上がります」
重い鉄製のドアを開けると、ひっそりとエレベーターがあった。やがて三階に着くと、そこには同じような形の、同じような広さの病室がずらっと並んでいた。中の様子を垣間見ると、そこには寝たきりと思われる母と同じような症状の老人達が四人で一つの病室を使っていた。
「田中さんの病室はこちらです」
徳井は詰所の目の前にある病室に案内した。
「担当の看護師を呼んで来ますので、しばらく荷物の整理をしてお待ち下さい」
徳井がそう告げて去ってしまうと、塔子はどっと疲れを感じた。なんて広い病院なのだろう! 母の病室に来るだけで、こんなにあちこち歩かされるとは。果たして次回、迷子にならずにここまで辿り着けるのだろうか。自信がない。母の手荷物を開きながら、塔子は真剣にそう思い悩んだ。


「母の入院生活」シリーズ 1~32



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いつも最後までお読み頂いて、ありがとうございます

しろ☆うさです

今回も、「母の入院生活」シリーズです。33話目。全体でいうとちょうど100話目になりました。

うーん。記念すべき100話目なのに? 内容はいつもと変わらない雰囲気……(笑)。

本当はもうちょっと進めるかなーと思っていたのですが、意外ともたもたで話が進まなかったという……(笑)。

そんなこんなの、もたついた印象になってしまった100話目。おそらく書き始めて丸二年かな?ですが、やっと100話目(笑)。

これからも、の~~んびり書き進めて行きますので、時々覗いて下さったら嬉しいです!

途中で読むの止められたらね。ただのグチ小説と思われるのでね(笑)。完結するまで読んでくれたら、きっとわかる世界がある!?かも。ないかも!?

いつもお越し下さる方、時々覗いて下さる方、そしてランキング、拍手などを押して下さっている方。いつも感謝しています。励みになっています。ありがとうございまーす

しろ☆うさでした~~ヾ(o´∀`o)ノ



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